8:14 Yami Blain ─ヤミ・ブレイン─
「いッ……いやぁあぁあぁああぁッ!!!」
副団長が完全に呑み込まれた途端、我に返ったエリンが煩わしい悲鳴を上げる。私は大蛇から後方へ一瞬だけ視線を移し、陸までの距離を測った。
「この場で交戦するのは不利だ。まずは陸に上がるぞ」
「分かってんじゃねぇか相棒。『アナコンダ』も起死回生の一手は陸に上がってからだったぜ」
身動きが封じられる浸水地帯。先ほど大蛇が水中へ気配を消していたのを踏まえるに、水辺で狩りを行うのに手慣れているはず。私とロックは不利な状況を変えるため、水辺から陸地を目指して駆け出す。
「そ、そんな、副団長が、副団長がぁ……っ」
「……チッ、わりぃな相棒! あとでそのケツ追っかけるわ!」
「正気か?」
「いーや、俺は正気じゃねぇよ」
だがロックは棒立ちしているエリンを見て舌打ちをし、身体の向きを変えてすぐに引き返した。恐らくエリンを連れて行こうとしているのだろう。
「……この『悪党かぶれ』め」
私はそばに浮いている鋭利な木片を片手に取ると、ロックの後に続いて引き返す。大蛇は水面へ巨体を浸からせ、横方向に波状運動しながらロックとエリンに急接近していく。
「シィヤァア"ァァァア"ッ!!」
「おい、あー……なんちゃら騎士のなんとかってヤツ。アナコンダとの鬼ごっこは始まってんぞ」
「こ、怖くて……あ、脚が動かないのよ……ッ」
「あ? お前、小便漏らしてね?」
「も、も、漏らしてない……ッ!!」
エリンの足元を見ながら首を傾げるロック。そんな悠長に喋っている時間はないと言わんばかりに、大口を開けた大蛇が水を呑み込みながらエリンに向かって突進を始めた。
「ソイツを寄越せ」
「んぁ? ソイツってのは……あぁりょーかい」
浮いているランプを破壊し、持っている木片へ火を点ける。その最中、ロックに要求したのはエリンの腰についている騎士団の剣。私はすれ違いざまに左手を差し出すが、
「パスだ、相棒」
「……お前は本当に──」
ロックが渡してきたのは騎士団の剣ではなく黒色の球形。五本道を瓦礫で塞ぐときに使用していた爆破物。更に起爆するための栓すら抜かれている状態だった。
「シャア"ァア"ァァア"ァーーッ!!」
蛇が探知するのは獲物の熱。私の周囲の温度がランプの火によって上昇したことで、突進を仕掛けてくる大蛇が標的をこちらに変えれば、水面から一気に浮上し鋭い牙を突き立てようと上空から迫りくる。
「──融通が利かん男だ」
私は大蛇の上顎を右腕、下顎を左脚で開いた口を強引に開かせる。シメナ海峡にて死闘を繰り広げたスキュラの女の頭部に比べれば
「シューッ、シャア"ァア"ッ……!!」
「……妙に賢いな」
大蛇はひっそりと水面下に巨体を這いずらせ、私を取り囲むように
「いや、賢い
私は左手に握りしめていた爆破物を開いた口の中へ放り込んだ後、すぐさまその場へ高く跳躍した。瞬間、大蛇が巻いていた蜷局が一気に水面へ浮上すると私が立っていた場所をバチンッと締め上げる。
「シャア"ァア"ァァア"ァア"ァ──ッ!!」
「所詮は爬虫類に過ぎんな」
すると後を追うように
「シュア"ッ──」
「失せろ」
右脚の回し蹴りを頭部へ叩き込み水面下に沈める。その鼻先が跡形もなく潰れたことで、大蛇は私の真下で苦痛に悶えながら暴れ始めた。
「ありゃあ、最後尾歩いても死なねぇな」
「走れ。ここから離脱するぞ」
「大賛成。……てなわけでほいっと」
「きゃっ!? あんた、何して……!」
ロックとエリンのそばへ着地をし、そう声を掛けてから陸まで駆け出す。ロックはエリンを軽く抱きかかえ、そのまま私の後に続いた。
「ばっちぃ、ばっちぃなぁおい。なんちゃら騎士なのに漏らすんじゃねぇよ」
「だ、だから漏らしてなんて……ッ!!」
「そろそろ
「はっ? パーティーって何よ──きゃあぁああぁあッ!?!」
