第25話 ジョシュアとアーサー part3
「おじいちゃん!」
連絡を受けて、ロンドンにある学校の寮から病院に急遽駆けつけたジョシュアが見たものは、たくさんのチューブに繋がれ集中治療室のベッドに横たわる祖父アーサーの姿だった。
「嘘だ……嘘だ!こんな!」
ガラス越しに見る祖父は痩せ衰え、土気色の顔色からは生気が失せ、今にも命の火が消えてしまいそうに見える。
パニック状態のジョシュアの脳裏に、突然、血まみれでハンドルに突っ伏している父親と、自分に覆いかぶさり亡くなっている母親の映像が浮かび上がってきた。
それはあまりの衝撃に自我が破壊されてしまわないよう、無意識のうちにジョシュアの心の奥に封印されてきた記憶だった。
目の前で両親を失い、悲しみと絶望に悲鳴をあげることすらできず外の世界に心を閉ざしていた幼い自分に、深い愛情を注ぎ優しく包んでくれた祖父ーその最愛の人までが自分から去ろうとしているー
ショックを受け呆然と立ち尽くすジョシュアだったが、医師や看護師たちと深刻な顔で話し込んでいる執事のレスターを見つけ、顔色を変えて詰め寄ると胸ぐらを掴んで叫んだ。
「レスター!これはどういうことだ⁉︎いったい何があったんだ⁉︎」
「ジョシュア様……」
レスターは、何も言わず視線を床に落とした。
「今年の春に帰郷した時はまだまだ元気だったのに、あの衰弱ぶりはどういうことなんだ⁉︎たった3、4ヶ月前のことだぞ⁉︎」
「それが……」
口ごもるレスターを、さらにジョシュアは問い詰めてゆく。
「レスター!!」
「実は……口止めされていたのですが、ご当主様はここ最近、ほとんど食事もとらず離れの塔におこもりになられていて……」
「離れの塔に……?いったい何故⁉︎」
「詳しくは存じ上げません……。そのためか、急激に体力を消耗されてしまいーもちろん、何度も引き止め、入院をおすすめしたのですが……」
「そんな……!」
「今朝、お茶をお持ちしたところ、執務室の床に倒れていらっしゃる所を発見し……」
その時、集中治療室の中で医師や看護師たちの動きが急に慌ただしくなった。
「!!」
アーサーが震える片手を、ゆっくりとあげるのが、二人にも見えた。
「おじいちゃん!!」
「ご当主様!!」
二人が叫んだと同時に、扉が開き医師が顔をのぞかせた。
「ジョシュア様でいらっしゃいますね?奇跡的にアーサー様の意識が戻られました。ですが……おそらく、もうあまり時間がありません。何かお話しすることがありましたら今のうちにー」
医師の言葉が終わるのを待たずに、ジョシュアが部屋の中へと飛び込み、レスターもそれに続いた。
「おじいちゃん!僕だよ、ジョシュアだよ!」
アーサーは弱々しく微笑みを浮かべると、消え入りそうな小さな声で応えた。
「……おお、ジョシュ……もう……あの組み木細工は開いたのかい……?」
「おじいちゃん……?」
「意識が混濁されていらっしゃるようです……」
看護師が小さな声でジョシュアにささやいた。
「……また、新しいものを……あげないとな……レスター……レスターは、いるかな……」
「はいっ、ご当主様っ!」
「ジョシュに……いつものあれを……」
「……ホットチョコレートとクッキーですね。もちろん、用意してございます」
レスターが震える声で応える。
「おまえの
三代にわたってウォルズリー家に仕えてきて、初めて主人を見送ることになる悲しい事実に現執事のマーク・レスターはこらえきれずに顔を背け、涙をこぼした。
「ジョシュ……ジョシュや……」
アーサーが伸ばした手をジョシュアがそっと握った。
「ここにいるよ、おじいちゃん……」
「ああ……ジョシュア……」
その時、アーサーの目に強い光が戻った。
「……ジョシュア……わしが亡くなったら……」
「……何でそんなことを言うの⁈亡くなるなんて言わないでよ!」
「聞きなさい、ジョシュア……迷うことなく……城を出るのだ……!」
ジョシュアを見つめるアーサーの目に、その声に、深い愛情と無念さがあふれ出している。
「……かつて、その凄まじき魔力と果てしない野望ゆえにこのウォルズリー家を追放された者がいた。奴らは数百年の時をかけ、巨大な闇の力を纏って甦り、私たちに復讐しようとしている……」
アーサーが命を燃やし尽くすように言葉を絞り出す。
医師や看護師が慌ただしく周りを動き回り何かを叫んでいるが、ジョシュアの耳には入らなかった。
「残念だが、衰えたわしの力ではもはや奴らを食い止める術はなかった……」
「魔力……?闇の力……?何を言ってるのか、わからないよ!」
「奴らと戦うための最後の希望は……
もうひとりのウォルズリーの末裔……
そして、わがウォルズリー家の守護者である
ノーラの復活……
だが、もう時間がない……」
アーサーの目の光がだんだんと弱くなっていく。
「ジョシュア……逃げるんだ……一族も……世界の運命も……関係なく……せめて……せめて、おまえだけは……自由に……自分の人生をっ……」
言葉に詰まり咳き込んだ瞬間、アーサーの口から大量の血しぶきが飛んでシーツを染めた。
「嫌だ、嫌だよ!僕を独りにしないで!」
すがりついて泣き叫ぶジョシュアに、アーサーが最後の力を振り絞り、震える手で優しく頭を撫ぜながら語りかける。
「大丈夫だよ、ジョシュ……
この世界での生は一瞬、
でも……
僕たちは必ずめぐり合う……
誰も
そうだよね、ノーラ……」
そう言って少年のように微笑んだアーサーの目が、静かに閉じられてゆく。
「おじいちゃんーー!!」
わずか十歳で故郷を離れ、ウォルズリー家の当主となった“太陽王”アーサー=太郎・ウォルズリーの波乱万丈の人生は、ここに幕を下ろした。
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