第二章 戦闘学園 4

「よおし、では基礎教練の授業を始めるぞ! はっはっは、今日からは転入生が増えたんだってな! 歓迎するぞ、ナハトくん!」

 昼休みが終わって、午後。

 運動着に着替えたナハトたちは、グラウンドに整列し基礎教練の授業を受けていた。

 基礎教練の教官があれこれとナハトのために説明を続けている中、クラスメイトたちはじっとナハトを睨みつけつつ小声で囁き合う。

「転入生野郎、許せねえよなあ……! 調子に乗りやがって!」

「ああ、潰すしかねえよ。ああいうやつはな!」

「フルカタ先輩と、あいつにつきあわされてるシャーロットの敵だ……やっちまおうぜ」

 彼らも食堂にいて、あの場面を目撃していたのである。憎しみを滾らせ、そして彼らはナハトのほうを盗み見ながら下卑た笑いを浮かべた。

 

「まずはランニング百周! はじめ!」

 教官の命令で、F組の生徒たちが一斉に駆け出す。魔力によって強化された彼らの身体能力は常人の及ぶところではなく、馬よりも速くグラウンドを駆け抜けていく。

 後方スタートだったナハトはクラスメイトの集団を追い抜こうとしたが、その瞬間、四方から肘や足が伸びてきた。

「オラッ、潰れやがれ!」

 それは先程密談を交わしていたクラスメイトたちだった。露骨な攻撃、だがそれらをナハトは跳んだり手で払い除けたりしてあっさりと抜けてみせた。

「うおっ……くそっ、追って潰せ!」

 慌てて追いすがろうとするクラスメイトたち。だがナハトは集団を抜けるやいなや一気に速度を上げて、彼らの倍以上の速度で駆け始める。

「なにいっ!?」

 驚きの声を上げるクラスメイトの前方でぐんぐん小さくなっていくナハト。そのまま全員を置き去りにして走りながら呟く。

「走りやすいな、ここ。森や山を走るよりずっと楽だ」

 結局、妨害を仕掛けたクラスメイトたちはナハトによって何周も周回遅れにされてしまった。

 

「次! 障害物踏破!」

 ランニングが終わると、次はグラウンドの隣に設置された障害物エリアでの鍛錬が始まった。垂直な壁や狭いトンネル、さらには深い穴の上に張られたロープを、自分の筋力やバランス感覚を頼りに乗り越えていく。

「へー、おもしれーな。授業中に遊んでいいのかよ」

「……あんたには、これが遊びに見えるわけ……?」

 とぼけたことを言うナハトに、シャーロットが呆れた調子で言う。コースはあちこちに罠が仕掛けてあり、引っかかれば怪我をしかねない。

 そこでふとナハトが体操着姿のシャーロットに視線を向けた。この学園では、男女によって訓練内容が変わるということはない。よって基礎教練も当然ながら男女混合である。

「……? なによ」

 その視線に気づいたシャーロットがいぶかしげに問うと、ナハトが視線を(主に胸元に)向けたまま答えた。

「いや、お前、何を着ても似合うな。その服も、似合ってるぜ」

「……馬鹿!」

 少し赤い顔をして、胸元を隠しながら言うシャーロット。それを見ていた、先程妨害に失敗したクラスメイトたちが、憎々しげに睨みながら言う。

「くそっ、あいつシャーロットといちゃつきやがって、むかつくぜぇ……!」

「ええい、もう遠慮はなしだ、ここで事故に見せかけて潰してやる!」

「ああ、やってやろうぜ、徹底的に! 授業中の事故に見せかけて!」

 邪念を抱き、ナハトににじり寄るクラスメイトたち。

 そして次の瞬間、一人が丸太を抱えてナハトの上に落ちてきた。

「ああああーっ、落ちちゃったあああ! 転入生、逃げてー!」

 言葉とは裏腹に、笑いながら丸太を叩きつけるように振り下ろすクラスメイト。

 だが丸太はあっさりと避けられ、更にその腹にナハトの足がめり込んだ。

「ぐぼえっ!」

「あぶねーなー。地面に落ちるとこだったぞ、大丈夫か?」

「うっ、うんっ……ありが……げぼえっ!」

 

「次! 投擲教練!」

 障害物踏破の次は、二つの陣地に分けられたコートに移動して訓練が続く。

 投擲教練は二つのチームに分かれボールを投げあい、当たれば脱落というルールだ。機敏さと乱戦時の判断力を養うための訓練である。

「また遊びか。こんなもんで本当に訓練になるのか?」

「甘く見ないほうがいいわ、中には砂が詰まってるから当たればかなり痛いわよ。魔力を持つ人間が投げると、砲弾みたいに飛んでくるんだから」

 ボールを指先でくるくる回しながら言うナハトと、運動着についた泥を払いながら言うシャーロット。

 それを見ながら、懲りないクラスメイトたちがまた密談を交わしていた。

「おい、転入生を集中攻撃だ。わかってるな?」

「当然だ、今度こそ仕留めてやる! 覚悟しやがれぇ……!」

 目を血走らせボールを握りしめるクラスメイトたち。この訓練では、玉は一つではなく一人一人が持っている。大勢で一斉に放てば、赤毛なんぞに避けれるわけがない!

「よし、では教練開始!」

「うおおおおお!」

 教官の号令とともに、生徒たちが一斉にボールを放つ。そしてその標的の殆どは、ナハトであった。敵どころか、同じチームなのにナハトを狙う奴らまでいる始末だ。

 更に、そのうち一人は密かにボールに魔力を籠めて放っていた。魔力に操られた玉は外れると見せかけて弧を描き、ナハトの背中を襲う算段だ。

(威力も倍増させてある、食らってのたうち回りやがれ!)

「おっ、きたきた」

 ほくそ笑むクラスメイト。だが当のナハトは余裕の表情で笑うと、飛んできたボールの一つをぱしりと簡単に受け止める。更にその調子で両手を使い、飛んでくる全てのボールの勢いを殺し、さらには死角から襲ってきた魔力の籠もったボールまでも、視線も向けず受け止めて、ぽとりと自分の足元に落としてしまった。

「なにいっ!?」

 クラスメイトが驚いた声を上げる中、ほとんどのボールを自分の周囲に集めてしまったナハトが、いくつかでお手玉をしながらにやりと笑った。

「次はこっちの番だ、行くぜぇ!」

 言いつつ、ナハトがボールをぶっ放す。光線のようにまっすぐ直進したボールたちは次々とクラスメイトたちを蹂躙し、あちこちから悲鳴が上がった。

「ギャアアアアアアッ!」

「いやああああああっ!!」

「やめてええええええ! 許してええええ!」

 砲台と化したナハトがもたらす惨状を見ながら、シャーロットが吠える。

「……ちょっとは手加減しろ、あんたは!!」

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