第一章 赤毛の転入生
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その街は、巨大な、それこそ直径100㎞を超すような岩の上に築かれていた。
そこに立ち並ぶ、レンガや石を積み上げて造られた建物たち。さらに盛られた土の上には畑まで並び、そこでは数万人という規模の人々が生活を送っている。
そして岩肌をなぞるようにして続いていく街のその一番上、岩の頂点部には、要塞のごとき建物がそびえ立っていた。
無数の石を積み上げ、精巧に組み上げられたそれは、その実、学園の校舎であった。
巨大な校舎と、その周囲を囲む広大な敷地。そこには運動場や円形の劇場、さらには森まで広がっており、また学生たちが生活する大小様々な寮があちこちに軒を連ねている。
さらに驚くべきことに学園には巨大な発着場が併設されており、そこには大きな〝飛空船〟がいくつも並んでいた。
朝日に照らされて白く輝く校舎。
学園は、名を『キールモール魔術学園』という。
そんな学園の一室に、少女の声が響く。
「転入生、ですか?」
そこは豪華な調度品が並べられた広い部屋で、その声は制服姿の少女のものであった。
歳の頃は、十代中頃であろうか。
彼女は、よく整った、だが少し気の強そうな顔をしていた。
栗色をした美しい髪を腰まで伸ばしており、体はスラリと細身だが、その胸は体の中央で大きく存在を主張している。
そして、その腰には驚くべきことに麗美な
そんな彼女に、豪華な椅子に腰掛けた、同じ年代ぐらいであろう少女が机の上で手を組みながら答える。
「そうだ、シャーロット・アデリアーナ・ルーン・エインスワース。君たち一年生が入学してから、二ヶ月遅れの転入生ということになる。彼を、君のクラスに編入する。その世話を頼みたい」
言いつつ、肩まで伸ばした白い髪をうっとうしそうに払う。
彼女もシャーロットと同じ制服を着ているが、その上に更に黒いコートを纏っており、両手には黒い手袋をはめている。
こちらもシャーロットに負けないほど美しい顔立ちをしていたが、しかしその雰囲気はどこか冷たい。
また、余談ではあるが、その胸はシャーロットと比べると随分と慎ましげであった。
今二人がいるこの部屋は、学園の学長室だ。
そこかしこによくわからない品が並べられており、どことなく雰囲気が怪しい。
位置的に学園の中央玄関の真上に存在し、大きく開け放たれた窓からは巨大な正門や広大な運動場などが一望できた。
「しかし、お言葉ですがエレミア学園長代理。この学園が転入生を受け入れるなんてことは聞いたことがありません。生徒たちは全員、厳しい試験を突破してどうにかここに入学しています。それを……」
「特殊な案件なのだよ」
シャーロットが不審そうな顔をして言いつのるが、それをこの学園の学園長代理である彼女、エレミア・キールモールがぴしゃりと遮る。
そして顔を僅かに歪ませ額に手を当て、ふう、とため息をついた。
「私だって、できれば断りたい。だがそういうわけにもいかないのだ。そして、その転入生はどうにも手がかかりそうでな」
そして、エレミアは机に頬杖をつきながら続けた。
「お目付け役がいる。それを任せられそうな者が、君しかいないのだ。どうか頼む」
「……と言われても、私にも色々と立場というものがあって、なにかと忙し」
「報酬は出そう」
「やりますっ!!」
渋面を作り、それをどうにか断ろうとしていたシャーロットは、その単語を聞いた瞬間、くるりと手のひらを返した。
報酬! なんと良い響きだろうか。
シャーロットはその言葉を噛みしめるように瞳を輝かせ、それをやや呆れた表情で見ていたエレミアが続けた。
「基本的には、その生徒の学内の案内と監視を頼む。だが、もしその者が著しく学内の風紀を乱すようなら、報告をくれ。私が〝対処〟する」
「対処? 対処、とはどういう意味です?」
「そのままの意味だよ」
そう答え、エレミアは口を閉ざす。
それを不審そうに見ながらも、シャーロットが訪ねた。
「まあ、わかりました。それでその転入生って、いつ来るんですか?」
「さて、詳しい日時はわからんが、おそらく近日中には……」
エレミアがそこまで言った瞬間、開け放たれた窓の向こうから怒声が飛び込んできた。
