第二章 戦闘学園 2

「はい、そういうわけで、これが転入生のナハトくんです。全員、拍手ー!」

 教室内に、シャーロットの明るい声と拍手の音が響いた。

 その教室には、黒板と教卓、そして左右に大きな窓があり、外側の窓の向こうには学園の広大なグラウンドが広がっている。

 さらに教室内にはいくつもの長机と椅子が備え付けられており、そこに数十名の生徒たちが腰掛けていた。

 キールモール魔術学園、一年F組。ナハトが編入される、その教室である。

「…………」

 しかし、クラスメイトたちの反応は冷淡なものであった。

 腕を組んだり、頬杖をついたりしながらナハトを白い目で見つめる生徒たち。

 そんな彼らの外見は、実に多種多様なものであった。ノーマルな人間から、耳が長くほっそりとして瞳の大きいエルフに、獣との間の子のような獣人。

 他にも特徴的な外見を持つ者が幾人もいる。この大陸、ウォルカニア大陸のあちこちに国家を作り、分かれて生活している異種族たちがこの学園ではこうして同じ生徒として生活しているのである。

 そんな彼らの冷淡な反応にシャーロットの笑顔はひくつき、やがてその拍手の音も小さくなっていった。

「えー……コホン。じゃ、ナハト、自己紹介を」

「ああ」

 言って進み出ながら、ちらりとナハトがシャーロットを見る。

 先程の恐ろしいまでの殺気は鳴りを潜め、年頃の少女として明るく振る舞っている彼女。

 さて、どちらが彼女の本性であろうか。

「ええと……俺の名は、ナハト。ただのナハトだ。よろしく頼む」

 そんな考えを一旦引っ込め、ナハトが簡潔に自己紹介を終える。

「はい、どーも。じゃ、ナハトの席は……」

「ちょっと待てや。シャーロット学級長」

 そのままナハトを席に座らせようとしたシャーロットを、だが生徒の一人が声で制止した。

(ちっ……やっぱりきたか……)

 顔には出さず、胸中でシャーロットが舌打ちする。

 こうなるだろうな、とは思っていた。

「何よヤンカー。もうじきホームルームだし、先生来ちゃうから後にして欲しいんだけど」

「後にできるか。こいつは重大な問題だぜ……クラスに赤毛が入ってくるなんてのはよ!」

 叫びつつ、ヤンカーと呼ばれた男子生徒が立ち上がる。ヤンカーは赤い肌をしており、その頭部からは二本の角がニョッキリと生えていた。

 彼はオーガと呼ばれる種族の生徒である。

 そんな彼に、面白くもなさそうにナハトが答えた。

「なんだよ、この学校はこんなのばっかりだな。赤毛だと駄目なのか? この学園は、どんなやつでも受け入れてくれるって聞いてるぜ」

「ああ、種族はな。だが、雑魚は入れねえ!」

 言いつつヤンカーがつかつかと歩み寄ってきて、至近距離でナハトにガンをつける。

「てめえみたいな、魔力もねえ赤毛はお呼びじゃねえ。それに、聞いたぜ。てめえ、学園を統一するとか寝言をほざいたんだってな? んで、誰とでも勝負するってよ」

「ああ、まあな」

「だったら……今すぐ俺とやりやがれ!」

 ヤンカーがぎしりと肉食動物の笑みを浮かべて叫ぶ。それと共にその筋肉がギリギリと音を立てて、戦闘に備え始めた。オーガは異常なまでに発達した筋肉を持ち、肉弾戦なら最強とまで言われる武闘派種族である。

