(完結)皇帝に愛されすぎて殺されましたが、もう二度と殺されません

青空一夏

第1話 プロローグ


はじめのご注意点


この世界の王の妃は正室の皇后が一人、側室として貴妃二人が最高位で、妃四人、嬪六人、以下その他の愛妾とする。この時代の皇帝を玄燁とする。(モデルは清の玄燁ですが、史実に則って書いてはおりません。あくまでフィクションであり、ゆるい筆者独自の妄想の設定となっておりますのでご了承くださいませ。)


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プロローグ



この国の皇帝は玄燁といい、夫婦仲が大層よかった。玄燁は、正妻である隣国の王女であった皇后をこよなく愛していた。ところが、皇后が病に倒れ急死する。玄燁は悲しみのあまり、政務はこなすものの、食事も細くなり側室たちの誰一人として呼ぶこともなくなった。玄燁にはまだ一人も子供がなく、臣下たちは困り果てていた。


「このままだと、お世継ぎはおろか、皇帝のお命も危ういのでは?今日も食事をほとんどお残しになられたとか」


「うむ。早急になくなった皇后様に似た女を捜すのだ。国じゅう、隈無く捜せ!」


お役人達は、必死で皇后様の似顔絵を手にしながら探し回った。すると、やっと一人よく似た女性が見つかった。皇后様より少しだけ年若い木こりの娘だった。それが、スズラン(16歳)である。


スズランは、お役人から無理矢理に後宮に連れてこられた。ただ、皇后様に似ているというだけで。



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私はスズランという。森の奥深くに住んでいた木こりの娘だ。ある日、わらわらとたくさんのお役人が森にやってきた。私が川で洗濯をしていると、無理矢理に抱え込み肩に担がれそのまま馬に乗せられた。何日も馬に揺られて行くうちに、道中の泊まり宿も、与えられる食事も、着せられる服もどんどん豪華になっていった。


「私をどこに連れていくのですか?私は殺されるのでしょうか?」


「まさか、そんなわけがないでしょう。あなたは大事なお方です。殺すなどありえません。少しのケガでもなさってはいけない方です」


一番豪華な服を着たお役人が私に腰をかがめた。私はびっくりして、どうしたらいいのかわからない。いつのまにかお姫様のように扱われるのだけれど、木こりの娘になんの用があるのだろう?誰にきいても答えは同じだ。


「もうすぐ着きますれば、そのときに宰相様からお話がありましょう」


ー宰相様?そんなお偉い方がなんの用で私に会おうというのだろう?





私は、今とても美しい薄いすべらかな布を幾重にもまとわされている。その布は濃い蒼から次第に淡い水色になっていた。腰のあたりで紐を結ぶようになっていて、重ねた部分の裾が歩くと濃淡の彩りを綺麗にちらつかせる。黒いまっすぐな髪は複雑に高い位置に結われて髪飾りがつけられた。綺麗にお化粧も施されると、輿が私を迎えに来た。


「スズラン様。これから宮廷に向かいますので、どうぞこの輿にお乗りになってくださいませ」


「輿に?私が?自分で歩けますから大丈夫です。え?ちょっと、待って?」


歩こうとすると、お役人たちも着るのを手伝ってくれた女性たちもあわてて止めてきた。無理矢理、輿に押し込まれると快適なぶん居心地が悪く感じられた。輿に乗れるのは身分の高い人だけだ。私のような平民は一生乗ることもなく生涯を終える。だから、ふかふかのクッションが置かれた贅を尽くした輿はどうにも落ち着かない気分にさせられた。





輿が止まり、私は丁重に手をとられ、外に出た。そこは、見たこともない荘厳な巨大な建物だった。


「まずは、宰相様がお待ちのお部屋へご案内いたします」


新たにやって来たお役人は私の姿を見て驚愕していた。


「こ、これは、まさに皇后様に生き写し‥‥」


私が宮廷を歩いていくなか、何人ものお役人が私に驚愕の眼差しを向けていた。私がなにかしたかしら?恐ろしくてたまらない。





宰相様がいる部屋は重厚な家具で満たされていて、とても広かった。大きなデスクの前には口ひげを生やした小男と応接用の椅子には3人の屈強な大男が座っていた。小柄な男が驚きの声をあげて私に近づいた。


