第12話 探索ミッション -また初心者狩りに絡まれるの巻
「探索ミッション?」
「うん。僕らってこのゲームで戦闘ばっかりやってただろ?たまには広大なフィールドを探索してみてもいいんじゃないかな、って」
「言われてみれば俺達はずっとバトルかカフェで食事くらいしかしてないな……。あ、お前は昨日色々と街中の探索はしたんだったか?」
「うん、楽しかったよ」
本日の大学終了後にANOにログインしたナギサとシューマは、ターミナルのロビーでそんなことを話していた。
彼らがドウルと共に挑んだミッションはどれもモンスターを討伐するものばかりで、アイテムの入手を目的としたミッションには一切触れていない。
「そうだな。その探索ミッションとやらを受けてみるか」
「ああ、行こう。……ん?…………?」
ふと、誰かからの視線を感じてナギサが振り返る。
後ろにはロビーの空間が広がり、行きかう人々が何人かいるくらいで特に異常は無い。
「どうした、何かあったか?」
「いや、誰かに見られてた気がしたんだけど……。気のせいか」
「気のせいだろ。俺ならともかくお前なんかを気にする人間なんて…………いや、いなくもないか。お前、どっちかといえば女っぽい顔してるもんな」
「えっ、やめろよ。怖いこと言うなよ」
ただでさえ最近セーラー服が似合うらしいことに気付いて自分の秘められた才能に恐怖しているんだぞ……と言おうとしたが、そんなことを言えば目の前のクズは一生それを弄ってきそうなので、慌てて口から出かかった言葉を飲み込む。
「冗談だ、行くぞ」
ナギサとシューマはターミナルのミッションカウンターと呼ばれる場所へ向かった。その名の通り、様々な種類のミッションを受注することが出来る場所である。
カウンターの椅子にはいかにも“受付です”といった姿の男女のドウルが数人座っており、それぞれがプレイヤーの応対をしていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのミッションをご希望ですか?」
栗色の髪をした受付の女性がナギサとシューマに声をかける。
「えーっと、そうですね……。じゃあ、これで」
ナギサが指定したミッションはランクF帯におススメとされている探索ミッション「日光菜の花を採ってきて!」である。
森林ステージで日光菜の花と呼ばれている花を摘んでくるだけでいいというミッション。
報酬はその花と30コインのみというあまり旨味の無い内容だったが、別に大量の報酬を期待しているわけではないので構わない。
花の場所はマップにマーキングされているため、指示された通りに歩いていけば問題無いという、かなり簡単なものだった。
「それではミッション開始です。いってらっしゃいませ」
受付嬢がそう言うと2人の身体が光に包まれ、ミッションの舞台へと転送された。
「あれ、見ました?」
「見ましたよ。見ましたとも。完全な初心者のようですな」
そんな2人の背後を眺めては不敵に笑う2人の男性の姿があった。
一人は小太りの眼鏡、もう一人は細身の眼鏡の男性だ。そんな怪しい2人の存在に、ナギサとシューマは気付くはずもなかった。
◆
木々が風に揺れ、小鳥のさえずりが聞こえる。
森林ステージはリザードマン討伐ミッションなどで何度か来たことがあるが、戦闘が無いとこんなにも静かというか、のどかな場所だったんだな……。と2人は視界の右端に表示された簡易マップを見ながら歩く。
こういう地図ってデバイスに表示しないんだな。となんとなく疑問に思ったことをシューマが述べたが、ナギサの
「アクロスデバイスを見ながら歩くとなると、ながらスマホみたいなことになって危ないからじゃない?」
という言葉に納得したようで、「なるほど」と頷く。
「流石ですナギサ君。頭が良いんですね」
「そんなことくらいで褒めなくてもいいよ。なんか恥ずかしい」
ナギサの隣にはソウハが、シューマの隣にはシャルディがそれぞれ付き添うように並んでいる。
2人のドウルもフィールドをじっくりと歩いてみたいとは思っていたようで、ミッションが開始されたと同時にデバイスから出てきた。
「こうやってのんびりシューマ様とお散歩するのも良いですわね。風が気持ちいいですわ」
「そうだな。こういうのも悪くない」
「おっほほ!この開放感、たまりませんわぁ~!今にも裸で駆けまわりたいくらいにムラム……興奮しませんこと?」
「いや、別にしないが……?」
「なんで開放感があると興奮すんの……?」
急に声に熱がこもるシャルディにシューマとナギサは困惑した。
ちょっとちょっと、とナギサがシューマに声を掛ける。
「前から思ってたけど、シャルディちゃんってなんか凄いな?喋り方というか、雰囲気というか……。お前の記憶から産まれたんだよなこの娘?どうなってんの」
「……そんなこと俺が知りたい」
「ドウルの性格は必ずしもマスターに似るというわけではありませんから、ワタシは元からこういう性格だとしか言いようがありませんわ」
「大体なぁナギサ、俺のような気品に溢れた者からこんなドヘンタイが誕生すると思うか?」
「ドヘンタイ!?ああッ……!たまらない響き!もっと!もっと何か言ってくださいません!?」
「うっ、うるさい。少し静かにしてくれ」
――す、凄い。シューマが押されている……!