 だがそんな二人を止めるべく、慌ててシャーロットが割って入った。

「ちょっと待ってよ、もうじき授業なのよ!? やるなら放課後にでも勝手にやってよ! ほら皆も止め……」

 だがそんなシャーロットの目の前で、他のクラスメイトたちはいそいそと机や椅子を移動させ、教室の中央に空間を作り始めた。

 それをどんよりとした目で見ながら、シャーロットが呟く。

「それが、あんたたちの答えってわけね……。よくわかったわよ……」

 この行動は、即ちヤンカーの言葉への同意を表すもの。

 そう、クラスメイトたちは誰一人ナハトのことを認めていないのだ。

「いいって、シャーロット。すぐ終わらすから。それにここでは、生徒同士の殴り合いも許可されてんだろ?」

「よくないわよ! いや、いいんだけど、適当に殴り合っていいわけじゃないの!」

 のほほんと言うナハトにシャーロットが歩み寄り、その襟元に手を伸ばして何かを取り付け始めた。

「……なにしてんだ? なんだこれ」

「あんたの校章よ。学園長代理から預かってたの。いいナハト、この学校の生徒同士で認められてるのは、喧嘩じゃなくて決闘なのよ」

「……なんか違うのか、それ?」

「ぜんぜん違うわ! この学園で言う決闘デユエルってのは、ルールに則って行う勝負のことよ。そのためには、この校章が必要なの」

 言って、校章を取り付け終わったシャーロットが手を離す。

 それは、交差する魔術の杖と剣が描かれた校章だった。

「それは、誰でも使える魔具ギアなの。学園の中枢にある巨大な〝魔力結晶〟から魔力を受け取れて、起動すればつけてる人間の体を〝魔力体〟に変換して一時的に守ってくれる。ただし、過度なダメージを受けると魔力体は耐えきれなくて壊れてしまうわ」

「魔力体……? なんだそりゃ、ピンとこねえな」

「やりゃわかるわよ。決闘とは、その魔力体を壊し合う勝負のこと。お互い条件を出し、同意できればそれを賭けて勝負して、負けたほうは勝ったほうの条件を必ず実行する。それがこの学園での決闘よ」

「ふうん、まあつまり決闘ってのは何かを賭けてやるもんで、んで殴り合っても怪我しねえようになってるってことか……あれ、でもさっき風紀委員とやりあったときはなんにも起きなかったぞ」

「効果があるのは、校章をつけて決闘を宣言した者同士でだけよ。それに、効果があるのは学校内でだけ。外ではなんの役にもたたないから注意しなさいよね」

「なるほど。だから生徒が校章をなくすわけないっつってたのか。……しかし、この学校、ほんとに喧嘩を奨励してんだな」

「推奨してるんじゃなくて、そうしないとあんたみたいな奴があっちこっちで勝手に喧嘩始めるから仕方なくよ。ほんと、気の荒い連中ばっかりなんだから、この学校」

「おい、もういいだろうが! とっとと始めるぞ、赤毛!」

 呑気に話している二人にヤンカーが吠える。それに余裕の表情のナハトが答えた。

「ああ、いいぜ。んで、何を賭ける?」

「俺が勝ったら、てめえ、今すぐ回れ右して学園を出ていけや」

「わかった。んで、俺の条件だが……」

 あっさりと相手の条件を飲み、そこでナハトはしばし考え込んだ。そしてやがて名案を思いついたとばかりに言う。

「お前の席をくれ。窓際の最後尾、悪くない」

 ヤンカーが立ち上がった場所は覚えていた。外が見える窓際の最後尾。

 位置としては最上だろう。

「……舐めてんのか、テメエ……! いいだろう、構えろや!」

 到底、対等とは思えない条件を出してくるナハトにビキビキとキレながら、ヤンカーが教室中央に移動した。

 それに続いてのんびりとナハトが位置につくと、ヤンカーが叫ぶ。

「いくぜ……『決闘デユエル』!」

「……なんだ? なんでいきなり叫んだ?」

「決闘開始の合図よ。お互いに言えば校章の効果が発動するわ」

 驚いた表情のナハトに、渋い表情のシャーロットが言う。

「なるほど……じゃあ、『決闘』!」

 素直に従いナハトがそう叫んだ途端、その体が光り輝いた。

 瞬間的に自分の体が変わっていくのを感じて、ナハトが戸惑った声を上げる。

「うおっ、なんだこれ。どうなってんだ?」

「言ったでしょ、あんたの体が魔力体に変わったのよ。それはあんたの体の頑丈さとかを正確に反映してるわ。あんたが倒れちゃうほどのダメージを受ければそれも壊れて、勝負ありってわけ」