「……おい、貴様! 何者だ、怪しい奴め!」
何事かとシャーロットたちが窓から下を覗き込む。学園の正面玄関の上にある学長室からは、正門とそこから続く道を生徒たちが登校してきている景色が一望できる。
その流れの真ん中に、腕に〝学園風紀請負〟と書かれた腕章をつけた一団が集まっており、なにやら制服を着た生徒らしき者を取り囲んでいるところだった。
その一団の真ん中でふんぞり返る、なぜか全身鎧を身に纏いその上に制服を着込んでいる大男が、周囲に響き渡る大声で一方的にがなりたてる。
「我が校の制服を着ているようだが……貴様、校章をつけておらんな! 我が校の生徒が、校章をつけ忘れるわけがない! さては貴様、スパイか、スパイなんだな!? おのれゆるさんぞ、この風紀委員であるウォルサム様がとっ捕まえて地下房に放り込んでくれる!」
そしてウォルサムと名乗った男がビシリと指差すと、彼らに取り囲まれた人物……十五、六歳ほどの、制服の少年がめんどくさそうな顔で答えた。
「うるせえな、そんなでかい声出さなくても聞こえるっての。校章とやらがないのは、俺が今日入学するからだ。これから貰えるんだろうよ、多分」
その彼……赤い髪をした少年は、制服の上からでもわかるほど鍛えられた肉体をしており、その背筋がピンと伸びた体は野生動物を思わせるしなやかさを持っていた。
2mを超す大男であるウォルサムと比べると小さく見えるが、身長もなかなかに高い。
ヘイゼル色の凛とした目元と、すっきりと整った鼻や顔の輪郭。なかなかの男ぶりであるが、しかしその表情にはどこかやんちゃ坊主という趣があった。
「転入生だとぉ……? 我が校が転入生を受け入れたなどという話は聞いたことがないが、ひとまずはいい。それで、貴様、名は。入る学科はどこだ。飛空船技師か、それとも
周囲の生徒たちが何事かと様子を見守る中、被った兜の中でウォルサムが不審そうな顔をしつつも、続けて質問を投げかけてくる。
すると赤毛の男子は不敵な笑みとともに、それに答えた。
「俺の名前は、ナハト。ただのナハトだ。それと、どっちも違うぜ。俺が入るのは、空の探索者……〝
「…………」
ナハトと名乗った彼の言葉に、ウォルサムたちはしばし驚いた様子で立ち尽くしていたが、やがて互いの顔を見合わせ、そして次の瞬間。
「……ふっ……くくくっ……ははは! はーはっはっはっはっは!」
大爆笑を、始めた。
「探訪者! 探訪者だと!? 貴様がか……これは笑わせてくれる! ハーハッハッハ!」
「……俺は、爆笑もんのジョークをカマしたつもりはねーんだけどな。何か、面白いこと言ったか?」
「ああ、言った! 言ったとも! これが笑わずにいられるか! 貴様が……よりにもよって赤毛の貴様が、探訪者にだとぉ!?」
ナハトが呆れ気味に尋ねると、ウォルサムが笑い声のまま声を張り上げた。
「いいか、知らないのなら教えてやる! 探訪者とは、この世で一番危険な仕事だ! 危険な
言いつつ、ウォルサムがナハトをビシッ!と指差し、小馬鹿にした調子で言い放った。
「先天的に魔力を持たぬ赤毛が、探訪者になどなれるわけがなぁかろぉがああ! この、間抜けがあ!」
「…………」
ウォルサムの指摘に、ナハトはムスッとした顔で沈黙を返した。それを言い返せないのだと判断したウォルサムは、我が意を得たとばかりに部下共に命じる。
「そんなことも知らんとは、やはり貴様は不法侵入者だな! 地下で徹底的に尋問してくれるわ! いけ、ひっ捕らえい!」
「はっ、隊長!」
命じられた部下のうち三名ほどが、その腰や背中に装着していた武器を取り出しながらナハトを取り囲む。ブーメラン、鎖鎌、さらにはトンファー。そして、それを手にする者は、二人が人間、そして一人がトカゲのような顔をした獣人であった。
それを見ながら、とぼけた表情のナハトが呟く。
「違うって言ってるやつ相手に多人数で囲んで、その上武器もかよ。これがこの学園流の歓迎か? なかなか面白そうじゃねえか」
一方、それを上の窓から見ていたシャーロットが慌てた声を上げた。
「学園長代理、あれって例の転入生なんじゃないんですか!?」
「そのようだな。手紙に書いてあった特徴と一致している」
「そんな余裕かましてる場合ですか! 金づる……もとい、転入生がいきなりピンチじゃないですか! 風紀委員の奴ら、いつもやりすぎるんだから! 助けに行かないとっ……」