後方から聞こえてくる爆発音。とてつもない勢いで追いかけてくるのは、弾け飛んだ大蛇の血肉が混ざる水面波。そして天井を駆け回る亀裂と降り注ぐ瓦礫。悲鳴を上げるエリンを他所に、私とロックは視線を交わす。
「
「アレとは何だ?」
「『ケツワープ』」
「……気は進まんが、それしかないか」
水面波と亀裂が到達すれば私たちは仲良く瓦礫の山に埋もれる。しかし今の速度では陸まで間に合わない。私が渋々その提案を了承すれば、ロックが少し前に立つ。
「手加減すんなよ」
「するつもりはない」
「な、何してんのよあんたたち!? は、早く逃げないと……!!」
力を込めるのは右脚。狙いを定めるのはロックの腰付近。騒がしいエリンを無視して私はその場で身体を一回転させ、
「飛べ」
「おッどぅわッ!?」
ロックの腰へ全力で蹴りを叩き込んだ。その衝撃によって陸の方角へロックの肉体は飛んでいくことになる。
「ほらよ相棒、俺の手を掴め!」
「あぁ」
「きゃあぁあぁあぁあっ!? 何なのよこれぇえぇえーーッ!!?」
その前に私がロックの手を握りしめれば、お互いに陸地まで凄まじい勢いで吹き飛ぶ。普通の肉体であれば間違いなく腰が粉砕する。肉体が強化された転生者同士だからこそ成り立つ規格外の思索。
「……間に合ったか」
「あー、腰いってぇ……」
「相も変わらず下らん策だ」
私たちは陸地へ何食わぬ顔で着地をする。後方を振り返ってみると向こう側が見えぬほどの瓦礫の山。大蛇の呼吸音はもう聞こえてはこない。確実に仕留めることができたのだろう。
「まっ、生きてんだしいいじゃねぇか相棒」
「二度とやらん」
私はそう吐き捨て出口を求めて歩き始める。ロックもエリンを抱えたまま、その場を歩き出そうとしたのだが、
「……あ?」
足元に転がっているナニカを蹴ってしまう。生々しい粘々とした音に、石が転がるような音。その二つが掛け合わさるナニカを蹴っていた。ロックは視線をふと下した途端、何とも言えない顔でしばらく硬直する。
「何よ? なんで足を止めて──」
エリンも釣られてロックの視線を辿り、転がるナニカを目にしたのだが、
「ひッ……?!!」
短い悲鳴を上げて顔を真っ青にさせる。私もそのナニカに目を凝らして観察をした。
「副団長とやらの頭部か」
転がっていたのは首から下を失った副団長の生首。消化液によって後頭部が溶かされ剥き出しとなった頭蓋骨。掛けていた眼鏡が突き刺さった眼球。その表情は苦しみと絶望に満ちた悲惨なもの。
「何を見ている? その頭部を持ち帰るつもりか?」
「いーや、副団長さまの名前思い出してんだ。あー……確かカロラ、カロラァ、カロラァなんちゃら──あ?」
抱えているエリンの下腹部から滴り落ちる水滴。ロックは何事かとエリンの身体を確認し、硫黄のような臭いと生温かい液体に思い切り目を見開いた。
「うおいッ!? んで漏らしてんだよ!? うわっ、ばっちぃなおい!! 俺のコートに小便でマーキングすんじゃねぇ!!」
「だ、だ、だって……っ! だってぇ……っ!!」
「んじゃあお前の名前、今日から『
「ちょっと……! 変な名前つけるんじゃないわよ!」
恐怖のあまり漏らしてしまうエリン。騒がしいロックはそんなエリンを無理やり降ろす。私は二人に呆れながら出口を目指して再度歩き出した。
「あー、臭いがきちぃー」
「栄誉ある刺激臭だな」
「おっ、栄誉なんてもんあんのか。んなら俺にチューの一つぐらいしてくれよ相棒」
「汚物に口付けする趣味はない」
「扱いもきちぃー」
硫黄臭を漂わせるロックから距離を取りながら歩く最中、前方から聞こえてくるこちらに向かってくる足音。私たちは自然と足を止める。
「……足音か」
「ま、またあのデカい蛇なんじゃ……!」
「アホか小便女。二足歩行の蛇がどこにいんだよ」
その人影に目を凝らせば浮かび上がるのは、地下室の入り口で待ち惚けしているはずのヤミ。おどおどとした様子でランプを片手に走ってくる。