「なんと!素晴らしい!まさに皇后様が生き返ったかのようだ!これなら、皇帝もきっと‥」


「ほぉー。これほどまでに似ている人間がこの世にいるとはなぁー」


口々に嬉しそうに言うのだが、私は逃げ出すにはどうすればいいかしか考えていなかった。


「私はこの国の宰相でハオユーと言います。スズラン様は皇后様にそっくりですから、皇帝を慰めていただきたい。皇帝は皇后様を溺愛されていたので、今ではすっかり元気をなくしてしまった」


「私は、この国の大将軍のチェンという。私は先だって、愛娘を亡くして‥‥ぜひ私の養女に‥」


「私はヤンだ。私はこの国の将軍で西方を主に守っている‥‥」


いろいろな情報が処理しきれずに気絶した私は、優美な家具が整った天蓋付きのふかふかのベッドに寝ていた。気がつくと女性が数人側にいて慌てふためき、宰相を呼びに行く。





「‥‥ということですので、スズラン様には有力な貴族の養女になっていただかないと後宮入りできないのです。後宮では身分によって部屋も違いますし、そもそも貴族の娘でないとその他の愛妾ということになり、個別のお部屋すら与えられません」



「私は木こりの娘です。個別のお部屋など私にはもったいないと思います。どうせ、私はその皇后様の代わりにお慰めして、皇帝様がお元気になられたら、帰してもらえるのでしょう?」


私は、ただひたすらここから逃げたかったのだ。ここで、どうやって生きるかというよりも、ただ、逃げたかった。

高位貴族の養女になったら、ここからは一生逃げられないに違いない。私が素直に首を縦に振らないので宰相は呆れかえった。


「そうですか。それでも木こりの娘では体裁が悪すぎますので下級の役人の娘にでもしておきましょう。子だくさんの下級役人が一人思いつきました。その者なら明日にでも書類にサインができましょう。本当にそれでよろしいのですね?」


「もちろんです」


個別の部屋が与えられないのは、かえって好都合かもしれない。数に紛れて隙を見て逃げ出せるかもしれない。私はそんなことを考えついて、笑みさえ浮かべながら頷いたのだった。



それから、宰相のことも大将軍と3人の将軍のこともすっかり忘れていたし、これ以降関わることはなかった。最期の瞬間のときまでは‥‥



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宮廷‥王の住居で、政務を行う場所でもある。役人や将軍職などの貴族達が出入りする政治の中枢になる場所。


後宮‥王の妻達が住む場所。皇后、皇妃、妃、嬪、その他の愛妾が住んでいる。嬪以上に個室が与えられる。


女官‥宮廷と後宮の両方に所属し、連絡係や情報操作なども行う妃以上の位につく高度な教育をうけた優秀な役人。


侍女‥基本的な教育をうけた低い身分の貴族の娘がなる。嬪以上につく。


下女‥読み書きができない平民出身の者がなる。掃除や洗濯や雑用係。


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私は下級役人の養女になったので、当然大部屋に押し込まれた。といっても、広くて清潔だったから特に不満はなかった。かえって、天蓋付きのふかふかのベッドでなくて布団だったので落ち着いたぐらいだった。


「新入りのスズランさんです。みなさま、仲よくするように」


女官の女性はその一言だけを言って、さっさと宮廷に戻っていった。愛妾の身分では女官の方がずっと上なようだった。


「側室様と愛妾のあたしらとは、天と地ほどの違いがあるのよ?服も食べ物も違えば、あちらは個室に専属の侍女と下女が何人もつくのよ。あたしらには、下女が一人だけってかんじ」


なかよくなったスミレは、屈託なく笑いながら米を頬張った。おかずは野菜の煮物だけで、スープがつくぐらい。それでも、米をお腹いっぱい食べられるのは平民には嬉しいことなのだ。私の以前の生活だって、米は手に入らず芋やかぼちゃを食べていたのだから。


