第17話 クマの先生

 容疑者は二人。そのどちらもが十代前半の子どもだ。

「で、どうする?」

 協力を取り付けたのはいいが、具体的にどうするべきか。礼詞には解らない。

「簡単だよ。まず二人に会いに行く。これが肝心だね」

 路人は当然だろと、クマさんぬいぐるみを撫でながら言った。それに暁良は大丈夫かと心配になる。

「いきなり行って、相手に警戒されたらどうするんだ?」

「それは大丈夫。だって行くのは俺と暁良だからね。容疑者である二人は知らないよ。ただ見知らぬ人が来ただけってところで終わる」

 ああ、そういうことねと暁良はちゃっかり巻き込まれていた。出来れば二人で解決し、そのまま仲直りしてくれれば良かったのだが、そうはいかないらしい。

「で、二人というのは?」

 暁良は肝心の二人について何も聞いていないと、礼詞に質問する。

「一人は長門雄馬、十二歳。眼鏡を掛けているのが特徴で、真面目な大人しい子だ。もう一人は桑田唯花。十歳ながらしっかりした子だな」

 礼詞はちゃんと二人を把握しているようだ。まあ、自分の研究室に所属しているのだから当然ではある。

「それで、どっちが悪戯しそうなんだ?」

 肝心はここだと、暁良は礼詞をじっと見る。すると見事に固まった。

「馬鹿だな。それを解っているならば、そもそも事件は起こっていないんだよ。しかも今まで赤松が気づかなかったんだぞ。相手は、そうだな、日頃は赤松から距離を置いているはずだ。で、誰かが盗難被害を訴えるのを待っている。注目されることが目的だからね。怒られるのも覚悟の上なんだろう。つまり、日頃は存在感すらない」

 路人がずばっと指摘する。

 それに礼詞はぐうと変な声で唸った。図星ということか。研究の面倒は見ているものの、日頃二人に向き合っていない自覚があるらしい。

「ということは」

「会いに行くしかないって言っているだろ? 今、二人はどこ?」

 さっさと解決しに行こうと、路人は立ち上がった。どうやらその二人に同情したらしい。

「そうだな」

 先ほどの話を聞く限り、ここは子どもにとっては過酷な場所でもある。才能があるからといって、子どもが総てに応えられるとは限らないのだ。

「この時間ならば、上の階にある彼ら専用の研究室にいるはずだ。さすがに大人と同じ場所ばかりは良くないと、前年度に導入されたんだ」

 遅いだろと、礼詞の説明に暁良だけでなく路人も思った。まったく、路人たちで成功したからって、何もかもが適当なままなのだ。相手が子供ということを、完全に考慮していない。ここに入ったら大学生でしかないのだ。

「その部屋も興味あるな。行こうか」

 路人はクマさんぬいぐるみを持ったまま研究室を出る。完全に変な人だ。

「置いていけよ」

 出たところですでに、他の研究者から白い目を向けられている。ああ、また一色先生の奇行がと思われているはずだ。

「いいんだよ。だって、今から会うのは大人じゃないもの」

 路人はしれっとしている。誰がどう思おうと関係ない。これは、多分逃走中に身につけたものだなと、暁良は溜め息だ。

「俺は」

 同じく研究室を出た礼詞は、困惑したように訊く。問題が自分にあるというのに、どうすればいいのかと不安なのだ。

「とりあえず待機。自分の研究室にでもいなよ」

 路人は振り返ることなく言うと、さっさと歩き出した。

「なあ。もう少し赤松に対して優しく出来ないのか?」

 あまりに冷たいので、暁良は思わず言ってしまう。

「なんで? いいんだよ。別に仲良くないし。それに、俺はもう決別したと思っている。あの場で言ったんだ。それを赤松が理解するかどうかだと思うね」

 路人は二度と仲良くするつもりはないと、態度をより硬化させた。はあ、どうしてこうなるのかと、暁良は溜め息しか出ない。

 あの場がどの場か暁良は知らないが、どうやら二人の間には決定的な認識のずれがあるらしい。それは確かとなった。

 そんなことを考えていると、大学生としては若すぎる、飛び級生たち向けの研究室へと着いた。中は、まあ、普通の研究室だ。ただ、大人たちがあまり立ち入らないという差が出来ているだけである。

 中に入ると、十人ほどの子どもたちがパソコンの前で静かに何かをやっていた。これだけでも、暁良からすると驚きの光景だ。まだ小学生くらいの子どもたちが、それぞれにやるべきことを理解して自主的に取り組んでいる。遊んでいる子はいない。

「あ、クマの先生だ」

 その中にいた一人が入り口に立つ路人に気づき、そう声を上げた。クマの先生。音だけ聞くと熊野さんみたいだと、暁良は笑ってしまった。なるほど、クマさんぬいぐるみも時には役に立つ。

「やあ。長門君と桑田さんは誰かな?」

 路人はそれを気にすることなく、声を掛けてきた子に訊いた。その子はこの中では年少、八歳くらいの少女である。どちらにも該当しない。

「あそこにいる人だよ」

 女の子は笑顔で、部屋の中央付近を指さした。ちらっと顔を上げた二人、一人は眼鏡を掛けた男の子、もう一人はポニーテールの女の子がそうらしい。

「ありがとう」

 路人は笑顔で礼を言うと、二人に近づいた。二人はすぐに手を止めて立ち上がる。

「あ、座ったままでいいよ。そうするように、赤松先生に言われているのかい?」

 立ち上がった二人に驚いた路人だが、笑顔のまま訊く。

「はい。目上の方、特に教授の話は手を止めて、立って聞くようにと言われています」

 そう答えたのは眼鏡の男の子、長門雄馬だ。それに路人も暁良も驚く。

「軍隊かよ」

「まったくだ。あいつの生真面目な性格は重症らしい」

 口々に言うと、子供たちは困った顔になった。そうだ、二人にすれば先生の悪口を聞いたことになってしまう。

「まあまあ。じゃ、立っているついでだし、俺たちに付き合ってよ。学食で話そう」

「はい」

 二人は礼詞仕込みの生真面目な様子で頷き、手早くパソコンの電源を落とした。その徹底された様子に、路人と暁良は同時に溜め息を吐く。

「悪戯されて当然だね」

「そうだな」

 前途多難。

 すでにそう思う二人だった。

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