言いつつ、シャーロットが足を窓の縁にかけて飛び降りようとする。
だが、それをエレミアが押し留めた。
「待たんか。窓から飛び出すなど、校則違反だぞ」
「言ってる場合じゃないでしょう!?」
「いついかなる時でも、校則は絶対だ。それに、だ。……少し、様子を見るべきだ」
そのエレミアの言葉に、シャーロットが信じられないといった表情を浮かべた。
「なっ……。彼が大怪我するかもしれないのに、何を言ってっ……!」
「この程度で」
だが、そのシャーロットの非難を強い一言で遮り、ナハトたちを見下ろしながらエレミアが続ける。
「……この程度で怪我をするのならば、彼は入学などすべきではない。魔力を持たない赤毛が
エレミアたちがそんな事を話している間にも、風紀委員たちはナハトに襲いかかろうとしていた。
ブンブンと鎖鎌を振り回しながら一人が距離を詰めてくる。ナハトがそちらに気を取られた瞬間、逆側からトカゲ顔の風紀委員がブーメランを振りかぶった。
「シャアッ!」
「おっと」
気合いの声とともに放たれたそれを、ナハトはステップを踏んで素早く躱した……ように思えた。
しかし。
(っ……違う!)
何かに気付いたナハトが慌てて頭を逸らす。
瞬間、通り過ぎるはずのブーメランが、空中で物理法則を無視して急激に曲がり、直前までナハトの顔があった空間を薙いだ。
「ケケッ、避けやがったか! 俺のブーメランを初見で避けたのは、お前が初めてだ!」
そのまま手元に戻ったブーメランを受け止めながら、ブーメラン風紀委員が下品な笑い声を上げる。
「今の動き、ただのブーメランじゃねえ……。
「ケケケ、そのとおり! 我が魔具、〝風切り羽のブーメラン〟は、俺の意のままに空中で軌道を変える!」
ナハトが構え、ブーメランを警戒しながら呟く。
「ちっ、魔術学園の生徒だって言うんなら、魔術を使いやがれってんだ」
「馬鹿め、この学園が魔術を教えていたのなどはるか昔、今は魔具を使いこなせる者が一番偉いのだ! だから、お前はお呼びじゃないのさ!」
下卑た笑みで言いながら、別の風紀委員が鎖鎌に付いた鎖付き分胴を勢いよく投げ放つ。
「貰った!」
「うおっ……」
ナハトはそれを咄嗟に躱したが、しかしその鎖は空中をヘビのようにのたうち、するりとナハトの腕に絡みついてきた。
「ふはは、馬鹿め、これも魔具よ! 俺の〝
ナハトを捉えたことに気を良くして、鎖をギリギリと引っ張りながらイキる鎖鎌風紀委員。だがナハトは焦った様子もなく、やや呆れた調子で告げた。
「空中で軌道を変えるブーメランに、軌道を変える鎖。お前ら、やることが被ってんじゃねーか。持ち主の魔力を最大まで引き出す兵器って言うより、これじゃ大道芸の道具だな」
「うっ、うるさい! 仕方ないだろう、入学したときに魔術適性を調べられ、それに合った魔具を与えられるのだから! 自分で選んだんじゃないやい!」
「そうだそうだ、魔力の性質で人を馬鹿にするな! お前に、『君は鎖鎌の鎖を自在に操るのに向いてるねえ』とか言われるやつの気持ちがわかるか!」
その話題は地雷だったのか、二人が怒り顔で一斉に言い返す。
そしてそうしている間にもう一人の風紀委員、トンファーを構えた生徒がナハトに飛びかかりながら、格好つけたポーズで叫んだ。
「フッ、その点、僕の魔具は〝電撃を放ち相手を気絶させる〟というスグレモノさ! どうだ、そいつらのより格好いいだろう! おとなしく食らって、お縄につきたまえ!」
そのままナハトの肩めがけてトンファーが振り下ろされる。
だがナハトはそれに怯んだ様子もなく、白けた表情で答えた。
「別に、人を気絶させるのにそんな道具いらねーだろ」
そして、その瞬間、ドゴン!という激しい打撃音が周囲に響き、続いてドサリと人が地面に倒れる音が響いた。
ナハトが殴られた音、ではない。ナハトが恐るべき速さで蹴り上げた足を食らった、トンファー風紀委員のものである。
顎に一撃を食らった彼は、地面に倒れ込み白目をむいて完全に伸びていた。
「なにっ!」
腕を組み、余裕の表情で捕り物を見ていたウォルサムが、そこで驚きの声を上げる。
(馬鹿な、何だ今のは? 蹴り上げた動きが何も見えなかったぞ……!)