「あたしもここに強制的に連れてこられたんだよ?ここにいる20人はみんなそう。町や村で少し綺麗だと評判になってここに連れて来られるんだよ。昔は一生、ここからでることはできなかったんだって。でも今の皇帝様は、2年お声がかからなかった愛妾は故郷に帰してくれるんだ。それも、あたしらにしてみたら大金をもたせてくれて。だから、あんたも辛抱だよ。まぁ、ここでのあたしらの仕事は踊りと楽器を弾いて皇帝様を楽しませることぐらいだからそんなに辛くないはずだよ」


ー踊り?楽器?どっちも苦手だ‥‥まだ下女の仕事の洗濯や掃除の方がマシだわ。


踊りも楽器もしたことがないからきっと上手になどできない。しかし、そんな心配は全くなかった。すぐに皇帝からお呼びがかかったからだ。お声がかかった愛妾は無理に踊らされたりすることはないらしい。愛妾が呼ばれるのは初めてだったらしく、周りがどよめいて不満の声も聞こえた。


「いきなり、新入りなのに?」


「ありえない?」


「どこで見初められたのかしら?」


嫉妬の声と冷たい視線が私に容赦なく突き刺さった。下女が一人だけの私はその下女とともに皇帝が待つ部屋まで行くのだが、その通路は狭くて仄暗いのだ。ろうそくの明かりだけで行く私は何度も躓きそうになった。それでも、やっとその部屋に着くと、中から扉が開かれて驚くほど美しい男性が目を輝かせて立っていた。


「こ、皇后?生きていたのか?やはり、死んではいなかったのだな?」


号泣しながら抱きついてくるこの綺麗な男性が玄燁様のなのだろうか?皇帝といえば、髭を生やした老人と思っていた私は、20歳前後と思われる若い皇帝に驚いていた。私はその方に優しく抱かれてやがて、子供を身ごもるのだった。




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玄燁の側室は5人いた。皇妃の牡丹、妃のアネモネ、嬪のアザレア、イベリス、エリカだ。週に一度は側室を集めて皇妃主催のお茶会が開かれた。皇妃の定員は2名だが今は牡丹しかおらず皇后様もいないので、実質的な後宮の長は牡丹ということになる。


「毎日、愛妾をお呼びになっているそうですわ」


「卑しい者が毎日、皇帝に触れるなどおぞましいったら」


「あの通路に汚物をまいてやりましょう」


嬪の3人が薄く狡猾な笑みを浮かべると、牡丹がきつい声で止めにはいった。


「どんな女子おなごか会ってみたいのぅ。亡くなった皇后様に生き写しと聞いた。私が許可するまでなにもしてはならん!」




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私は皇妃様にお茶に呼ばれた。皇妃様のお名前は牡丹様といって、大将様のご息女だと聞いた。大将軍、将軍、大将、中将、少将となり、さらにその下にも連なる様々な役職がある。大将は、軍の指導者の上層部の高位貴族なのだ。牡丹様は美しいというよりは威厳に満ちて怖いかんじの方だった。


「そなたが、スズランか?まことに似ておるわ、あの皇后に。で、なにが得意か?歌か?踊りか?楽器か?そうそう面白い書物があってな。そなたも見るか?」


「あ、私、字は読めません。木こりの娘なので。歌も、踊りも、楽器もしたことはないです。なにも、できないのです」


私は、牡丹様の皇帝のような言葉遣いに驚いてしどろもどろになった。妃以上の身分の者は威厳を保つために、そんな言葉遣いをするのは後から聞いた。ただ、亡くなった皇后様は誰にでも優しく普通の口調でお話になった方らしいが。私は呆れるような侮蔑の眼差しで、上から下まで見つめられた。


「ふん。なんとも気弱で怠け者の女子だ!これでは、話にもならん。光り輝く美貌の皇后様にこそ似ているが、中身はなんの教養もない愚か者ではないか。ここは、そんな心根では到底生き延びられぬ。もう私とそなたは会うこともない。」


「す、すみません」


私を、犬や猫のように手をヒラヒラさせて『しっ、しっ!』と追いやった。木こりの娘の私が字を読めないのは当然なのに‥‥だから、こんなところにいるのは嫌なんだ。どうにか逃げることはできないかな?





