Ⅶ ヤケ酒(2)
それから一時間ばかり……ストーカーは浴びるように酒を飲み続けた。
「――ヒック……おい、おやじ~酒がなくなったぞ~。もっと持ってこい!ヒック…」
ストーカーは空になったワインの瓶をぶらぶらと揺り、座った目で店主に催促をする。
カウンター席に座る彼の背後では、酔いつぶれた幾人かの常連客達が飲み散らかされたテーブル席でうつ伏せになって眠っている。
彼らもストーカーの奢りで、だいぶ酒を楽しんだようである。
「おい、ヴァンパイア・ハンター野郎、いくらなんでも飲み過ぎだぜえ?」
同じようにストーカーの右どなりのカウンター席で顔を真っ赤にしている常連客の一人が、それでも少し心配になって彼を諭した。
「そうだぞ。こちらのお客さんの言う通りだ。そんなに飲むと身体に毒だぞ?」
「そうよ。そのくらいにしておおきよ」
カウンターの向こう側でコップを磨いていた店主や、フロアで寝込んだ客の間を縫って片付けをしていたカミーラもその意見に賛同する。
「ハン! 何がヴァンパイア・ハンターだ! ヴァンパイア・ハンター界期待の星だった、このクリストファー・ヴァン・ストーカー様も、本日を持ってこの仕事を廃業とさせていただくんだよ~…ヒック…」
「んん? どうした? この前は〝俺様にかかれば、この世に倒せないヴァンパイアはいねえぜ〟とかなんとかほざいてたくせに……あ、わかったぞ。伯爵のこと調べて、ようやく伯爵がヴァンパイアなんかじゃないってわかったんだろ?」
ぐだぐだに酔って、そんなボヤキを言い始める若きヴァンパイ・アハンターに、農夫らしきその常連客はそのように推察して再度、尋ねる。
「ああ。
するとストーカーは不意に暗い表情を作って、俯き加減にそう答えた。
「そうだろ? だから、最初から俺達がそう言ってたじゃないか」
となりの農夫はその返事に、わかったような顔をして満足げにストーカーの肩を叩くが、彼はその言葉の真意を理解してはいない。
「ヒック…俺ぁなあ、昔話に聞いたヴァンパイア・ハンターの活躍に憧れて、自分も大きくなったら、絶対、ヴァンパイア・ハンターになってやろうと決めてたんだ。そんで、ガキの頃から厳しい訓練にもへこたれずに励み、一人前になったあかつきには、立派な事務所をロンドンの一等地にでも構えようとこうして必死に金も貯めてきた……だが、それもこれで、すべて水の泡だ……な~にが、ヴァンパイアはニンニクに弱いだ! 俺よりも大好きじゃねえか! ……うっぷ…」
ヴァンパイアがまさしく
「もう、ヴァンパイア・ハンターなんかやめだあ! 俺ぁ、本日を持って転職するぞ~!おい、おやじ! 今夜はその祝いだ。この用無しになった金で、今夜はパーと飲み明かしてやる! 酒だ。もっと酒を持てえ!」
そして、やけになってさらに酒を店主に催促する。
「ハア…やだねえ、酔っぱらいは……」
そんな酔っぱらいを店主は迷惑そうな顔で見つめた。
「そうか。そうか。おめえもやっとわかったか。ま、ヴァンパイア・ハンターなんて、科学文明の夜明けだっていう今のご時世、時代遅れなんだよ。俺に言わせりゃヴァンパイアなんてのはなあ、ありゃ~昔の人間が子供を
一方、同じく酔っぱらいの農夫は、ストーカーの心情を理解しないままに気を良くして嘯いた。
「いいや。そんなことはないぞ。若いもんにはわからんかもしれんがな。ヴァンパイアは本当におるんじゃ」
すると、別の方向からそんな声が不意に聞こえてくる。
「んん?」
その声に、アルコールでとろんと蕩けた顔のストーカーが振り向いてみると、背後から、やはり農夫らしき格好をした年老いた男が近づいて来て、彼の左どなりの席に腰掛けた。
「あ、なんだ爺さん、まだいたのか? 年寄りがあんまし夜更かしすると、その内お迎えが来ちまうぜ」
その老人をストーカーの肩越しに眺め、酔いどれ農夫は赤ら顔で生意気なことを言う。
「うるさい! 若造が知ったような口をきくな! 若い時から苦労しとるわしらは、弛んだお前らひよっ子よりよっぽど丈夫にできておるわい!」
「うひっ!」
だが、老人の口から雷のような怒号が発せられると、農夫は首をすくめて黙ってしまう。
かなりの歳のわりに足腰のしっかりとした、気骨のある老人である。もしかしたら、ここらの村の長老なのかもしれない。
「ほう……爺さん、あんた、ヴァンパイアを見たことあんのかい?」
となりに座った老人に、酔いで瞼を重たくしたストーカーは半開きの瞳で問いかける。
「いや。わしは実際に見たことはないがな。昔はヴァンパイアに人や家畜が襲われる事件がしょっちゅうあったもんじゃよ。おまえさんのようなヴァンパイア・ハンターもちょくちょく見かけたもんじゃ」
その質問に、老人は血色のよくなった顔で、自分の席から持ってきたジョッキを傾けながら答えた。
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