「へえ、こりゃたしかにすげえ! この学園の魔具ギアを作る技術ってのはマジで進んで……」

 ナハトが呑気に話していると、そこでヤンカーの体が猛獣のごとく跳ねた。

「もう始まってんぞ間抜け! シャアッ!」

 その鋭く尖った爪が高速で振るわれ、空気を切り裂きナハトの首を狙う。

 遠慮なくその首をえぐり取ろうとする勢いだ。

 常人ならば、攻撃されたことすら気づかず死ぬであろう一撃。

「おっと」

 だがナハトは、それを僅かに体を逸らすだけであっさりと避けてみせた。

「このっ……シャアッ、シャアアアアア!」

 ヤンカーの攻撃は止まらない。左右の爪を旋風のように振り回し、ナハトを追い立てる。

 その一撃は凄まじく、爪が通った後に衝撃波が発生するほどだ。

 外れたそれが机の一つを直撃し、柔らかいバターのようにごっそりと削ぎ落とす。

 それも当然、ヤンカーの一撃は、鋼鉄製の剣すら容易く両断してみせるのである。

 しかしそれを向けられたナハトのほうは特に力んだ様子もなく、ダンスでも踊るようにくるくると教室内を移動しながらあっさりと全てを避けていた。

 その様子を見ながら、クラスメイトの一人が驚いた声を上げた。

「すげえ……あいつ、赤毛のくせに強化系のヤンカーの攻撃をあっさり避けてんぞ」 

 強化系、とは魔戦士の性質のことである。魔戦士は己の魔力をどう使うかでいくつかのタイプに分かれており、ヤンカーはそのうち、魔力の殆どを肉体強化に割り振った肉体強化系の魔戦士なのだ。

「そらどうした、がむしゃらに振り回してるだけじゃあたらねえぜ」

「くそっ、テメエ、舐めんじゃねえ!」

 喋りながら余裕で回避を続けるナハトに苛立って、更に攻撃を仕掛けようとするヤンカー。だが次の瞬間、その顔面に衝撃が走り、体が大きく仰け反った。

「ガアッ!」

「舐めちゃいねえさ」

 ヤンカーの顔面に突き立ったもの、それはナハトの拳であった。

 ヤンカーの荒い一撃を見切り、カウンターを決めたのである。

 殴りつけた自分の拳を見ながらナハトが呟く。

「なるほど、魔力体ってのはこんな感じか。たしかに、実体とはちょいと感触が違う」

「テメェ……!」

 一方、殴られたヤンカーは、顔を赤く染めて怒りに震えていた。

 馬鹿にしていた赤毛、それも人間に、オーガの魔戦士マグスである自分が一撃を食らうなど夢にも思っていなかったのだ。

「てめえ、死んだぞ……! 起きろ、俺の魔具ギア!」

 言葉と共に、その左手に装着されていた小さい円盤のような魔具が起動する。

 赤毛相手に魔具を使うなど恥だと思っていたが、もうどうでもいい。目の前のこいつを殺さなければ、気がすまない……!

 そしてその瞬間、円盤状の魔具からムチのようなものが飛び出し、それは空中を不規則に這いずりながら、蛇のようにしゅるりとナハトの左手に絡みついた。

「……」

 白けた表情でそれを見つめるナハト。

 それを動揺だと勘違いしたヤンカーが勝ち誇った。

「どうだ、俺の魔具は自在に空中を這い回り、相手を必ず捕獲する! 力勝負になれば、オーガの俺が負けるわけがない! もう逃げられねえぞ、赤毛がぁ……!」

 言いつつ、ギリギリと魔具を引っ張りナハトを引き寄せようとするヤンカー。ヤンカーは、重さが1tある大岩でも持ち上げるほどの怪力の持ち主だ。

 だが、そんなヤンカーが渾身の力を籠めてもナハトの体はぴくりともしない。

「なっ、なにぃ……。なんだこれっ……!?」

 ヤンカーが焦った声を上げる。

 そしてナハトはため息を吐き、腕に巻き付いたそれをぐいと引っ張った。

「だから……」

「うおっ!?」

 瞬間、繋がれたヤンカーの体が宙を舞い引き寄せられる。

 構えたナハトが、うんざりした声と共に、その拳を放った。

「……能力が! さっきの風紀委員の奴らと、被ってんだよ!!」

 拳とヤンカーの頬が触れ合った瞬間、強烈な破裂音が響き渡り、ヤンカーの魔力体が粉々に消し飛んだ。そして実体に戻り、瞬間で意識を吹き飛ばされたヤンカーの体がぐるんぐるん回転しながら吹き飛んでいく。