皇帝の夜伽は毎日のように続き、夜伽の部屋までの通路に画鋲や汚物がまかれるようになった。ぬるっとする油のようなのもがこぼれていることもあって、私は滑って何度も転んだ。お腹の中に芽生えた命も知らずに‥‥


「スズラン、下着から血が漏れていない?」


「え?あぁ、そういえば月のモノも最近ないから、やっときたのかな?‥‥」


侍女もつかない私は、そんな知識もわからない。体調管理やそんなものは愛妾には行き届いていなかった。その後、急な激痛に襲われ気を失った。


「流産ですね」


愛妾専属の女医様は淡々とした口調で私の診察を終えた。女官もあわてて大部屋にやって来て女医様となにやら話をしている。


「このことは、決して皇帝に言ってはなりません!スズランさんが死刑になりますからね!大事な皇帝の子供を転んだぐらいで流産させるなど、愚かな罪人として釜ゆでの刑になるかもしれません。私達も口外しませんから。約束してあげます。感謝しなさい!」


大部屋にいる他の愛妾たちが、クスクスと笑う声がした。


「いい気味よ!毎晩、皇帝様に抱かれてさぁーあの子ったら楽器のひとつも弾けないじゃない?」


「顔だけ取り柄の子よねぇー。聞いたわよ。亡くなった皇后様に生き写しだとか。でもねぇー見た目だけ似ててもね」


「一度、流産すると癖になるって聞いたわ。スズランはもう、出産できないわよ、この先もずっと」


「「「あっはははは」」」



私は、その聞こえよがしの中傷をただ黙って受け止めていた。スミレは心配して泣いてくれた。


「これは、おかしいわ!流産したのは転んだからでしょう?転ぶように仕組んだ者はお咎めがなくて、なぜスズランが罪人扱いになるのかしら?」


スミレは、正義感の強い勇気のある子だった。その日以来、スミレがいなくなり、数日後に後宮のもう使っていない井戸の底から遺体が発見された。なんの捜査もされず、事故死でかたずけられた。事故死なわけがない!あんな井戸まで行かなくても手前に井戸は三箇所もあるのだから。友人はスミレだけだったから、私にはもう話をするのは下女だけになった。下女はなんでも私の話を聞いてくれた。私は何度も何度もその下女に愚痴を吐いた。


「こんなところにいたくない。ここから逃げたい!」






逃げられずに、皇帝に飽きられもせず呼ばれていると、また懐妊したようだった。今回は私も月のモノを数えていたから皇帝に直接、申し上げた。


「おめでとうございます!ご懐妊でございます」


皇帝のお医者様が5人も来て、代わる代わる診察されてお付きのもたちが喜びの言葉を口々にする。


「「「「おめでたい!やっと!」」」」

「「「万歳!!!万歳!!!!」」」


私は、祝福をうけて、大部屋から嬪様達の隣の部屋を与えられ同じく嬪の位を賜った。無事に、男子を産めば妃の位になれると言われたが、全く恐れ多いことなので黙っていた。皇帝は、日に三度も毎日訪れて、私のお腹を撫でて微笑むのだった。


「私は、この子が男でも女でもどちらでも嬉しい!私とそなたの子だ。全力で可愛がろう」


私はこの時でさえ、まだ逃げ出したい気持ちでいた。皇帝の子を産むことが恐ろしくて‥‥





「おぎゃー。おぎゃー。」


響き渡る赤子の声と、男子の誕生を知らせる鐘の音が鳴り響く。


「「「「男子だ!」」」」  「「「お世継ぎか?」」」


卑しい身分の愛妾が男子を出産したのだ。初めての皇帝の子供を!!貴族達はどよめいた。


「この子は、私の跡継ぎにしよう!!私が最も愛する嬪が産んだ子なのだから」


その皇帝の言葉に肯く者はあまりに少なかった。子供はズーハオと名付けられた。子供を産んだ私には侍女がつけられ下女も増えたが打ち解けることはなかった。前からいた下女でさえ、以前のような親しさは見せない。その代わり皇帝が私の部屋に頻繁にいるようになり、その非難はすべて私に集まった。


