2. 噂と虐殺の天使

クリスティーナの幼なじみ、騎士団長視点です。


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クリスティーナが住んでいるこの精霊の森と呼ばれる場所は色んな国々と国境を接しているがどこの国の領土でもなく不可侵条約によって守られた地だ。

そんな精霊の森に関して最近ある噂が周辺諸国で囁かれていた。


"女神がいる"と言う噂だ。


その噂を聞いた各国は精霊の森に人を派遣した。

しかし、誰一人精霊の森の奥の女神のいる場所まではたどり着けなかったという。各国の調査員の報告によると森に入ることには入れたが気づくと森の入口に戻っていたという。それからあらゆる方法でもう一度入ろうとしたらしいがどの国の調査員ももう二度と森に入れなかったらしい。

そしてその過程でもう1つ噂が増えた。

"女神の神使、虐殺の天使が侵入者から森を守っている"と。


どの国もそれきり精霊の森へ人を派遣することをやめた中、1番広く国境を接している大国。


エルデイン王国。


この件に関して今まで傍観を貫いてきたエルデイン王国が初めて人を派遣した。

最近即位した若き王の側近である騎士団長とその部下だ。


「そろそろ森の入口だ。何があるか分からないから油断しないように。」


「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


男は部下に檄を飛ばしつつ、森を進んでいく。

現れる魔物を倒しつつ思い返す。


この任務を伝えられた時の事を。

あの方がいなくなった時の事を。


あの方がいなくなってから陛下はすっかり変わってしまわれた。

前みたいに笑うことがなくなってしまった。

以前はあんなに笑顔の素敵な御方だったのに。

今では、すっかり王宮内の人間を震え上がらせる冷酷で非情な王様と言われてしまっている。

民の暮らしは前王の頃より遥かに良くなっており、そういう意味での評判はすこぶるいい。逆に良すぎて誰も陛下を止められないのだが…。

今回の遠征の命令も以前の陛下なら考えられない事だ。

変わってしまう前の陛下だったならば、今回の様な確証の無い噂で国外に行く必要のある調査命令など絶対にしなかったはずだ。

私はあの時の何かにすがるような表情の陛下が脳裏に焼き付いて離れない。


――遠征出立前日。


【エルデイン王国首都トリスティナ・中央区1番地1-4(シエルリュミエール城国王執務室)】


『お呼びでしょうか、陛下。』


『騎士団長、2年前いや、1年半前か………それくらい前から精霊の森に女神が居るという噂があったな。』


『はい。1年ほど前に帝国や共和国、公国がそれぞれ人を派遣していたかと。諜報部の話ですと、どの国も失敗しているようですが。』


『そうか、では次は貴様が行け。そして私の側まで丁重にお連れしろ!』


『は!?ですがっ―』


『私の命令が聞けないのか、騎士団長。』


『っ、申し訳ございません!!お、お任せ下さい。精霊の森の女神の件承りました!失礼致しますっ。』


あの時、陛下の縋る様な目をこれ以上見たくなくて逃げるように執務室を出た。


「隊長、すごい数の魔物の反応とそれが消えていく反応がっ!」


「ああ、そうだな。そこへ行ってみよう。」


「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


背の高い木をくぐり抜け、森の湿った地面を踏みしめ、探知魔法で魔物の気配がする方に向かう。


にしてもものすごい数が次々消えていっている…この先にいったい…何があるというのか…。まさかとは思うが陛下の仰っていた女神がいるのか?

陛下は連れてこいと仰られたがそもそも本当に女神様なら我々の手に追える相手なのか!?


あー…くそっ!この感じ久しぶりだな!

クリスティーナ様がいた頃はいつも陛下に無理難題の無茶振りを言われたものだ…。


クリスティーナ様がいらっしゃれば今回の事もきっと止めてくださった……………いや止めないな…あの方は。

率先してそそのかしこちらの心労を悪化させることはあっても止める事などありえないか。

それにそもそもこうしてこの森に来る事になった原因自体がクリスティーナ様にあると言っても過言ではない状況だった…。


クリスティーナ様がいらっしゃれば陛下は…女神の噂…などに…



「は?」



男は目の前の光景が信じられずに自身の目を疑った。


「あはははははっ!うふふふ…あはははははははっ!」


魔物の群れに囲まれ、血の海にたたずむ1人の天使。その周囲の地面に散乱するおびただしい数の魔物のバラバラ死体。

そんな異様な光景のその中心で舞うように魔法で魔物を次々とバラバラにしていく1人の血濡れの天使。

そして、天使の周りを無邪気に『バッラバラ~♪』と楽しそうに踊りながら天使を魔法でサポートしている精霊達。


「こんな森の中で、白いドレ…ス?だよな?うわぁ…血で真っ赤……。」


部下の呟きが聞こえる。ここからは天使の後ろ姿しか見えないがその後ろ姿と髪の色には見覚えがあった。


…半分以上血で赤いけど見間違いじゃなければあの方と同じ色…だよな?


たぶん。


確証が持てないが部下達に聞いたところであの事件から色々な事が変わってしまい、彼女を知る者もここでは私を除くとあと1人しか居ない。私が知る以上の事は誰も分からないだろう。


「隊長、あの後ろ姿は…まさか…。」


彼女、クリスティーナがいた頃からの部下で、自分のことをいまだに"隊長"と呼ぶ腹心の声で我に返った男は部下達を制止させる。


「止まれっ。」


「なんなんですかね?アレ。」


「羽があるが…あれが女神……?」


「いやぁ、虐殺の天使の方だろ?」


「魔物バラバラにしながら笑ってるぞ…すげぇな。」


「団長ぉ~、血の匂いが酷いっすねぇ。」


呑気な事を言っている部下達に呆れつつ指示を出す。


「お前ら呑気な事言ってないで加勢するぞ。このまま見過ごすことは騎士の名折れ―」


ドガァァァン!!


ドゴォォォン!!


精霊達と天使の放つ魔法でみるみる地形が変わっていく森。

そしてその変わった地形を治す小精霊達。


「……あ、あの様子じゃ大した役には立ちそうもないが。」


「団長…俺らアレに加勢するんすか?」


「ボクら今からあんなのに加勢して、巻き添え食わないように魔法避けつつ魔物を倒すの?そんな面倒な事やるの?」


「うへぇ、めんどくさぁ…。」


「…このままボケーッと見てるわけにもいかないだろう。」


「団長もさっきほうけていたじゃないですか。」


「そうっすよ!」


「そうですね。」


「お前ら…。」


口では抗議しつつも、みな私の指示に従い邪魔にならない邪魔にならない巻き込まれない様に天使爆心地から離れて戦い出す部下達。


この感じ懐かしい。


男はかつての日常を思い出し、込み上げてくる感情を押し込めて自分も加勢するために魔物に向かっていった。


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ここまでお読み下さりありがとうございます。

次も修正が終わり次第投稿致します。

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