相手が赤毛でなければ、
「おのれ、貴様ぁ、よくも自分の魔具の格好良さをいつも自慢してきてすごくウザかったトンファー使いを! 正直ナイスと思っているが、許せん!」
言葉とは裏腹にニヤついた鎖鎌風紀委員が、さらに鎖をギリギリと引っ張る。
だがいくら引いてもナハトの腕はピクリともしない。
(なんだ、こいつまるで動かんぞ……!? まるで大岩にでも引っ掛けたような感触だ!)
鎖鎌風紀委員がそう内心で焦っているのも知らず、トカゲ頭のブーメラン風紀委員が再び自慢のブーメランを放った。
「今度は躱せまい、死ねえ!」
「捕まえるのが目的なのに、殺してどうすんだよ」
それにツッコミをいれつつ、ナハトが捕まっていない方の手をピースサインするように突き出す。
そして次の瞬間、飛来するブーメランをその二本で挟んでピタリと捕らえてしまった。
「なっ……なにぃ!?」
「お前も、いつまでも人の腕に変なもん絡めてんじゃねえ」
言いつつ、ナハトが鎖に巻かれた腕を大きく引くと、それに繋がった鎖鎌風紀委員の体があっさりと宙を舞った。
「うおおおおっ!?」
彼は悲鳴を上げながらまっすぐにトカゲ頭の風紀委員めがけて飛んでいき、そして二人は激しく頭をぶつけ合い、がくりと地面に倒れ伏した。
それを見ながら、腕に巻き付いた鎖を外し、ブーメランを放り捨てたナハトが服の埃を払いつつ言う。
「どんなもんかと思って見てみたが、こんなもんか、この学園の
その馬鹿にしたような態度に、風紀委員たちが色めき立つ。
「なっ……貴様ぁ! よくも俺達の仲間を! 我ら風紀委員への侮辱は、許さん!」
一斉に各々の魔具を取り出して詰め寄ろうとする風紀委員。
だが、それを隊長であるウォルサムがその巨腕で制止した。
「待てい、お前ら!」
「たっ、隊長!?」
「……こいつは少々手強そうだ。故に、俺が相手をする。覚悟しろ、赤毛! この学園風紀委員の隊長であるウォルサム様が、貴様を直々に捕らえてくれるわ!」
言いつつ、ウォルサムがその巨体を揺らして進み出る。
その彼の背中に、部下たちが声援を送った。
「うおお、隊長の出陣だ! 頑張ってください、ウォール・サム隊長!」
「ウォール・サム! ウォール・サム!」
「ウォール・サムではない! ウォルサムだ! うおおおおっ!」
それに律儀に言い返しながら、ウォルサムがのしかかるようにナハトに迫る。
その姿はまさしく壁が迫るがごとくであり、彼のあだ名であるウォール・サムの意味を体現して余りある。
「なんだ、今度はデカブツのお出ましか。いいぜ、何人でも相手になってやる」
そう呟きながら、ナハトは伸びてくるウォルサムの手から素早く跳んで逃れた。
ウォルサムはドスドス音を立てながら更に捕まえようと追い立てるが、ナハトは左右にステップを刻んで、ひらりひらりとそれを躱してしまう。
「ええい、ちょこまか逃げるな! 逃げ切れるとでも思っているのか!」
言いつつ振り下ろしたウォルサムの拳が地面を直撃し、舗装されたそこが轟音とともに砕け散り、爆発でもしたかのように破片が飛び散り、巨大な穴が開いた。
常人の出せる威力ではない。普通の人間が喰らえば、間違いなく即死する威力である。
「へえ、大したパワーだ! それも
「左様、我ら魔戦士は魔具を使うのみにあらず、魔力によってその身体能力も大きく引き上げておる! 故に貴様に勝ち目なし、大怪我をする前におとなしく捕まれい! ぬん!」
言葉と共に、ウォルサムの巨体が宙を舞った。
「うおっ、おいおい……!」
そのまま両手を広げボディプレスの要領で落ちてくるそれを、ナハトが慌てて飛び退いて躱す。そのままウォルサムの体は地面を直撃し、人の着地音とは思えない爆音が周囲に響きわたった。
「ふんっ、本当にすばしっこいやつめ。どうしても怪我をしたいらしいな!」
言いながらのそりと立ち上がるウォルサム。そこに立っていた鋼鉄製のポールが下敷きにされ、空き缶のようにぺちゃんこになって地面に埋没してしまっていた。