「「「傾国の美女とはスズラン様のような方を言うのでしょう?皇帝の愛を独占するだけではなく政務に悪影響を及ぼすとは!」」」」


「「「「卑しい者が嬪の位を賜り、いい気になっているのです。なんとかしないとこの国が滅ぶ」」」」


けれど、そこまで言うほどには皇帝は政務を疎かにはしていない。私の部屋にいても、仕事の指示は出していたし、書状を書いたり、印を押したり、するべきことはしていた。ただ、それが卑しい身分の私が産んだズーハオを抱きながらしていたことが良くなかった。愛妾出身の嬪の部屋であることが、貴族たちの反感をかっただけだった。





ズーハオに母乳をあげて、すやすやと眠った我が子を侍女が宝物を扱うようにベッドにそっと置いた。春の陽がうららかな心地良い日だった。


「スズラン嬪様。とても珍しいお花が咲いております。一緒にご覧になりませんか?」


前から仕えていた下女が珍しく親しげに話しかけてくるので、つい嬉しくなって肯いた。やけに遠くまで歩くし花など見当たらないな、と思っていると下女がいきなり小刀をとりだした。護身用の皇帝から贈られた私の小刀だった。下女はそれで、自分の腕を切り裂くと悲鳴をあげた。


「きゃぁーー。なにをなさいます!!スズラン嬪様が逃亡しようとしています!!誰か助けてぇーー」


大声でわめいて、血を流して騒ぐ下女に、いやに頃合いを見計らったかのように現れた後宮の護衛たち。私が引っ立てられて部屋に戻るとズーハオが血を吐きながら事切れた瞬間だった。


「ズーハオ?な、なんで?いやぁー、いやぁー。目を覚まして?目を開けて?お願い!お願い!」


「白々しい!スズラン嬪様がこのミルクを飲ますようにと指示されたものには猛毒がはいっておりました。逃げる前に我が子を毒殺しようとしたのです」


「「「鬼だ!悪女だ!大罪人だ!!」」」


私の侍女の全てが証人となり、その見たこともないミルクは私が作ったことにされた。下女の証言は一番の決め手になった。


「スズラン嬪様は嬪様になる以前から、ここから逃げたいとずっと仰っておりました。ここにはいたくないから機会を見つけたら逃げると。女官様にいつも提出している業務日誌を見ていただければわかります」


下女はにやりと笑った。字も書けない、読めないのではなかったの?この下女の正体って?私は、完璧に嵌められたのだ。皇帝が来て、悲しげな目で私を見つめた。


「許せ‥‥こうなってしまってはお前を救えない‥‥」


皇帝の小さなつぶやきを聞きながら、私は今更、気がついた!!


ー私がなにもしなかったから、こうなったんだ。努力もせず逃げることばかり考えていた。泣いて思い悩むだけで、ここで生きる覚悟を少しもしていなかった。我が子すら守れず自らも策力にハマった。自分で力をもとうとしないことは罪だ!私は、そういう意味では大罪人だ!!そして、この皇帝の愛を真実のものにしようと努力もしなかった。ただ、皇后様の仕草の真似をしていた。皇帝はスズランはスズランとして愛していると最近では言ってくださっていたのにだ。






裁判らしきものが行われたが、証人と名乗るものが多すぎて覆すことはできなかった。誰も庇ってはくれない。



「釜ゆでの刑に処す!!」



大貴族である裁判官たちは、なんと宰相様の執務室で会った大将軍様と将軍様達だった。大将軍様はその後に小さな、小さな声で『残念だ‥』と、おっしゃったような気がした。


大罪人にされる最も重い刑、釜ゆで。氷水から放り込まれた大釜に生きながらにして下の炎で茹でられる残酷な刑。私は冷たい水の中に投げ込まれた。ものすごい勢いで火をたかれ熱くて痛い!痛い!!あれ以来はじめて見た大将軍や将軍の3人が悲しげに顔を歪ませていた。


ー悲しんでくれるの?なぜ?痛い‥‥痛い‥‥助けて‥‥





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