#4 読めない手紙

 突然出現した「城」を見て、ランとシュウは唖然あぜんとした。


 少しの静寂のあと、ランは少しずつ声を紡いだ。

「さて、目の前の2つの事象をどう説明すればよいだろうか?空が晴れているのは、どうやら確からしい」


 少し不安定になった呼吸を落ち着けながら、ランは言葉を続ける。

「そしてもう1つの事象、天空に浮かぶ城。これは事実だろうか、それとも幻覚か——」

 

 実は、シュウはこの状況を、ここ数日間で妄想したことがある。

 

 第三休憩室で、論文執筆の合間にライトノベルを読んでいたときのことだ。

 ふと現実に照らし合わせて、突如超常現象的な何かが発生して、この雨を止ませてくれることがないだろうか——たとえば、異世界との接続が。そう思っていたのだ。


「先生、ちょっとバカなことを言うのですが……これはたとえば、異世界からやってきた『城』とか、そういう類のものでしょうか」

「なるほどね、君はそう考えるのか。もしかしたらそうかもしれないな。ふふっ」


 2人はほんの少しの間、「城」を見上げていたが、ランはすぐこの蒼天が原子炉の修復に最高の環境であることに気づいた。


「さーて、実験の準備をしようか」

 ランはノートパソコンとタブレットを取りにいくため、第一休憩室に戻った。

「『城』が何であるかは、そのうち明らかになるだろう。きっと政府とか防衛省あたりが動いているはずだ。私たちは原子炉の修復に集中しよう」

 シュウは、ランの切り替えの速さに内心驚いたが、納得はいくものであった。

 目下で2人の一番の目的は、原子炉の修復であることは確かだった。


 しかし、一方でシュウは、なんとなくもう少し「城」を見ていたいとも思った。


「もう少ししたら、僕も行きます」

 空に浮かぶ「城」の登場は、最善の場合この災害を救うかもしれないし、最悪の場合世界を破壊するかもしれない。

 しかし、まったく嫌な気分にはならなかった。

 確信はなかったが、大災害のあとに登場した「それ」が、この状況に追い打ちをかけるような存在ではないだろうと、シュウはそう思った。


 シュウも第三休憩室に戻り、実験の準備を始めた。

 ノートパソコンをリュックに入れ、続いて資料を入れようとしていたときだった。


 第三休憩室の固定電話の音が鳴った。


 ランからの電話かと思ったが、それなら携帯にかけてくるはずだし、少し疑問に思いつつ電話を取った。


「もしもし」

「防衛大臣の川野だ。度々すまない」


 シュウとランに「原子炉の修復」の依頼を出した、あの川野だ。


「ああ、川野さん、お世話になっております。百合ヶ丘先生を呼びましょうか?」

「いや、実は知夜詩しるよし君に相談がある」

「え、僕ですか?」


 シュウは戸惑った。

 原子炉の修復を行うのはあくまでランであるから、防衛大臣が自分程度の学生に相談を持ちかけるとは思いもしなかったのだ。


「君はAI科学者であが、言語学に精通していると聞いている。そのことで君に頼みたいのだ」

 確かに、言語学の分野においてはかなり精通している。

 そして、すべての言語——それが誰も知らない言語でも——を解析できるAIを開発していた。

 現状だと非実用的で目立ちはしない。

 しかし、たとえば500年後とかの考古学者——おそらく、現在の言語を消失している人々——からしたら「神ツール」などと呼ばれるであろう類のものだった。

 だが、目下の防衛省の懸念は原子炉の修復であったはずなのに、言語学が今どう役に立つのだろうかと、シュウは思った。


「君が作った言語解析AIだが、未知の言語でも解析は可能だろうか?」

「はい。たとえ未知の言語でも、それが言語としてのパターンを持つなら……」

 はっと気づいた。

 川野はあの「城」の調査をしているのかもしれない。そうだとしたら、きっと——


「では、改めて君に頼みたい。さきほどある手紙が届いた——いや、届いたというよりは、私の机の上にいつの間にか置かれていたのだが。これをスキャンした画像を今から送信する。その文章を解析してほしい」