「おいおい……普通のやつ相手にそれやったら、怪我じゃすまねえだろ」
「安心せい、腕のいい保健室の先生がいる。命だけはきっと救ってくれるわ!」
再びウィルサムが大ぶりの一撃を振り回す。
だが、それに合わせてナハトの体がすっと沈み込み、
「いい加減……しつこいぜ、壁野郎!」
その拳が、跳ね上がるように突き出された。
「グウッ!」
金属の塊を巨大な棍棒で打ち据えたような轟音が響き渡る。
ナハトの一撃がウォルサムの鎧を打った音だ。それに合わせて、ウォルサムが呻き声を上げる。
──だが、次の瞬間にはニヤリと微笑むと、すっと姿勢を直したウォルサムが舐めきった声で告げた。
「なんだぁ? 今、なにかしたか?」
「なにっ……!?」
逆にナハトが驚きの声を上げる。
なにしろ、打たれたウォルサムは小揺るぎもせず、むしろ打ったナハトのほうが腕に痛みを感じているのだ。
(なんだ、こいつ……殴った感触が、ただの鎧じゃねえ! まるで、でかい鉄の塊をぶっ叩いたような……!)
驚きつつナハトが飛び退くと、ウォルサムは余裕ある態度で両手を広げ告げた。
「なかなか鋭い一撃だ。貴様、どうやら武術を学んでいるようだな。だが言っただろう、
言いつつ、ウォルサムが近くの芝生に埋め込まれていた大きな岩を持ち上げ、ヒョイと上に放り投げる。岩はまっすぐウォルサムの上に落ちてきて……そしてその頭部を直撃した瞬間、激しい音と共に粉々に砕け散ってしまった。
しかし大岩の直撃を食らったはずのウォルサムは小揺るぎもせず、涼しい顔をしている。
「ほれこのとおり。たとえ砲弾の直撃を食らおうとも、我が鎧は傷一つ付かぬ! 魔具とは、持ち主の魔力を吸い上げ力に変換する兵器! そして我が纏い鉄塊はその中でも中位である
魔具はその性能により、青銅、銀、そして黄金と等級が割り振られている。後になるほど強力で、青銅等級でも魔具を持たない兵士百人分以上の力を発揮すると言われていた。
「……なるほどな。見た目通りの鎧じゃねえってことか」
「フン、そういうことだ。未熟な部下共には勝てても、貴様がこの鎧を貫通して俺にダメージを与えることは不可能! それどころか、打った貴様の拳のほうが潰れて……ん?」
そこでウォルサムが気づいた。
ナハトは、素手ではない。その両腕に、手甲をつけていたのである。
「なんだ、貴様武装しておるのか、不届き者! ……しかし、なんとも妙な……?」
その言葉のとおり、それは奇妙な手甲であった。
ナハトの手の甲から肘までを、黒色の金属が覆っているのだ。
そしてそれは、まるで皮膚にぴったりと張り付いているように見えた。
「ああ、これか? ちょっとした玩具だよ、気にすんな。……けど、ダメージを与えるのは不可能ときたか。大きく出たな」
両腕の袖をまくりあげてその手甲を見せつけながら、ナハトが呟く。
そして、ぺろりと舌で唇を舐め、構えを取りつつ続けた。
「──そう言われると、燃えてくるぜ。いっちょ、やってやるか」
「馬鹿め、無駄だと何故わからん! おとなしく捕まらんか!」
ウォルサムが再び手を突き出して取り押さえようとしてくるが、ナハトは俊敏に動き回りそれを躱す。そして機を見てするりと相手の内側に潜り込むと、
「外は頑丈でも、中はどうかな──」
ゆったりと構え、
「──魔拳三式──」
その拳を、放った。
「〝鎧貫き〟」
それは、俊敏なる一撃であった。
弓を引き絞り矢を放つように、肉体全部が連動して拳を押し出し、ウォルサムの鎧を叩く。
続いて、りん、と微かな音だけが響き、そしてウォルサムの鎧を傷一つつけぬまま、その拳が離れた。
「……? フン、なんだ今のは! そんな弱い一撃で我が纏い鉄塊を……」
ウォルサムは勝ち誇ろうとしたが、そこまで言ったところでピタリとその動きが止まる。
「……どうやら、中はそうでもなかったようだな」
そして、ナハトが言葉とともに数歩離れ……次の瞬間、ウォルサムは白目をむき、大木が倒れるような大きな音とともに、地面に倒れ伏した。