「ぜぇぜぇっ……。や、やや、やっと合流できました……!」
「あんたは、確か使用人の……」
「おぉっ、捨て犬じゃん。んでここにいんだよ?」
「す、すすす、すごい音が聞こえたので……。ゆ、勇気を出して……み、みみ、見に来たんですぅ……。げほげほっ、す、すいません、ちょっと息がっ……」
呼吸を荒げながら理由を説明するヤミ。接触すべき目標が自分から顔を見せたことで、私はヤミの前まで歩み寄る。
「書庫はどこにある?」
「しょ、書庫は、最初の分かれ道を、み、右に行かないと……」
「そうか。なら案内しろ」
「だ、だだ、ダメですダメです!! ぜっったいにダメですぅ!!」
ヤミは私の要求に後退りをしながら首を左右に振った。勢いのあまり額に掻いていた汗が周囲に飛び散る。
「何故だ?」
「だって、だって──右の通路でおっきな蛇を見かけたんですからぁ!!」
「アホ、そのでっけぇ蛇はもうこの世にいねぇ」
「へ、へ、へぇえぇえっ!?! あ、あのおっきな蛇をやっつけたんですかぁ!?」
「あぁ、俺の相棒がドカンと一発ぶちかましてやったんだよ」
こちらへ視線を送ってくるロック。本当なのかと半信半疑のヤミに対し、私は小さく頷いて肯定すると、
「そ、それならもう安心ですねっ! あれ、後は書庫までお二人を案内すれば……わ、私のお仕事も終わりなんじゃ……!?」
「そうかもしれんな」
「つ、つ、ついてきてください! 書庫まですぐ案内しますので……!」
胸を撫で下ろしつつもヤミは先頭を歩いて意気揚々と道を引き返す。私は調子のいいヤミに半ば呆れながらも後に続くことにした。
「おっ、この十字路あれじゃん。相棒が印をつけたとこだろ」
「らしいな」
数分ほど歩けば見えてきたのは十字路。私が壁に刻んだ十字架の印もきちんと残っている。
「こ、ここですここです! この分かれ道を右に行かないとダメなんです!」
「二分の一を外すなんて運がわりぃ」
「わ、私は運が良かったけど……」
「だーれもお前の話なんてしてねぇよ。てかとっとと地上に帰れ小便女」
「わ、分かったけどその名前で呼ばないで!」
右手に見えるのは地上への階段。ロックが追い払うように促せば不機嫌なエリンが階段を上っていく。
「あ、あと……あり……がとう……」
「あ? 今、何て言ったんだ?」
「あ、ありがとうって言ったのよ! こ、今度絶対にお礼してあげるから!」
「
「う、うっさいわね!? とにかく絶対また会いに来るから!」
大声で私たちにそう叫びながら階段を駆け上がるエリン。その遠ざかる足音を聞きつつ、私は隣に立っているロックの顔を見上げた。
「あの女はお前に惚れている」
「んぁ? マジで?」
「まだ若いが……お前を男として見ていたはずだ」
「マジで小便でマーキングしてんじゃん」
気怠そうにコートの臭いを嗅いでいるロック。こうしてエリンと別れた私たちは使用人のヤミに連れられ、書庫への通路を一歩ずつ踏みしめた。
「……お前がこの迷いやすい地下に詳しいのは何故だ?」
「よ、よく出入りしてるんです。将来への不安とか、お仕事がうまくできない時とか、いろいろ病んでしまいそうな時とか……暗くてじめじめして静かな地下室に閉じこもってて……」
「んだよ。やっぱヒステリックか」
五本道からここまで歩いてきた地下通路。薄汚れた石の壁や床。火の灯が消えた蝋燭。それらを観察しつつヤミの話に耳を傾ける。
「お前はなぜあの花園女に仕えている?」
「ミ、ミール様が素敵な方だからです……」
「教えてやんよ。素敵な女ってのはな、使用人を地下室に閉じ込めねぇんだ」
「そ、そこはまた別の話になります……。す、素敵なのは使用人の私なんかと……と、友達のように接してくれるところです」
ぽつぽつと語り始めるヤミ。足音だけが響き渡る地下通路でロックは聞き役に徹しようと口を閉ざした。