常にスかした態度をとっているシューマも暴走したシャルディのノリにはついていけないようで、反応に困ったといった様子の顔をしていた。
酔っぱらいに絡まれている素面の人間ってこんな感じなのかなぁとナギサは思った。
「……ナギサ君。シャルディさんにキャラが負けている気がします。私も彼女の様に振る舞うべきでしょうか」
「いや、真似しなくていいから!」
というかキャラ負けとか気にするな。
そもそも勝とうとするんじゃない。そのままの君でいてくれ。
「そうだ青髪。今プリステで開催されているイベントのシナリオの完成度が非常に高いんだ。お前もナギサに頼んで読ませてもらうがいい」
「うちのソウハにもその話をするのかお前」
「プリステというとナギサ君も遊んでるアイドルゲームですよね。あのおっぱいの大きな女性が出てくる」
「……別に巨乳キャラばかり出てくるゲームじゃないが?」
「やっぱり何か根に持ってる……?」
と、まぁそんな感じで雑談を繰り広げながら歩くこと数分ほどが経過。マップに記されている場所が近付いてきた。
徐々に木々の数も減ってきている。日差しが強く差し込む方へと一行は足を進めていく。そして――。
「わぁ……」
視界の先には美しい黄色の花々が広がっていた。マップに記されているマーキングの位置的に考えて、おそらくそれら全てが日光菜の花と呼ばれている花なのだろう。
辺り一面に広がる花畑を前にしてナギサの口から感嘆の吐息が漏れた。その隣でソウハも花々の美しさに目を奪われた様子で立ち尽くす。
「綺麗ですね……」
「ええ……。ワタシの穢れた心が浄化されていくようですわ」
「汚い自覚あったんだな」
あとはこの花のうちどれか一本でも摘んでいけばミッションクリアだ。
雑談しながら歩くだけでクリアとは随分と簡単な内容のミッションだった。ミッション、というよりはこの美しい風景をプレイヤー達に味わってもらうのが目的なのだろうか?
4人はゆっくりと花畑へ近づいていく。その時だった。
「来た来た。可愛い初心者さん達が」
「経験値とコイン、いっただきま~す!」
待ってましたと言わんばかりに木陰から2人の人間が姿を現した。片方は小太り気味の眼鏡の男性、もう一人は細身の眼鏡の男性。どちらも服はANO内で購入したのか、西洋の貴族風のどこか高そうな雰囲気の物を身に纏っている。
ミッションが始まる前にナギサとシューマを観察していた2人であった。当然、ナギサ達はそれに気付いていないが。
「何の用です?」
ソウハが2人の眼鏡に向かって訝しげに問いかける。細眼鏡は品の無い笑いを浮かべながら答えた。
「何って、そりゃ少しのお金と経験値を貰いに?ドウルを倒せば経験値が貰えるし、プレイヤーのHPが0になると所持コインの3割が辺りに散らばる仕組みになってるんだよねぇ」
「えっ、このゲームって僕達にもHPの設定とかあるの?」
「ええ。ただしドウルやモンスターの攻撃を一度でも食らえば致命傷になるレベルで低いですわよ」
「この探索ミッションではモンスターは出ない仕様になっているのでリンクはしなくても平気だったのですが……。まさか同じミッションを受けるプレイヤーが妨害に来るなんて」
「このゲームにPK要素あったんだね……」
ハァ……。と、目の前の眼鏡2人を見たシューマが呆れた顔で大きくため息を吐いた。
「ログイン初日に続いてまた初心者狩りに会うとか、一体どうなってるんだこのゲームの民度は。SNSに書くぞ」
「運営がその辺ノータッチなんだろうなぁ」
“ゲーム内の世界の管理を人間に近しい知能を備えたAIを搭載したNPCにほぼ全て任せることによって形成された高い自由度がウリ”とされているゲームだ。こういった害悪プレイヤーに対する処分は運営が関与していないのだろう。
それはどうなんだ、とナギサは思った。ひょっとしてこういうPK中心のプレイも推奨されているのだろうか?