「ウォール・サム隊長!?」
部下たちが慌てて駆け寄るが、ウォルサムはすっかり白目をむいて気絶してしまっていた。
「隊長、しっかり! ……貴様ぁ! 隊長に、なにをした!?」
部下の一人が睨みつけながら問うと、ナハトは両手を頭の後ろに当てながら素知らぬ顔で答えた。
「さあな。腹でも壊したんじゃねえのか?」
「なにを、ふざけおって……! ええい、隊長に代わり、我らが捕らえてくれる!」
言いつつ、ウォルサムの部下たち全員が
それを見たナハトが再び構えを取り、ニヤリと笑いながら言った。
「なんだ、まだやるのか? いいぜ、やろうってんなら何人でも相手してやる。どっからでも……」
「そこまでだ!」
だがそこでどこからともなく制止する声がかかり、続いて何者かがふわりとその場に着地した。
銀色の髪をした、気難しそうな顔の少女。
それは、学長室の窓から飛び降りたエレミアであった。
「やめろ、風紀委員。その者は、おそらく本物の転入生だ。この場は、私が預かる」
「がっ、学園長……!?」
魔具を構えていた風紀委員たちが、その姿を見て怯んだ声を上げる。
その彼らに、ウォルサムを指差しながらエレミアが命令を下した。
「学園長ではない。学園長代理だ。彼と一緒に下がっていろ」
そしてエレミアはナハトの方を向き直ると、呆れた調子で言う。
「随分と派手な初登校だな、転入生。どうやら貴様は問題児のようだ」
「よく言うぜ。俺がどう出るか、文字通り高みの見物してやがったくせに」
その棘のある言葉に、ナハトが平然と言い返す。
エレミアが上の窓から様子をうかがっていたことに気づいていたのである。
エレミアはしばらく無言でナハトの顔を見つめていたが、やがてすっと手を差し出した。
「貴様が本物か確認する。紹介状を出せ」
その言葉に応じ、ナハトはズボンのポケットに手を突っ込んで、折りたたまれた手紙を取り出して手渡した。
「ほら、ジジイからの手紙だ。あの野郎が入学日を忘れてたせいで遅くなっちまった」
エレミアがそれを受け取り、面白くもなさそうに広げ、その内容を確認しだす。
だが読み進めるうちにその端整な顔は段々と歪んでいき、やがてわなわなと手紙を持つ手に力が入り、そしてついにはばっと目を背け読むのをやめてしまった。
「……あいも変わらずだな、あの人は……! ……ナハト、とやら。貴様が本当に転入生であることはわかった。いいだろう、本意ではないが我が校への入学を許可する」
「ふうん、話がはええな。俺が赤毛だからって、さっきの奴らみたいに門前払いされるかと思ったぜ」
「我が校の理念は、大陸中の才能ある者を集め、人類種のために正しく教育すること……魔力のあるなしは関係ない。貴様に能力があるのなら、歓迎するしかあるまい」
そしてエレミアが右手を頬に当てながら、ナハトを値踏みするような目で続けた。
「だが……貴様、本当に何をしに来た? 探訪者になる、本当にただそのためだけに来たのか?」
「ああ、それなんだが……」
その時、校舎の昇降口からシャーロットが飛び出してきた。
「あっ、ずるい、学園長代理! 私には階段を使うように言ったのに!」
決着を確認した後、シャーロットは階段を使って転入生の元に行くよう言われたのだ。
だというのに、そう言ったエレミア本人は窓から飛び降りたらしい。そのことにシャーロットは苦情を言おうとしたが、その目の前で、ナハトが静かに告げた。
「──この学園に、あるんだろ。〝七つの魔剣〟が。そいつを、全部いただきにきた」
「っ……!」
ナハトの言葉に、シャーロットが息を呑む。
そして、エレミアやシャーロット、野次馬の生徒や風紀委員たちが見守る中、ナハトがゆっくりと天を指差しながら、笑みとともに宣言した。
「魔剣を全部手に入れて、俺はこの学園を統一する。そのためなら、誰とでも勝負するぜ……やりたいやつは、いつでもかかってきな」
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