第32話 礼詞は甘えている!?

「全く以て困ったもんだ」

「そうだな。予想外の展開ってやつか」

 研究室に戻って来た路人と暁良は、ソファに座ると揃って溜め息を吐いた。

 まったく、あれこれ問題が持ち込まれたと思っていたら、内容は一点に集約されてしまうとは。

「どうしたんですか?」

 そんな二人に、翔摩と瑛真は何事かと首を傾げる。ということで、暁良が先ほど穂波から聞き出した内容を伝えることになった。

「へえ。なるほどねえ。あの時の赤松先生、おかしいとは思っていたけど」

 屋上での対決を見ていた翔摩は、そういう裏があったのかと納得した。要するに、逃げられないのは礼詞であり、路人や翔摩ではなかったというわけだ。

「そういうこと。逆恨みだよね」

「まあな。でも翔摩、お前の場合、失語症を再発したってことは、心のどこかで赤松と似たようなことを考えたりするわけ?」

 嫌だ嫌だという路人と違い、同情する余地はないのかと暁良は翔摩に訊く。すると、途端に不機嫌な顔になった。

「そうだな。たしかにここから逃げられないって思ったから、声が出なかったんだろうな。結局、赤松先生のあの状態もストレスのせいってことか」

「そう考えられないかなって」

「暁良、あいつを甘やかすことはない。それに翔摩とは違う」

 路人がそこに、ずばっと関係ないと主張した。どうあっても、礼詞の肩を持つつもりはないらしい。

「どうしてだよ?」

「いいかい? 翔摩の場合は、周囲からのプレッシャーが大き過ぎたせいだ。山名先生が俺のサポート役として相応しいようにって、躍起になったせいなの。そんなもの、今のままで十分だというのに、そこを理解していない。そのせいだ。翔摩の能力は俺がよく知っている。別にそれ以上を求めるのは、ロボットを求めるようなものだと思うね。一方、赤松の場合、自分を変えるつもりがないから上手くいかないんだよ。どうして俺が対外的には上手く振舞えるかといえば、普段が嘘だからだ。そこに気づいていない。一面しか見ていないから、おかしいってなってるだけ。お解り?」

「は、はあ」

 凄い勢いで捲くし立てられ、暁良はそうですかという言葉しか出て来なかった。

 それにしても、礼詞に対して手厳しい。やはり同期だからということか。ライバルだから、手加減なしということだろうか。

「まあ、路人の主張の総てが間違っているわけではないと思うわ。翔摩の場合、横で見てても可哀想になるくらいだったもの。赤松先生の場合、自力で何とか出来ないから路人にっていうのは、甘えだと思う」

 そこに瑛真からも手厳しい一言。引き合いに出されている翔摩は、真っ赤な顔をして小さくなっていた。

「この大学、大変過ぎないか?」

 そこまで聞いて、自分はどうしてこの大学の学生になってしまったんだと、激しく後悔したくなる暁良だ。もちろん路人のために頑張ったわけだが、それにしたって何かと杜撰な気がする。

「大変に決まっているだろ? ここはまさしく、政府と直結している大学だと言ってもいいんだからな。一度は低下した科学技術力を復活させるために作られた大学であり、日本で真っ先に飛び級が導入された大学だ。俺や赤松が五歳で入学できたのは、そういう事情を含んでいるんだ。だからまあ、辞められたり逃げられたら困るというのは、事情としては解るよ。逃げたけど」

 説明した路人が、べっと舌を出す。事情は理解しているが、心情とは別だと言いたいらしい。

「なるほどね。要するに、天才の青田買いみたいな」

「そうそう。いい例えだね。赤松のところで、必死になっている二人もまさにそう」

 小さな物を盗むことで、礼詞との距離感を図ろうとしていた二人。彼らもまた、路人たちと同じような悩みにこれから向き合うのかと、暁良は複雑な気分になる。

「で、問題は礼詞だ。俺がいなければ何もできない、か。困った奴だな」

「でも、事実なんだろ?」

 路人は大学規模の問題はどうにもできないと礼詞の問題に戻すが、こちらが難題だ。暁良の言う通り事実ではある。

「なぜ、出来ないのかな。そこが不思議だよ。まあ、昔から実直だけが売りで融通の利かない奴だったけど」

「――」

 幼馴染みの評価は辛辣だなと、暁良は何も言えない。そうだ、礼詞が路人を凄いと思うのは、小さい頃から総てが一緒だったのにという思いもあるのではないか。しかし、二人には明確な差が生まれてしまった。

「ううん。でもそれって、性格の問題だよな」

「そうだよ。でもね、俺じゃないと嫌とか、わがまま」

「いやいや。責任者だろうが」

 結局は路人が優秀で、総てが路人を頼って運営されていたことに要因があるんだろと、ここまで話していて暁良は気づく。だからずばっと指摘しておいた。

「ふん。俺は技術省を作ってくれなんて頼んだ覚えはないし」

「いやいや、まあ、そうなんだろうけど」

 そう言えば、逃げたタイミングはその技術省を作る云々の場面だったなと、暁良は思い出す。

 これ以上何も行動しなければ、変わるタイミングさえ消えてしまう。それに気づいて、路人は行動を起こしたのだった。

「まあ、議論してもどうしようもないってことですね。赤松先生には今の路人で納得していただき、さらに自信を取り戻してもらう。これしかないんでしょ?」

 そこに瑛真が、ナイスなまとめをしてくれた。そう、それしかない。

「まずは、今の俺で納得させることからやろう。どうしたらいいと思う?」

 路人は暁良にどうすると訊く。いやだから、どうして解決の段階になるといつも暁良なのか。

「ううん。まあ、まずは互いにプライベートを晒すことじゃねえか」

 で、仕方なく提案する暁良だ。

 だから頼られるというのは、ちゃんと自覚している。

「なるほど。プライベートねえ」

 どうなんだろうと、路人は首を傾げる。たしかに暁良も、路人のプライベートは知らない。

「また、一波乱ありそうだな」

 翔摩がぼそっと言った一言に、不安を感じる暁良だった。

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