第28話 科学的懐石料理!?
謎の懐石料理デート当日。
「何一つ解決策が出来てないが?」
暁良は思わず額を押さえる。絶対に今回も失敗する。それなのに何故、デートが決行されるのか。
「一応、人工知能に赤松先生の会話パターンは記録させ、傾向分析したけどな」
翔摩は手を打っていないわけではないと、ピシャリと言った。このままでは、引っ掻き回すのに加担したことになる。
「ま、ここまで来たら仕方ないわ。それにここ、さすが路人がチョイスしただけあって、普通じゃないの」
「そ、そうなのか?」
それまで何も言わなかった瑛真がそんなことを指摘するので、暁良は普通に驚く。
「あれ? それに関して知らずにここまで来たのか?」
「いや、だって」
今のところ、変わった点は何一つないけど、と暁良は部屋を見渡した。
三人は今、礼詞たちがデートする部屋の隣の部屋に陣取っている。が、普通の和室でしかない。
「料理に仕掛けがあるって話題なんだよ。路人さんが、検索掛けまくって探し出したんだ。噂には聞いてたらしくてね」
「へえ」
意外だと、暁良は素直に感心していた。あの男、どう考えてもスイーツ以外に興味がなさそうなのに。
「ここ、元科学者がやってるのよ」
「あっ、それで」
急に懐石料理なんて言うからおかしいと思ってたと、暁良はほっとしてしまう。ちょっと反省したのかという安心もあった。
「ただねえ。路人が興味を持つ店ってのが、怖い要素ではあるんだけど」
「たしかに」
あいつが面白いと思ったものだと考えると、不安は一気に復活する。そもそも、路人はデートがどういうものか知っているのか。礼詞にアドバイスできる立場ではないのは確かだ。
「あっ、先生たちが来たわ」
「二人だけ? 路人は?」
と、三人の前に置かれたパソコンに礼詞と穂乃花の姿が映り、緊張が走る。礼詞は相変わらずの無表情。一方、穂乃花は初めての店だとテンションが高い。
「こうやって見ると、意外とお似合いのカップルなのか?」
「そうだな。会話さえ弾めば、後は何とかなりそうな感じにも見える」
暁良と翔摩は意外といけるのではと、画面を食い入るように見る。
「いえ。あれは女性の気遣いです」
しかし、ぴしゃりと瑛真がその可能性を否定する。どっちの味方なんだ。
「で、問題の路人は?」
「厨房にお邪魔しているんでしょう。科学談議に花を咲かせていなければいいけど」
不安よと、瑛真はどこまでも悲観的だ。たしかに色々と不安なのだが。
「おっ。女将が挨拶に来た」
「相手は政治家のお嬢様だからな」
何やらにこやかに話す女性二人。それに対し、礼詞はむすっとしたまま、目の前のテーブルをみつめるばかり。ますます不安だ。
「あいつ、いつも以上に緊張していないか」
「路人さんが絡んでいるせいかな」
暁良と翔摩も、そろそろ楽観的ではいられなくなってきた。この先、沈黙が延々と続くとなれば、いつもと変わらない失敗デートとなってしまう。
「まあ、見守っているより他はないわね。どうやら路人は、人工知能によってメニューを決めるみたいよ」
「へっ?」
瑛真が急にそんなことを言うので、どうしたと二人が振り向くと、スマホの画面を見せられた。そこには路人からのメールがあり
『科学に任せておきなさい! 人工知能の素晴らしさを発揮する時だ!!』
という謎の文章が書かれていたのだった。
「一色先生のご紹介なんですか?」
「え、ええ。あの男にしては珍しく、いい店を知っていると」
その頃、頑張って会話をしようと穂乃花が奮闘中だった。彼女だって、色々と必死なのだ。路人にあれこれ言われなくたって、結婚が総てと思っているわけではない。しかし、住む世界がそれを許さないだけだ。
「へえ。赤松先生は、和食がお好きなんですか?」
「は、はい。その、食の好みが狭いと言いますか。海外に出張する時は、毎回困ります」
「では、私と結婚することになった際は、食事の手配はお任せください。今の世の中、上手くやりくりすれば、どこでもちゃんとした和食が食べられます」
「は、はい」
とまあ、こんな感じで、礼詞でもいいかと思い始めてもいる。取り敢えず、彼は見た目に反して偏屈ではない。路人の方が偏屈だと思えてきたほどだ。
「失礼します」
そこに再び女将が入って来た。その手にはお盆。
「最初は何でしょう?」
「開けてみてのお楽しみと、料理長は申していました」
わくわくする穂乃花に向け、女将はにっこりと笑う。お盆の上には、半透明な蓋がされたお皿が載っていた。それがテーブルの上に置かれる。
「これは」
「こちらをお掛けください」
手で開けようとする礼詞を止め、女将が何故か小さな三角フラスコを渡す。中には透明な液体が入っている。
「えっ?」
「まあ、何かの実験みたい」
さらに穂乃花のテンションがアップ。これはいい感じだ。
「何か、変化するんですか?」
「ええ。さあ、どうぞ」
二人が半透明の蓋に中身を掛けると、ぱっと蓋が消えた。そして前菜が現れる。
「凄い」
「ほう。一体何がどうなったのか」
「召し上がってみてください。先ほどの液体はドレッシングとなっています」
歓声を上げる二人に、女将は笑顔でそう勧める。礼詞と穂乃花は、先ほどの液体の謎を探ろうと、箸で前菜である温野菜を摘まんだ。
「あっ。梅酢だわ」
「なるほど。酢に含まれる酢酸に反応して、先ほどの透明な蓋である炭酸カルシウムが溶けたのか。酢に卵を付けておくと、殻が溶かされるのと同じ現象だな」
「へえ。そんなことがあるんですね」
「ええ。中和反応と呼ばれるものです」
そんな感じで、二人の会話が盛り上がる。デートとしてはどうなのかと謎になるが、初めての楽しい会話だ。
「これ、でも成功なのかな?」
モニターを見つめる暁良の呟きは、当然、二人の耳には入っていなかった。
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