第38話 穗乃花お嬢様の正しい見解
さて、どちらもどうしようもないくらいにポンコツらしいと理解した翌日。
「ちょっといいかしら?」
一時間目の講義が終わって教室から出てきた暁良は意外な人物に呼び止められることになった。
「え? 俺?」
「そう。あなた、一色先生の助手でしょ?」
そう言ってにっこり笑うのは、穗乃花だ。そう。あのお嬢様。今日はオフなのか、普段と違って可愛らしい格好をしている。
「そうですけど、まあ、学食に行きますか」
「そうね。ここじゃあ話し難いし」
教室から出てくる一年生たちが、何あの美女と穗乃花に目を向けてくる。そして、暁良に向けて嫉妬の眼差し。ただでさえ、路人のお気に入りということで多少のやっかみがあるというのに、止めて貰いたいところだ。
まだ午前中の早い時間とあって、食堂の中はがらんとしていた。その一角で、コーヒーを飲みつつ話すことになる。
「あの」
が、暁良はどうして自分が穗乃花と話すことにと、色々と気まずい。あれこれ知ってはいるものの、答えられることなんて半分もないというのに。
「対決はどう? 順調に進んでいるかしら」
「いいえ」
「やっぱりね」
しかし、穗乃花はある程度の推測が出来ているらしく、あっさりとしていた。
「やっぱりって」
「だって。二人とも同じくらいに能力値があるのだとしたら、仕事が分割されている意味がないでしょ? ということは、どちらかが欠けたらおかしくなるってことなのよ。あの二人の場合、得意な方を取ったというわけじゃないわ。一色先生って結構特殊な人で、何でも出来るんだけど、具体化が非常に苦手。一方の赤松先生は、何でも出来るんだけどオリジナリティを出すのが苦手。それは理解しているわ」
「は、はあ」
確かに今まで散々議論になっている部分と、暁良は素直に感心してしまった。
「ところが、一色先生はそれを認めていないんでしょ?」
「ま、まあ、自分がポンコツである自覚はあるみたいですけど」
「そうでしょうね。ああいうタイプは、下手に見栄を張らないでしょうから」
「は、はあ」
よく解っていらっしゃると、本当にこの人が路人の嫁になるのではないか。そんな考えが浮かんでしまう。
「一色先生の場合は、そうよね。どこをどう間違ったのか、絶対にプログラミングが出来ないのよ」
「そ、そうなんですか」
「そう。それが余計に嫌になった理由じゃないかなって、私は思うのよね。昔から、あの先生って工学系に進むの嫌がっていたんでしょ?」
「らしいですねえ」
一体どこでその情報を、と驚くと同時に怖くなる暁良だ。そういえばこの人、ただのお嬢様ではなく、政治家になる予定のお嬢様だった。
「何でも出来るのよ、本当に。でも最後の最後、プログラミングだけは出来ないの。いや、あの人の頭は、それを拒否しちゃったのよ。おそらく、それも出来てしまったら、自分には自由がなくなるって、知ってたんでしょうね」
「――」
「でも、それは赤松先生が補ってしまった。だから拒否しても無意味となったんだけど、頑なにあの人の頭はプログラミングを拒み続けているのよ。だから、あの果たし状は自分のためにもあるんだろうなって」
「そ、そうだったのか」
意外やびっくり。
暁良はどう反応していいか解らないくらいに驚いた。そうか。今までずっと謎だったプログラミングが出来ないって、そういう理由だったのかと、謎を解いて見せた穗乃花を尊敬してしまう。
「一方の赤松先生は、おそらく一色先生のカリスマ性にやられちゃっているのよ。真面目で頑固な赤松先生には柔軟性がない。一方、一色先生なんて柔軟性ありまくりでしょ」
「ええ、まあ」
すげえな。どっちかを婿に貰うつもりだというのに、批判がすげえ。
「だから羨ましいのよね。何もかもが」
穗乃花はそう言って、そこが可愛いんだけどとコーヒーを飲んで笑う。
「か、可愛いですか?」
「ええ。少なくとも、自分がクマさんぬいぐるみが似合うと解って愛好している一色先生よりかは」
「――」
あ、あれってあざとかったんだと、暁良は目から鱗が落ちる気分だ。たしかに、顔はイケメンだもんな。おそらくその自覚があるから可愛い物を持っていても大丈夫と考えているのだろう。誰もドン引きしない理由を、今知った気分だ。
「カリスマ性はどう足掻いても手に入らないわ。一色先生のあれは天性のものよね。それに頭も切れるから、どうやれば自分がよく見えるか解っているはずだし」
「あの、穗乃花さんの中で路人の評価ってくそ悪くなってます?」
「まさか。むしろ逆ね。知れば知るほど、清々しいほどに頭の良さが理解できるわ」
「は、はあ」
傍で見ている暁良には、何一つ解らないんですけどと、ちょっと情けなくなる。
「大学から逃げたのは、疲れちゃったからでしょうけど、そこで一皮むけてくるんだから凄いとしか言えないわ。となってくると」
「ああ。赤松の劣等感はより強固なものに」
「そ。だから難しいのよね。どうしましょう? 協力してくれる?」
「も、もちろんです」
こうして、意外な協力者を得ることになるのだった。
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