「はい、やってみます」

「急いでいる。どうか頼んだ」

 いったん電話を切った。

 ほどなくして、川野からメールが送られてきた。

 添付されている画像は2枚だった。


 1枚目の画像は紙の上にびっしりと、過去に一切見たことのない文字が並んでいた。

 一瞬面食らった。しかし、これはこの未知の言語の「例文」なのだと、シュウは即座に理解した。


 続いて2枚目の画像を開いた。

 1枚目の「例文」と似たような文字が並んでいたが、1枚目に比べて文字数はずっと少ない。

 どうやら2枚目が本文であるようだ。


「これは楽勝そうだな」


 シュウの研究成果が役に立つ。その時がついにきた。

 シュウは言語解析AIを起動すると、シュウは1枚目の画像を読み取らせた。


 >>> python universe.py

 ### 1st: start learning...


 AIの処理状況を示すプログレスバーを眺めながら、あることを思う。

 いま、自分の周りにこれから起こることが途方もなく大きな、良くも悪くも世界のそもそものあり方が代わるような、そんな何かであるかもしれない——と。


### 1st: 100% completed.


 ほどなくして、例文の読み込みと言語の学習を完了したメッセージが表示された。

 

 続いて、2枚目の本文を読み取らせる。


 ### 2nd: start translation...

### 2nd: 100% completed.


 本文の解析自体は即座に完了した。


 シュウは解析結果が保存されたファイルを開こうとした。

 マウスカーソルがわずかに震えていた。


 手紙の翻訳結果は次のようなものであった。



 この世界の皆様へ。

 はじめまして。驚かせてしまったことは申し訳ないと思っている。

 結論から言ってしまうと、この天空に現れた城は、別世界から来たものだ。

 経緯は省略するが、君たちと協力したい。

 この手紙が、もし読まれているならば——きっと君たちは優れた魔術師だろう。

 空に向かって、「天と地の契約を結ばん」とアルテミア語この手紙の言葉で叫んでくれ。すぐにそちらに向かう。


 天空国家アルテミア大統領 アイル・イクリプス



 シュウは身を震わせた。

 あの天空に浮かぶ城は、やはり異世界から来たものだったのだ。

 しかも、そこの大統領から届いたメッセージを理解しているのは、ただ自分ひとりだけだった!

 そして何より、自分が進めてきた研究がもっとも意外な形で報われた。

 シュウの目は少しにじんでいたが、いま彼を支配しようとしているのは、まさにランが言っていた「科学者のエゴ」であった。


 ——いま空に向かって一言叫ぶだけで、異世界からの大統領がここに来る。

 迷いが無かったといえば嘘になる。

 しかし、シュウは過去に味わったことのない興奮に飲み込まれていた。


 シュウは窓に向かって、大きく深呼吸をしながら歩いた。

 震える声で、シュウは窓から空に向かって叫んだ。


「天と地の契約を結ばん!」


 その瞬間だった。

 

 第三休憩室の天井の中央に、ぽっかりと穴が開き、そこから部屋の中に風が吹き込んできた。

 シュウは窓を開けたまま部屋の中央に向かい、おそらくこれから起こるであろう事象に備えた。


 突風が部屋に流れ込んだ。

 印刷された論文やメモ書きが散りはじめた。

 シュウの髪と服も強くなびいた。

 コンクリートを踏みしめる足が震えた。


 何かが空から落ちてくる。

 どうやら人のようだ。

「その人物」は一瞬で穴を貫通し、地面に着地し、轟音と風圧を撒き散らした。

 シュウは壁にまで飛ばされそうになり、思わず目をつむるが、そのときすでに「その人物」が張った結界のおかげで、倒れ込むだけで済んだのだった。

 目を開けたシュウは「その人物」を見上げた。

 

 そこにいたのは、真紅の鎧を身にまとった、群青の髪の女性だった。

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