21. 噂とソレイユの怒り


【エルデイン王国首都トリスティナ・中央区1番地1-4(シエルリュミエール城 国王執務室横休憩室)】




「ところでティーナは恋人に文房具なんかを贈る事の意味を知ってる?」


昼食後、ソレイユが突然そんな事を聞いてきた。


「知らないわ。気にした事もなかったもの。」


前世の…いや、前前世では1人そういうのが好きな友人がいたので日常会話で聞かされることはあったが、正直全く興味なくて右から左に聞き流してたのでほとんど覚えていない。


「もっと仕事や勉強を頑張って欲しいって言う意味があるみたいだよ。」


「あら、そうなの。そういう事なら私もソルに贈ろうかしら?」


国を盾に私を脅すなんていう私の心臓に悪い事を二度とやろうと思わないくらいに頑張って欲しいわ。


「それは暗に僕に仕事しろって言ってる?」


「それはどうかしらね。」


クリスティーナはソレイユの問いにおどけて答えてみせた。




その後昼食の食器もさげ終わり、しばらく2人でゆっくりとしていると部屋にノック音が響いた。


「失礼します。」


灰色の髪をした騎士が入ってくる。


「団長の指示で午後からの警備を代わりにさせていただくルアです。」


「入れ。」


ファウストの交代にルヴァインが寄越しただろう人がやって来た。


あら、この人確か…。


「あなた、精霊の森に最初来た時にルヴァインと一緒にいたかしら?」


あの時に森で援護してくれた氷魔法と双短剣の人だわ。腕が良かったからよく覚えてる。


「貴女はあの時の虐殺の天使様ですね!貴女とは1度お話してみたかったんですよ。」


ぎ、虐殺の天使…。


「そ、その虐殺の天使と言うのは何かしら?」


ご令嬢にそんな事を言うなんて少し失礼な人なのかしら。


あまりの事に笑顔がひきつりそうになったけれど、その次に言われた言葉はクリスティーナにとってさらに信じられない一言だった。


「気を悪くしたならすみませんけどその噂なら今すごい早さで広まってますよ。」


な!?


「どうして!?」


未来を視ることのできるチートな力があるのになぜこんな事も知らないのかと思うかもしれないが、クリスティーナの力はクリスティーナ本人が視ようと思わないと視れないのだ。だから、クリスティーナがそもそも思いつきもしない様な事は最初だけでも教えて貰えないと気づけないのだ。普段頼りにしていることも多い力だけど、そういうところは融通が利かなくて不便だとクリスティーナは贅沢な悩みを持っていたりする。

だが、だからこそソレイユの過去を視る"月の目"が必要になってくるし、月と太陽が揃う事で初めて完全となり世界が上手くまわっていくのだ。


そう、2人の力はそれぞれが欠点を補い合っているのだから。


そしてこうした背景があり、今回のケースで言えばこれはソレイユの担当範囲だ。とすぐに判断したクリスティーナ。ここまで広まった噂はクリスティーナには手に余るのでこの件はおまかせしようと決めたのだった。


「ルアと言ったな、詳しく話せ。ことと次第によっては対処せねばならん。」


ソレイユが鋭い目で言う。


怒っている時の顔だわ。何を視たか聞いてないからどうしてかは知らないけどソルの怒りに触れたみたいね。なぜかしら。


怒っているソレイユとは対照的にソレイユに任せてしまうと決めてしまったクリスティーナは早くも他人事だった。


「あれ、陛下はご存知なかったんですね。以外でした。」


怒っているソレイユが見えていないかのような態度でルアが言う。


怒ってるソルに軽口を聞けるなんてこの人すごいわね…。


「御託はいい、早く話せ。」


「せっかちですね陛下。噂の出処はアルル王国みたいですよ。」


肩をすくめてそう言うルアからはソレイユへの恐怖などは感じられない。その様子を見てルヴァインがルアを交代によこした理由がわかった気がした。


「アルル王国…?」


ソレイユが眉根を寄せてつぶやく。


アルル王国とはこの国の南に国境を接する国で温暖な気候と独特の文化を築いている小国だ。


「天使様、今のアルルにはもう人の天使様がいるんですよ。」


わかっていなさそうなクリスティーナにそう教えてくれるルア。


もう1人の…。


「そう…今アルルに居るの。」


今度は何をやらかしたのかしら、あの子。こっちに実害がない限り放置しようと思っていたのにそう思った途端これって…。


「あっちの人が言うには、エルデインに居る天使様は虐殺の天使でアルルにいる天使が女神様らしいです。あっちにいる天使の方がうちにいる天使様より上だって感じの噂でしたね。」


は?

