第46話 オービニエ外務大臣から漂うかおり草の濃厚なにおいと国王命令

 今現在、王宮のみならず、お城の建物内全体に、かおり草の解毒草を焚きしめている。解毒作用もさることながら、においもかき消してくれているのだ。

 当然、オービニエ外務大臣の執務室も例外ではない。

 この建物内から、かおり草のにおいがするはずが無いのだ。


 なのにオービニエ外務大臣からは、以前と変わらず……いいえ、以前より濃厚にかおり草のにおいが漂ってきた。

 横にいるアルベールは、無反応。まぁ、最初からにおいを感じていないのだから仕方が無い。

 オービニエ外務大臣は、気付いているのか、又は気付かず仕込まれてしまっているのか……。


「あの」

 私は我慢出来ずに、オービニエ外務大臣に声を掛けてしまった。

 礼を執って通り過ぎるのを待っていた彼は、怪訝そうな顔を上げる。

 横にいるアルベールが警戒を強めたのが分かった。


「なんでございましょう。セシリア様」

「以前、わたくしが貴方の執務室に書類を取りに行ったときに、室内にいた少年とは、まだ会っているの?」

「はて? 何の事でございましょう」

 表情が読めない。にこやかに返してはくれているが……。


「いえ。少年の着ていたものが、ピクトリアン王国の衣装に似ていた気がして。会っていないのなら仕方がありませんわね。ごめんなさい、忙しいのに」

「いえ。かまいませんよ。何かございましたら、いつでもお声かけ下さい」

 お互い、にこやかに会話をする。私は、礼を執りなおすオービニエ外務大臣の横を通り過ぎて行った。


「セシリア様?」

 アルベールは、私の真意を測りかねているようだった。実際、今の会話自体には意味がない。

「何? あの少年は一度陛下と共に見かけたの。だから、訊いてみただけだわ」

 私は廊下に控えている近衛騎士たちにも聞こえるように言った。変な噂が立たないように。


 この前のピクトリアン王国での取り決めは、国内で周知の事実として広まっている。

 外交の内容は、全て公文書として記録が残るからなのだけれども。

 その効果もあって、私が裏からこの城内に侵入するための手引きをしているという噂は無くなった。


 だけど、この解毒が進んでいる王宮内で、濃厚なにおいを漂わせているなんてね。

 オービニエ外務大臣には、何のメリットも無いだろうに。クリストフから何か言い含められているのかしら……。


 それとも……、私に気付かせるため? なのかしら。



「オービニエ外務大臣から、かおり草のにおいが濃厚にしていました。まだ、クリストフと会っているのか訊いたのですが、当然のように会っていないとの返事が来ました。考えられるのは……」

 私は、フレデリックの執務室に着いてから書類を置くなり報告を始めた。

「ちょっと待て。セシリア。俺はオービニエと接触することを禁じていなかったか?」

 フレデリックが焦ったように私に言って、私の後ろに控えていたアルベールをにらみつける。


「アルベールは、ちゃんと廊下で自分の反対側にわたくしを移動させて庇ってくれました。わたくしが勝手に話しかけたのです。アルベールの所為ではありません」

 フレデリックの怒りがアルベールに向かいそうだったので、私は慌ててそう言った。

 その様子を見て、フレデリックが溜息を吐く。


「それで?」

 フレデリックが真面目な顔で、報告の先を促して来た。

「はい。考えられるのは二つです。一つは、まだ大臣になんらかのメリットがあって、かおり草を持ち運んでいる。もう一つは、大臣は知らずに、クリストフがわたくしに気付かせるためでは無いかと……」


「後者だろうな。オービニエは国王おれの怖さを良く知っている。今の時点で自分から、かおり草のにおいがしていたなら、確実に一族郎党、断頭台行になることくらいわかるであろう」

 さて、どうしたものかな、とフレデリックが呟くのが聞こえた。

「そなたは、どうしても俺の言う事が聞けないようだが」

 今のつぶやきは私の事に対して?


「アルベール。執務室とその周辺の人払いを頼む。そのまま、そなたも通常業務に戻ってくれ」

「かしこまりました」

 アルベールは、臣下の礼を執り。そのまま退出していった。

 そしてしばらくしたら、完全に部屋の周辺から人の気配が無くなっていた。

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