 教室の端まで飛んでもその勢いは収まらず、壁を直撃し、そこを突き破り……そして、そのまま隣の教室に飛び込んだ。

「キャアアア───ッ!?」

 隣のクラスから悲鳴が上がる。

 それはそうだろう。教室の壁をぶち破ってオーガがぶっ飛んできたら、誰でも驚く。

 周囲がざわめく中、自分が開けた壁の穴を通りながらナハトが愚痴をこぼした。

「まったく、魔具ってのはこんなんばっかりなのか? せっかくの魔力、もっとマシなことに使えよ」

「あんたねえ、ちょっとは加減しなさいよ! どうすんのよ、この壁の穴! ああもう、私は知らないからね! あんた、責任取りなさいよ!」

 シャーロットがナハトを非難しながらそれに続く。

 そしてナハトは隣のクラスの生徒たちが見ているのも気にせず、転がっているヤンカーの胸ぐらを掴んで持ち上げると、その様子を確認しだした。

「へえ、ほんとにダメージがねえ。すげえな、この校章」

 ヤンカーは衝撃で完全に気絶しているものの、その体に大きなダメージはない。

 ただしその襟元の校章だけは光を失い、力をなくしてしまっているようだ。

「こんだけ本気で殴っても大丈夫とは、たいしたもんだ。これなら安心して喧嘩できるな」

「あんた、それを確認するためにやったわけ……? まあいいわ。これでこの決闘デユエルはあんたの勝ちってことよ。ほら、戻るわよ」

 言いつつシャーロットが教室に戻ろうとし、ヤンカーを引きずったナハトがそれに続こうとする。しかし、そこでその背中に制止する声がかかった。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「うん?」

 それは女の声であった。ナハトが振り返ると、そこには金髪をツインテールにした女生徒が不機嫌そうな顔で立っている。

「あんた、いきなり壁を突き破ってきといて挨拶もなしにいくつもり!? このアリア様相手に、いい度胸じゃない!」

 両腕を組み、尊大な調子で言い放つ彼女は、美少女と言って差し支えない外見をしていた。猫のような大きな瞳、綺麗な鼻、愛らしい唇。種族は人間であろう。

 やや身長は低いものの凹凸のしっかりした体つきをしており、美人系であるシャーロットと比べて、かわいい系の美少女といった趣であった。

「おー、わりい。ビビらせちまったか」

「はあっ!? びっ、びっ、びびってないわよ、失礼な!」

 そんな彼女をじっくりと観察しながらナハトが詫びを入れると、アリアと名乗った彼女が怒声を上げた。

 嘘である。アリアと名乗った彼女は、突然壁を突き破って飛んできたヤンカーに完全にビビっていた。先程の悲鳴は、彼女のものだ。

「……ていうか、そこ! なに他人事みたいに立ち去ろうとしてんのよ! あんたのクラスの問題でしょ、シャーロット!!」

 そしてアリアは怒りに顔を赤くしたまま、そっと知らぬふりで立ち去ろうとしていたシャーロットの背中に叫んだ。

「……ちっ、バレたか……。面倒くさいやつにつかまったなあ……」

「聞こえてるわよ!?」

 うんざりした顔で呟きながら振り返るシャーロットに、アリアが叫ぶ。

「なんだよ、シャーロット、知り合いか?」

「ええ、まあね……。彼女は、アリア・リナ・ルーン・マックスウェル。まあ、なんていうか……私の遠縁で、この一年E組の学級長よ」

 尋ねるナハトと、答えるシャーロット。

 そこに尊大な表情のアリアが言葉を足した。

「ついでに言えば、商業国家アセニアの王女にして、最強の魔力を持つ魔戦士マグスであり、学園一の美少女で、さらには! 入学早々、魔剣の所持者に選ばれた魔剣姫の一人よ。この私と話せることをありがたく思いなさいよね、赤毛!」

「……魔剣姫……?」

 その言葉にナハトがピクリと反応する。

 視線を向けると、シャーロットが困ったような表情で頷いた。

「本当よ。彼女は、アセニアの王女。魔剣を所有できるのは、この学校の生徒でいるうちだけ。所有者が卒業したら、新たに学園が選んだ生徒が持ち主になる。私と彼女は、卒業生が残した魔剣の持ち主に選ばれて魔剣姫になったの」

「そのとおり。私こそは、その才によって入学早々〝魔導剣スペルビア〟の持ち主に選ばれた天才。その私に迷惑かけるなんて、あんた、死ぬ覚悟はできているんでしょうね!」

 そう傲慢に告げるアリアの腰には、たしかに剣が吊されていた。ただし直刀であるシャーロットの魔剣とは違い、その剣身は非常に細く、刺突剣の形状をしている。

 そして柄の部分には丸く大きな玉がついており、それはどことなく魔術の杖を連想させた。

(魔剣の、二本目か。てことは、こいつとも戦う必要があるってことか)