「自由度が高いからって、何してもいいわけじゃないと思うんですけど」
ナギサの言葉に今度は太った眼鏡の方がまたもや品の無い笑い声。流石に少しイラっとする。
プレイヤーのアバターデザインは現実のものと同じなのに、よくもまあモラルに欠けた行動が出来るものだ、と呆れた。
「何とでも言ってください~。……さーて、出番だヒナっち!」
「やるぞジェシカ。こいつらを倒してランクアップだ!」
眼鏡二人がアクロスデバイスを構える。間違いない。ドウルを呼び出して自分達を狩るつもりだ。
眼鏡共が叫ぶ。
「イグニッション!ヒナ!」
「イグニッション!ジェシカ!」
ドウルとのリンクを開始する合言葉が花畑に響き、二人の身体が光に包まれる。
そして小太りの眼鏡の方は小学生くらいの背格好をした、黒いローブととんがり帽子を纏った背の小さい魔女っ娘に。
細い眼鏡の方は緑の長髪を風になびかせた眼鏡の女騎士へとそれぞれ姿を変えた。
「ふみゅぅ……。この人たちを倒せばいいの、お兄ちゃん?よーし、ヒナ頑張るね!」
『ああ!そろそろランクEに上がれる頃のはずだよ!頑張ってヒナっち!』
「未熟な者達を相手にするのは心苦しいのですが……。それがマスターの命令とあらば」
『くくっ、ぼく達の騎士道、見せてやろうじゃないか』
――このプレイヤーの外見がドウルになるシステム、やっぱりまだ慣れないな……。明らかに悪そうな顔をしていた冴えない眼鏡の男性2人が煌びやかな姿の女性に変貌したのはなんだか違和感というか……。
しかも片方はロリッ娘に自分のことを“お兄ちゃん”と呼ばせている。“下の名前+君”と“下の名前+様”で自分のことを呼ばせている自分たちが他人の呼び方についてとやかく言えた筋合いではないが……。
と、ナギサは思っていたが、隣に立っているシューマは笑いをこらえきれないと言った様子で口元に手を当て、喉を震わせながら笑う。
「フフッ…………。おい、聞いたか?“お兄ちゃん”だぞ?冴えない顔したデブが幼女に自分のことを“お兄ちゃん”って呼ばせてるぞ?気持ち悪っ……!絶対キモオタクだろ……!ぷぷっ……!」
「おーい!それ僕達が言っちゃ駄目なやつ!ナギサ君とシューマ様が言っちゃ駄目なやつ!」
心底馬鹿にした様子でヒナと呼ばれる魔女っ娘を指さして笑うシューマに対してヒナはわざとらしく頬を膨らませてプンプンと怒る。
「お兄ちゃんを馬鹿にしないで!そんな人はヒナがやっつけちゃうんだからー!」
『そ、そうだそうだ!やっちゃえヒナっち!そいつを許すな!』
「えーいっ!」
その瞬間、ヒナの持っている魔法の杖から光の弾が出現し、目の前のナギサとシューマを捉えた。
しまった、反応が遅れた――と驚く2人。しかしその光弾は2人に命中することは無かった。
「油断大敵ですよナギサ君」
「全くですわ。でもそんなちょっと抜けてるシューマ様も素敵ですわよ」
ソウハが咄嗟に抜いた刀で光弾を弾き、シャルディと共に己の主人を守るように前へと出ていた。すまない、助かった、と2人が言うとソウハは落ち着いた表情のまま「ぐっ」とサムズアップ。
そんなソウハの姿を見て今度は眼鏡2人が笑う。
『聞きました?シロップさん。“ナギサ君”と“シューマ様”ですって?多分アレ本名で呼ばせてますよ。基本は“マスター”でしょう?』
『痛々しいですなヨムヨムさん。“お兄ちゃん”の方がまだマシですよ』
ヨムヨムと呼ばれた方はさっき自分がドウルに設定した呼ばれ方を馬鹿にされた仕返しだろうか、わざとらしく大きく笑っていた。
ナギサはまたもやムッとなったが、シューマはそれに対してフンッ、と鼻を鳴らしてみせるだけだ。
「気にしないでくださいナギサ君。……ユーザーとドウルの関係に口出しするのはタブーとされているのでこちらに非が無いわけではありませんが」
「ええ。というかそんなつまらないことを気にしている場合ではありませんわ。多分この方達はおとなしく花を摘ませて帰らせてはくれませんわよ?どういたします?」
「どうするも何も」
シューマは腰のホルダーから自分のアクロスデバイスを取り出すと、クルクルと掌の中でそれを回転させてから構えた。器用な動きだ。
「害虫は踏み潰して進む。それだけだ。お前達も手伝え」
「……分かったよ。このまま逃げるのも癪だしね」
「むぅ。今日はゆっくり散歩するだけのつもりだったのに」
ぼやくソウハをまぁまぁとなだめながら、ナギサもデバイスを取り出した。
――“そろそろランクEに上がれるはず”という台詞からして相手は二人とも自分と同じランクFのはず。実力差はそこまで離れていないに違いない。
それにこんな初心者用の探索ミッションで狩りを行う時点で相手も初心者に近いはずだ……!
だからこの勝負、圧倒的に不利なわけじゃない。相手が強そうなら逃げる選択肢もありだが、勝ちの可能性があるなら戦っておくべきだ。
「よし、やろうソウハ!イグニッション!」
「キモオタ共が、俺達に挑んだことを後悔するがいいわ!イグニッション!シャルディ!」
ナギサ君とシューマ様も自らのドウルとリンクを開始する。
菜の花が咲きほこる花畑で、戦いが始まる。
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