「わ、私は喘息持ちなので、お姉ちゃんたちみたいに身体が強くないんです。か、かといって喋るのも苦手で……。だ、だから使用人として馴染めなくて、いつも、誰もいない場所で、一人で過ごしてて……」
「……」
「そ、そんな独りぼっちの……わ、私なんかに声を掛けてくれたのが、見つけてくれたのが、ミ、ミール様なんです。独りぼっちの私なんかに『お友達になりましょ』ってお声を……」
何の才能もなく孤独に過ごしてきた幼少期。そんなヤミへ声を掛けた人物こそがミールだったと。つまりミールはヤミにとっての『初めての友達』。
「そ、それにミール様は、一つの玉座を『一緒に座りましょ』って言ってくれるような……びょ、平等な立場で、とっても親身に接してくれる方なんです」
「……偏った思想だな」
「だ、だから、良いところが一つもない私なんかを『素敵です』って言ってくれたミール様に……わ、私は一生付いていくと誓いました。素敵だって言ってくれる方のそばで、頑張りたいと思ったんです」
先ほどまでおどおどとしていたが、ミールについて本心で語り続けるヤミはどこか自信に満ちていた。それほどまでに大切な人物なのだと私とロックは静かに察する。
「まっ、いいんじゃね。誰のケツ追っかけるかはソイツの勝手だかんな」
「け、けど不器用なので、ミール様のお役に立てているか不安で不安で……。も、もしかしたら、いつか使用人をクビにされるんじゃ──」
「アホか、それはねぇだろ」
「へ、へっ?」
ロックは不安のあまりランプを握る手が強まるヤミの言葉を否定する。そして天井を見上げながら能天気な態度でこう答えた。
「あの皇女さま、お前のこと
「そ、そういえば、確かに、そうでした……」
「んでもって、友達ってのにできる最上級の奉仕ってのは──友達としていてやることだろうが。仕事だとか役に立つだとかどーでもいいんだよ。……ふぁあ~、マジでねみぃ」
「……!」
欠伸をしているロックとは裏腹にヤミはハッとした様子で一度だけ背筋が伸びる。その後ろ姿は「どうして今まで気が付かなかったのか」と言わんばかりの自責の念に満ちたものだった。
「ていうか、書庫はまだつかねぇの? だいぶ歩いただろ」
「も、もうすぐです。そこの十字路を右に曲がれば書庫の扉が見えて──」
「あ? なんか臭わねぇか?」
やっとのことで書庫へと辿り着く。私が小さな溜息を漏らすと、ロックが言葉を遮りながらそう呟いたため、私とヤミは一斉にロックの方へ顔を向けた。
「いや、俺の臭いじゃねぇよ。なんか焦げ臭くねって話がしてぇの」
「そ、そうですね……。ちょうど書庫の方から焦げた臭いが……」
「……まさか」
私は嫌な予感がしヤミの横を通り過ぎると、十字路を右に曲がって前方にあるはずの書庫を視認する。
「おっ、燃えてんじゃん」
「ひ、ひぃいぃいっ!?! も、ももも、燃えてますぅうぅーー!!」
「こりゃ手遅れだ。俺らが来る前から燃えてやがったぜきっと」
瞳に映り込むのは燃え盛る炎に包み込まれた書庫。灰色の煙が立ち込め、求めていた書物をすべて焼き払っている。信じられない光景に悲鳴を上げるヤミ。
「……」
「まっ、しょげんなよ相棒。他にも書庫があるかもしれねぇ」
「な、ないです。本を管理する書庫はここ一つだけで……」
「今更どうこうするつもりはない。ただ私が懸念しているのは──」
炎上する書庫とは逆側の通路。そこから微かに物音が聞こえてきたため、すぐさま振り返った。
「……お前はこの方角で蛇を見かけたと言っていたな」
「は、はい。西側ではなく東側の通路でおっきな蛇に襲われました」
「左右の分岐点からここまで一本道。私たちが始末した蛇はお前を襲撃した蛇と同一だと仮定していたが……」
物音は徐々にこちらまで近づいてくる。ヤミとロックもその場を振り返って逆側の通路を見据えた。
「書庫に到達するまであの蛇が移動した痕跡が一切見当たらん」