 来る前は、魔剣士とはさぞかし凶悪な面の奴らだろうと勝手に思っていたのだが、どうにも予想と違ったようだ。

 まさかこんな可愛い女ばかりとは。まあそれはそれで嬉しいが、などと考えつつアリアの全身を無遠慮に見つめていると、アリアが自分の体を隠しながら恥ずかしそうに言った。

「ちょっと、ジロジロ見ないでよ変態! 私で変なこと考えてるんじゃないでしょうね!」

「ああ、まあな。あんた、可愛いな」

 ナハトが平然と答えた瞬間、顔を真っ赤に染めたアリアが吠えた。

「はっ、はああああああああ!? 馬鹿じゃないの、王女である私相手に、よくもっ……!」

「はいはい。話が進まないから、ナハト、あんたはちょっと黙ってて」

 こいつ、誰にでもこういうこと言うのか……。

 女好きめ、と呆れつつ、シャーロットが口を挟む。

「とにかく、この穴は決闘デユエルによるものだから。悪いとは思うけど、決闘による校舎の損傷はしょうがない事として許されてるはずよ。じきに補修員が来て直してくれるはずだから、許して頂戴」

 だがそれを聞いたアリアは傲慢に鼻を鳴らし、そしてとびきりの皮肉で返した。

「フン。そんな事言って、決闘にかこつけてこの私に嫌がらせするのが目的だったんじゃないかしら? ええ……没落王国の、シャーロット王女様」

「……は?」

 アリアがそれを口にした途端、シャーロットの表情がびしりと固まる。

「あぁら、ごめんあそばせ、直球過ぎたかしら。なにしろ、イルルカ国はかつて大国であったにもかかわらず、現在は落ちぶれまくってただの貧乏国ですものねえ。痛い所、突いちゃったかしら」

 そんなシャーロットの表情を満足気に観察しながらなおもアリアが続けると、こわばった表情のシャーロットがすっとその前に立ち、ギロリと睨みつけた。

「……言ってくれるじゃない。うちを裏切って独立し、勝手に国を名乗った悪徳商人の吹き溜まり。そこでふんぞり返ってる成金の娘は、言うことが違うわね……!」

「あら、お言葉だけど、それはどこぞの王様が国をボロボロにしたせいでしょう? だから見放されるのよ、悔しかったらうちみたいに豊かな国にしてみせたらどうかしら?」

「なにをぉっ……!」

 にらみ合いながら、互いに激しい言葉をぶつけ合う二人。

 それを遠巻きに見ながら、生徒たちがヒソヒソと会話を交わした。

「始まったよ、一年生魔剣姫同士の罵り合い……。あいつら、ほんと仲悪いな」

「シャーロットの国から独立したのがアリアの国で、お互いずっと険悪だからな。あいつら自身も子供の時からライバルらしいぜ。お互いを潰せるならなんでもしそうだよな」

(ふーん。あいつら、そういう関係なのか)

 そういえば遠縁だと言っていたし、互いの名前にルーンという単語が入っている。色々と因縁があるらしいな、などとナハトが他人事みたいに考えていると、ヒートアップしたシャーロットが腰の剣に手を当てながら叫んだ。

「もう我慢できない! アリア、今すぐ私と勝負しなさい! どちらがより魔剣に相応しいか、この場で決着を付けてやるわ!」

「あら、私は別に構わないわよ。ただ……私は、自分の騎士団を使うけどね。あんたたち!」

「はっ!」

 アリアが声をかけると、E組の生徒の半数ほどが駆け寄りその周囲を固めた。

 その様子を見て、シャーロットが焦った声を上げる。

「きっ、汚いわよ、人数に頼るなんて! タイマンしなさいよ、タイマン!」

「ハッ、下品なあなたらしい言いぶりね、シャーロット。でもお生憎様、魔剣を持つ者同士が戦う時は、その騎士団も込みで戦うのが常識。騎士団を持ってないあんたが悪いのよ、お馬鹿さん!」

「なにおおおおっ……! この、親の金を使ってるだけのくせにっ……!」

「親のだろうがなんだろうが、それも私の力よ! フフン、魔剣に選ばれたくせに、今だに〝船〟も用意できないどっかの弱小魔剣姫についていく奴なんていないわよねえ。悔しかったら、あんたもお仲間を呼んでみせなさいな。アハハハハハ!」

