8. 涙と負い目

お読み下さりありがとうございます。


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森で倒れた直前の事を覚えていなかった様で誰も自分に触れないと言うことが信じなられない様子のティーナに手を差し出された時は彼女が自分を拒否していたから触れられなかったわけではなかったとわかり嬉しいと思うと同時に怖いと思った。

理由は色々あるが、1番は誰も自分に触れる事が出来ないと知った時の寂しそうに歪むであろうティーナの顔を見るのが何よりも怖かった。

恐る恐る手を伸ばすと、なぜかは分からないが今までが嘘のようにあっさりと彼女に触れる事が出来た。

嬉しさのあまり思わず抱きしめてしまい『やってしまった』と冷や汗をかいたが、彼女が何も言わずに抱きしめられていてくれた事で堪えていた涙が堪えきれずに溢れてしまった。

周りを見ると程度の違いこそあるが周りも皆泣いていてこれなら大丈夫かと少しほっとした。


ずっと抱きしめて居たかったがそうもいかないのでしばらく堪能した後、夕食を一緒に食べる約束をかなり無理やり取り付け、アンネを彼女の専属侍女に戻し世話を任せ仕事に戻る為に部屋を出た。


部屋を出てすぐに何か言いたげな視線がいくつかこっちを向いていた。

先ほどルヴァインの事を"騎士団長"と呼んだ時の彼女の悲しそうな表情を思い出し僕は約3年ぶりに仕事の話以外で口を開いた。


「なんだ。言いたいことがあれば今から執務室に戻るまでなら聞いてやる。」


そう言ったソレイユの言葉に最初に反応したのはルヴァインだった。


「陛下。無礼を承知で確認したいのですが、あの方は…本当に我々の知っているクリスティーナ様なのですか。」


泣きそうな震えた声でそう聞いてくるので「お前は私の言う事が信じられないのか?」と茶化しつつも脅すとルヴァインは慌てて弁解してきた。


「い、いえ、申し訳ありません!そういう訳ではないのです!…ただ、あまりにも以前のクリスティーナ様と違っていらっしゃるので不安になってしまいまして。」


「彼女は間違いなく私の愛するティーナ本人だ。」


そう言いきったソレイユに今度はファウストが声を上げた。


「じゃあ、妹は!死んでなかったのですか!?」


「いや、2年前のあの日。彼女は間違いなく1度死んでいる。それは間違いない。お前もそれは確認しただろう?」


「そう、でした。ですが、それではなぜ陛下は彼女が我が妹本人だと思われるのですか?」


「私の契約精霊が言っていたのと、かなり変わってはいたが魔力の質と相性、後は勘だ。」


「は!?魔力の相性て陛下あなたまさかここ1週間やけに仕事中の休憩が多いと思ってはいましたがこっそり妹の部屋に会いに行ってましたね!?」


「仕事は滞りなくやってたんだから文句を言われる筋合いはない。」


「そういう問題ではありません!いくら#元__・__#婚約者だからといって意識のない未婚の令嬢の部屋に忍び込んで2人きりになるなど許されることではありません!」


"元"の部分をやけに強調するファウスト。


「忍び込んでない。ティーナを守っていた精霊達にはちゃんと許可をもらって正々堂々正面からお見舞いに行っただけだ。扉は騎士が居たから窓からお邪魔はしたがやましいことはしていないのだから、なんの問題もない!」


「窓から侵入のどこがやましくないんですか!」


2年前までは日常茶飯事だったこのやり取りも随分と久しぶりだ。

すれ違う人の内、当時を知る人は懐かしさと嬉しさに目を細め、当時を知らないものは冷酷非情な事で有名な陛下と言い合いの喧嘩をする次期宰相という信じられない光景にただただぽかんと間抜け面を晒していた。


「陛下、クリスティーナ様は何も覚えていない風でしたが、その…。」


「嘘をつかれていると言いたいのだろう?騎士団長、私もお前と同じ考えだ。」


「では!」


「あぁ、十中八九ティーナは私達の事を忘れたフリもしくは知らないフリをしているだけだろう。まぁ、騎士団長との森での追いかけっこは本気で覚えてないようだったがな。」


ソレイユがそう言うとルヴァインはもちろん、ファウストもある程度は予想通りだった様で3人の間に沈黙が流れる。


「そしておそらく妹は我々にその事がバレているのを承知でやっている、ですよね陛下。」


なんとも言えない表情で呟くファウスト。


「あぁ。」


「森でクリスティーナ様は私を初めて見た時に私の名前を呟かれました。その事からもそうでしょうね…。」


それを聞きいろいろ思い出したのか遠い目をして呟くルヴァイン。


「今の我々は妹にとっては"誘拐犯"らしいですから警戒するのも無理ないですね。ははは…。」


ルヴァインを見て乾いた笑いを漏らしながら皮肉をいうファウスト。

かつての懐かしい日常が戻ってきた様な気がした。

だがそんな戻りかけたものをソレイユの一言が一刀両断してしまう。


「私を含め皆が大なり小なり何かしらの負い目をティーナに抱いている。これはおそらく意思表示なのだろう。前の様に戻る気はないという。」


ソレイユのその言葉に2人は何かを言いかけて押し黙った。

それから会話は無く、執務室に着いたのでそのまま無言で仕事を再開した。


無言で仕事をするのはいつも通りで、漂う雰囲気も冷たくピリピリしていたソレイユと執務室内だが、クリスティーナ様がいなくなってからの約3年間と比べて今日はほんの少しだけ和らいでいると2人は感じクリスティーナ様への罪悪感がさらに増した。



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