「えっと、えっと、それはその、つまり……?」
「地下に潜む蛇とやらは──」
「シュルルル……ッ!!」
聞き覚えのある摩擦音。見据える通路の奥から頭部を覗かせたのは、私たちが始末したはずの大蛇。
「フシュゥウッ……!!」
「シュルッ、シュルッ!!」
「──数匹はいるだろうな」
更に同じ大きさの大蛇がもう二匹。合計三匹の大蛇が壁やら天井やらを這いずって、私たちの方へ接近してくる。
「ひ、ひぃいいぃいぃい!?! さ、さささ、三匹もおっきな蛇がぁぁあぁ!?!」
「俺らも三人だから……『アナコンダ』なら一人一匹に喰われるってとこじゃん」
「そ、そそそ、そんな怖いこと言わないでくださいよぉおぉーーっ!!」
涙目になりながら大声を上げるヤミ。私は三匹の大蛇の動向を窺いながらロックに右手を差し出す。
「んぁ? ここで踊んの?」
「アレを寄越せ」
「あー……アレね、アレ」
要求したのは爆破物。ロックは察するとコートの内側に手を入れて探し始めたが、すぐに探すのを諦め、
「ねぇわ」
「そうか」
一つも所持していないことをこちらへ告げる。私は淡々と返答をした後、先端が燃え盛る本棚の長い欠片を拾い上げた。
「ていうか、蛇ってのは浸水だけじゃなくて火事も起こせんのかよ」
「……どうだろうな」
「って返事をしたってことは他に犯人がいるんだろ?」
「あぁ、現状では判断は付かないが……蛇共は炎を極度に嫌う。自ら火災を起こすとは思えん」
温度で獲物を察知する蛇。高温の中では視界が完全に塞がれ、何者も察知することはできない。だからこそ火災を意図的に引き起こすことはあり得ない。
「んじゃあ書庫の前で待ってれば襲ってこねぇってわけか」
「恐らくな。そもそも私たちの姿すら認知することが──」
「あらあら、ヤミちゃんに転生者様! こんなところにいらっしゃったのですね♪」
「ミ、ミミミ、ミール様ぁ……!?」
私がそう言いかけた途端、右の曲がり角からミールが微笑みながら姿を見せた。想定外の人物に私たちは一瞬だけ身体を硬直させる。
(あれは……紅色の花弁か?)
微笑むミールの衣服や白髪に付着するのは紅色の花弁。太陽の光すら届かぬ地下に咲き誇る紅色の花などは存在しない。
「シュルルルル……ッ!!」
「ミ、ミール様、早くこちらへ来てくださいぃい!! おっきな蛇が、おっきな蛇が後ろから来てるんですぅう!!」
「ヤミちゃんったら……そんな嘘に引っかかりません♪」
「う、嘘じゃないんですぅ!! 後ろを向いてくださいぃい!!」
ミールは十字路の中央に立って大蛇へ背を向ける。ヤミが必死になって呼びかけるが目を細めて微笑むのみ。
「シャア"ァア"ァア"ァア"ッ!!」
「ミール様ぁあぁぁ!!」
三匹の大蛇がミールへ喰らい付こうと一斉に飛び掛かる。ミールは微笑みながらゆっくりと振り返り、
「シュア"ァア"ァアァーーッ!!」
「まぁ素敵♪」
私たちが瞬きをした一瞬、三匹の大蛇は音を出すこともなく、ミールに喰らい付くことなく、ただ真横を通り過ぎる。
(あの細剣を、いつ抜いた?)
気が付かぬうちにミールが左手に握りしめるのは、細身の刀身が白く煌めく刺突用の片手剣。桃色の『ワスレナグサ』が
「こんな暗い場所に──」
大蛇の肉体に空けられた無数の風穴。そこから噴き出すのは液状の血液ではなく舞い踊る紅色の花弁。そして鮮血の花弁に彩られたミールは、転がる大蛇の死体に囲われ──
「──素敵な花が咲くなんて」
いつもと変わらぬ顔で、目を細めて微笑んだ。
Yami Blain
https://kakuyomu.jp/users/Kozakura0995/news/16817330653118842207
今週は月水金の7:00に週三更新です。
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