 悔しがるシャーロットと、勝ち誇るアリア。

 騎士団とは本来、国に仕える騎士の集まりのことを指すが、この学園では意味が違う。学園で言う騎士団とは生徒同士で作り上げるグループのようなもので、何事も騎士団単位で行動するのが常識だ。

 そこで、その話に疑問を感じたナハトが口を挟んだ。

「……待てよ。シャーロット、お前、この学園を支配する魔剣姫の一人なんだよな? なんでそんなお前が騎士団を持ってねえんだ?」

「えっ、それはっ……」

「決まってるじゃない。人望とお金がないからよ!」

 言葉に詰まったシャーロットの代わりに、アリアが心底嬉しそうに答えた。

「騎士団を結成するには、相応のお金がかかるの。騎士団部屋を借りたり、部下に給料を払ったり、さらに船を買ったりするには膨大なお金が必要ですもの。どこぞの没落王国は、王女様にまともな支援もしてくれないみたいだけどね!」

「ああ、そういうことか……。だからお前、金が必要とか言ってたんだな」

 ナハトが納得したように言う。どうやら、シャーロットは魔剣姫の中でも一番立場が弱いようだ。

 すると、シャーロットが歯軋りしながら吠えた。

「ぐううっ、この、黙っていれば好き放題……! 支援が貰えないんじゃないわ、私が断ってるの! それに、わっ、私だって今、仲間を増やしてるところなんだから! すぐに、あんたなんか……!」

「あら、それは初耳だわ。誰に声をかけても『貧乏騎士団は嫌だ』って断られてると聞いたけど。まあいいわ、で、そのお仲間ってのはどこにいるのかしら? よければご紹介いただきたいんですけども」

「そっ、それは、その……。……あっ!」

 そこで、シャーロットが何かを思いついたとばかりに表情を明るくし、ナハトの腕をぐいっと引っ張ると高らかに宣言した。

「こいつ、こいつよ! この転入生が、私の仲間! こう見えて、すんごく強いんだから。あんたんとこの部下なんて、相手にならないわよ!」

「おい、何の話だよ、俺はお前の仲間になんて……」

「シーッ、今は話を合わせてよ……! 後で昼食を奢ってあげるから!」

 否定しようとしたナハトを、シャーロットが必死な顔で囁いて止める。どうやらアリアは正面玄関での一件をまだ耳にしていないらしい。なら、その場しのぎだが騙せる。

 するとアリアは不審げにナハトを見ていたが、フンと鼻を鳴らして答えた。

「赤毛が仲間、ねえ。いいわ、仲間が見つかったというのなら、もうボッチのあんたを潰すことに遠慮する必要はないわね。いいでしょう。今すぐ、私とあんたで一年生の……」

 だが、そこまで言ったところで横合いから声が掛けられる。

「あのう、ちょっとよろしいですか?」 

「ちょっと、なにようるさいわね! 今いいところなの、黙って……あ」

 苛立ったアリアが声を荒らげるが、その相手が自分のクラスの担任だと気づくと、しまったという顔をする。

 そこに立つ、メガネを掛けた女教師のストリア。彼女はニコニコ笑顔で告げた。

「皆さん、ホームルームの時間はとっくに始まっていますよ。何やら騒ぎがあったようですが、授業中は荒事禁止です。はい、席について」

「……あの、すいません、先生……。実は、うちのクラスの決闘デユエルで壁に大穴が……」

「あら、本当だわ、困ったわねえ~」

 壁の穴を指しながらおずおずとシャーロットが言うと、ストリアはおっとりとした調子で答え、その肩に手をおいて続けた。

「大丈夫よ、先生が補修担当の方をすぐお呼びするから。直るまで、うちのクラスには他の教室を使ってもらうわ。だから気にしないで自分のクラスに戻ってね」

「ありがとうございますストリア先生、助かります! ……ほら、いくわよ、ナハト」

「へいへい」

 そしてシャーロットがナハトを引き連れてクラスに戻ろうとするが、そこでその背中に声が掛けられた。

「忘れるんじゃないわよ、シャーロット。近いうち、あんたとは決着をつけるわ」

「……」

 シャーロットはその言葉にぴくりと反応したが、結局は何も答えずにその場を離れた。

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