第30話 朝からそんな顔するもんじゃない

 オービニエ外務大臣から見送られて、私達は廊下を歩いていたのだけど。

「セシリア様。失礼ですが、抱き上げてもよろしいでしょうか?」

「へ?」

 廊下を曲がって、オービニエ外務大臣が見えなくなった途端、アルベールに書類ごと抱っこされ、ものすごい勢いで移動させられていた。

 私が歩く速度の三倍速?


 フレデリックの執務室が見えるか見えないかのところで降ろされた。

 アルベールは定位置に戻り私の少し後ろから付いて来ている。そのすぐ後ろから

「先ほど見たまま、陛下にご報告ください。他の者に聞こえぬ様に」

 そう言ってきた。


「陛下。書類をお持ち致しました」

 私は持っていた書類を机の上に置き、フレデリックに抱き着いた。

 そして、今この目で見たままの光景を報告する。

 私が離れた後、フレデリックはクライヴに何か指示を与えているようだった。




 その日は、夜遅くなってもフレデリックはやって来なかった。

 もう、今日の訪問は無いと思って、諦めてベッドに入る。


 それにしても、今日のあの服装はどこで見たのだろう。見たことが無いから、この国に来る前の事だと思うけど。

 私の母国、グルダナでもあのような服装はいないと思う。


 上等な絹のように見えた。あれは……何だっけ。

 記憶の奥底に引っかかっているのに出て来ない。本当に、何なんだろう……。




 朝、起きたらフレデリックの顔が目の前にあった。日常になってしまった光景、私はもう叫んだりしない。

 目の前で眠っている、フレデリックの髪にサラッと手を入れる。

 疲れているんだろうな、こんな事をしても起きないや。

 そう思って頭を撫でていると、優しく手を掴まれた。

 そのまま口元に手を持っていかれる。まだフレデリックの目は閉じたままだ。指先に口付けられ、そのまま口に含まれなめられているのが分かる。

 思わず、ビクッとなってしまった。あの日、抵抗しないと決めたのに。

 やっぱり怖い。


「フレデリック」

 助けを求めるように名前を呼ぶと、ん? という感じで目を開けた。

 フレデリックは、自分のしていることに気付くと慌てて私の手を自分の服で拭いていた。

「す……すまない」

 そう言いつつ、私の手はまだ離してくれない。


「昨日、せっかくそなたがくれた情報を無駄にしてしまってな。あの短時間で、どうやって城を抜け出たのか、そもそもどうやって入り込んだのかすら分からぬ。いくら内部からの手引きがあっても、誰の目にも触れず城の中……王宮まで入り込むのは不可能だ」

 そうよね、誰も居ない廊下でも近衛騎士が立っているのだから。

「わたくしが外務大臣に直接訊ねたら良かったですね」

 そう言ったら、フレデリックが慌てた。


「それはやめてくれ。危なすぎる。昨日なぜアルベールがその場で反応せず、そなたと戻って来たと思っているのだ」

「ですが……」

「本来、そなたを巻き込むことでは無い事に、巻き込んでしまっているのだ。これ以上危ないマネはさせたくない」

「フレデリック?」

「今の時期なら……そうだな。肌の手入れを行いつつ、婚礼のドレス選びに始まって、小物や花束を選び、儀式の段取りを頭に入れている頃かな。まぁ、そんな感じでのんびりと過ごしているはずなのだ」

 何? それ。


「つまらなそうです。そんなの……」

「だよな。そうだよな。そう言うとは思っていた。だけど、俺の目の届かないところで、危険なマネはしないでくれ」

 む~っとしてたら、触れるだけのキスをしてきた。


「朝からあまり可愛い顔をしていると、また、怖い目見るからな」

 そうしてフレデリックは、ベッドから降りると寝室から出て行こうとする。

「あっ……どちらへ?」

「まだ早いからな。自分の部屋で二度寝して来る」

 そのセリフに私は不安げな顔をしたのだと思う。


「ここで寝入ってしまって、またクライヴに叱られたくないからな」

 フレデリックはそう言って、ウインクをして出て行ってしまった。

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