なにそれ。なんで私があの子の下に見られないといけないのよ。


上に見られたいわけでもないけど、勝手に下に見られるのはなんだか癪に障るわ。


「へえ。いい、度胸だな。」


ソレイユはそう言うと物騒な事を考えていそうな笑顔で嗤う。笑うではなく、嗤う、だ。


何がソレイユの琴線に触れたのかわからないけどソレイユが本気になった時の悪い顔してるわ。と、クリスティーナはそう思った。だがこれまでの経験上それを視てしまうとろくな事にならない事を知っている。

だからソレイユが何をしようとしているのかについてなるべく考えないようにしつつその噂について考える事にしたクリスティーナ。しばらく考えているとふとある事に気づく。


この噂は人為的なものかもしれないという事を。


「その噂、変ね。」


「それはどうして?」


ころりと表情を変えたソレイユがクリスティーナにそう尋ねた。


「性格だけ言うならあの子の方がよっぽど"虐殺"だし、天使なのはあの子の方だからよ。私の方は戦闘は必要最低限以外はやりたいと思えませんし、種族に関しても、正確に言うと私は"天使"でもないですし。」


前前世からずっと、あの子の方がバトルジャンキーだし、手の甲の印もあの子は天族の王の印だもの。


「それじゃあティーナは女神様なのかい?」


「そうね…人のつけた分類で言うとそれが1番合うのかしらね。」


手の甲にある印は、神の印だから。

正しくは亜神になるのかしらね。


「手の甲にある印があの天使と違うのはそれでだったんだね。」


「そうよ。さすがソルは話が早くて助かるわ。」


ソレイユとそんな事を話しているとソレイユの目が高濃度の魔力によって銀色に光った。何かを知ったようだ。


「ふむ。にしてもこれは少し見過ごせないな。」


そう真面目な顔で呟いたソレイユは"月の目"を全開にし詠唱を始める。


「"神の記録へのアクセスを申請"──」


目を全開にして詠唱までしているのを見てクリスティーナはびっくりする。


「ちょ、ソル!?そこまで本気で視なくてもいいでしょう!!」


ソレイユがこの件で思っている以上に本気で怒っているのを知ってクリスティーナは慌てて止めようとする。


「まあまあ、女神様。陛下のやりたいようにさせてあげましょうよ。」


呼び方を天使様から女神様に変えたルアがヘラヘラととらえどころのない笑顔でそう言ってクリスティーナを止める。


「貴方楽しんでない?」


ルアが笑って止めたのを訝しげに見るがそれでもルアは胡散臭い笑顔を向けたままだ。


「実際楽しいですから。」


「貴方いい性格してるわね。嫌いじゃないわ。」


いい性格をしているとは思ったものの、先ほどからの動じない態度はクリスティーナにとって好感が持てた。そして動じないけれど自分の分はわきまえているので嫌味では無い。だから先ほどソレイユが軽口を叩かれた時もソレイユは怒らずに流したのだろう。


「それはありがとうございます。」


クリスティーナとルアがそんな会話をしているとあらかた視終わったのだろうソレイユが手紙を取り出して書き始めた。


「たかが紙1枚のために転移魔法ですか。しかも無詠唱…陛下、噂以上の非常識っぷりですね。」


ソレイユが隣の執務室から正式な要請の時用の便箋を取りだしたのを見てルアが苦笑いしながら言う。


手元をちらりと見ると苦情のようだった。


「アルル王国の国王に向けてかしら?」


「そうだよ。次、同じような事があったら許さないと噂の訂正要請と合わせてしっかりと言っておかないとね。」


ソレイユがにっこりと笑って言った。


「そう。それなら、あの子宛に一言頼んでもいいかしら。」


「いいよ。なんと書けばいい?」


「『嘘の情報はめんどくさがらずに訂正しなさい。貴女口はあったわよね?』と。」


会いに行った方が早いんでしょうけど会いたくないもの。これでまたこちらに迷惑がかかるようならその時はどうしようかしら…。


クリスティーナは頭を悩ませたのだった。



^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-


お読み下さりありがとうございます。


最近伏線をまくのが前より楽しいと思い始めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る