第2話 その名はソウハ
『プレイヤーネームとユーザーIDを設定してください。プレイヤーネームは後からでも変更が可能です』
ANOの世界へと自分を歓迎してくれたメッセージウィンドウは更に次の文章を表示した。その下にテキストボックスが出現し、名前の入力を指示する。
ナギサはポチポチと電子キーボードを叩き、テキストボックスへと名前を入力させる。名前は……“ナギサ”だ。
自分のアバターの外見は変更できないのだ。ならば本名でプレイしたところでそこまで影響はあるまい。そもそも自分の外見で、いつもSNSやソーシャルゲームなどで使っている名前をそのまま用いた方が違和感があると思った。
それにこのゲームは本名プレイのユーザーが多いと聞いているので、本名を用いてもそこまで周りと比べて浮かないはずだ。
IDは普段からゲームやSNSで使っているものとは違ったものにした方がいいだろう。素顔を晒している時点でリアルバレも何もあったものではないと思うが、念のために。「N@gi」と入力。
『初期ステータスタイプの決定を行います。21のポイントを以下のパラメータに振り分けてください(後からゲーム内の施設やアイテムなどで変更が可能です)』
表示が次のように変わった。
HP、物理攻撃力、物理防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、スピード、運の7つのステータスが並び、システムはそれらに21のポイントをどう振り分けるか、と指示してきた。
これらに振り分けられたポイントによって、ドウルのステータスタイプが決まるのだという。
「いや、まだどんなキャラが出来るか分かんないのにステータス決めろって言われてもな……」
順序がおかしくないか?
こういうのは作成されたドウルの外見を見てそのイメージから決めるものだろう。
もしくはこのステータスタイプの決定自体がドウル作成に必要なのか……よく分からない。
だがこの手順を踏まなくては先に進まないのだ。とりあえず入力していこう。
「全部均等に振り分けてバランス型にする……と、なーんかパッとしないステータスになりそうなんだよな。
かといって、どれか一つに全振りして一芸特化!ってのもなぁ」
こちら側でパーティメンバーを複数用意できる一人用のRPGならそういうキャラを作っても面白いのだが、ANOは1人のプレイヤーが1体のドウルを使役するゲームだ。
癖の強すぎるキャラを作成してしまえば、一人で遊ぶ時に困ることが多くなるだろう。
後からANO内の施設で変更が可能とはあるものの、おそらくそのためにはゲーム内通貨が大量に必要だったりするに違いない。一度決めた設定を簡単に変更させてくれるような優しいゲームなんて無いのだ。多分。
うーん、としばらく悩んだナギサの手がようやく動き出した。
「じゃあ、攻撃と速さを伸ばす方向で」
まず初めに物理攻撃に5、魔法攻撃に1を振る。
魔法攻撃はこの際低めにしてしまおう。物理と魔法での両刀アタッカーキャラは使いにくそうだ。もれなく防御力と素早さがおろそかになる。
……魔法攻撃力・防御力の概念があるということはANOには魔法があるのか、と今更気付いた。
"運"がよく分からない。ステータス画面の『運』に触れると、文字の下に『運が高いほど攻撃のクリティカル発生率やダメージの軽減率、アイテムドロップ率が上がります』と表示。
なるほど、数値としてはあった方がいいが、多めに振るのは辞めておこう。運要素に左右されるのは苦手だ。
色々と考えた結果、数値の割り振りはこうなった。
HP:2
物理攻撃力:5
物理防御力:3
魔法攻撃力:1
魔法防御力:3
スピード:5
運:2
とりあえず初期設定はこれで良しとしよう。
『それでは、貴方のドウルを作成いたします』
ステータスを入力し終えると目の前に真っ白なマネキンのような物が出現した。
ただ人間を模した形をしているだけの、のっぺりとしたマネキン。
それは全面真っ白なこの空間と合わさって不気味な雰囲気を放っていたが、それと同時に何故か温かみも感じられた。
まるで生きているような、そんな温かさ。ナギサはそれを感じ取り、一瞬怖くなった。
『貴方の身体情報及び記憶を登録いたします』
「えっ。き、記憶!?」
そのメッセージが表示された途端、ナギサの立っている床下から白いリングのような物が出現し、ナギサの身体を通るようにゆっくりと上昇していった。これで自分の情報を読み取っているのだろう。
身体情報はともかくこれで自分の記憶をどう読み取っているのだ。そして何に使うのだ。そもそも記憶ってなんだ、と思ったが、黙ってナギサはそれを受け入れた。受け入れねばならぬ気がした。
原理はよく分からないがこれがドウル作成に必要な作業工程なのだろう。リングはナギサの脳天を通過し終えると消えた。
次の瞬間、マネキンから光が放たれてナギサは咄嗟に目を瞑った。
マネキンが光に包まれて形を変える。
次の瞬間、マネキンだったものは少女の姿をしていた。
上にチョコンとハネたショートの青い髪。髪の色によく似合う青黒い色の着物を羽織り、その腰には刀が差さっている。
どこかおとなしそうな顔をした、清涼感のある雅な雰囲気の少女剣士。ナギサはそんな印象を受けた。
現れた少女は涼しい顔のままで恭しく頭を下げてこう告げた。
「ご契約ありがとうございます。マイマスター」
クールな印象を受ける、凛として落ち着いた声だった。その声は彼女の外見にとても似合っている。
「えぇと、ちょっと待って。何が何だか……」
咄嗟の出来事にナギサの頭は混乱していた。
不気味な白い空間に連れてこられたら、これまた不気味なマネキンが出現して、自分の記憶を読み取ったかと思えばマネキンはいきなり可憐な少女の姿になって喋り始めた……。
目の前にいる少女が”ドウル”と呼ばれる存在なのであろうことは理解している。だが生成されるのがいきなりすぎて困惑した。
ただ、とりあえず分かったことが一つある。
ナギサは目の前の少女を観察した。
“美女“というよりは”美少女”という言葉が似合う幼い外見。そして……その胸はどちらかと言えば平坦だった。
「僕の理想は叶わなかったか……」
不意に口から出たのはそんな言葉だった。我ながら最低だなと思った。
だが、どうせなら年上っぽい美女が良かったし胸は大きい方が良かった。大きいことは良いことなのだ。
しかし目の前の少女が自分の情報を読み取った上で作られた存在なら自分にはそういう趣味があるということになるが……。
着物?うん、着物は好きだ。和服美女は夢の存在だ。
それに腰の刀。思えば自分の好きな漫画やアニメの主人公は刀を振るって戦う者が多かったなぁ……と思い出す。
目の前の少女はそんなナギサの様子を意に介していないのか、続けて口を開いた。
「マイマスター、私に名前を」
「……ん?」
「私に名前を付けてください」
少女はナギサに自分の名前を付けるよう促した。どうやら名前だけはプレイヤーで決めなければいけないらしい。
ナギサは思考する。どう考えても横文字の名前が似合うような女性ではない。つけるならば和風の名前だ。
イメージカラーはどう考えても青だ。あお。アオ…………。
「アオ……アオバ……いや。
口から出るままに任せた彼女の名前はそれだった。
少女は「ソウハ、ソウハ、ソウハ……」と何度か自らに与えられたその名を繰り返し、納得したようにコクリと頷いた。
「ソウハ。私の名前はソウハ。うん、悪くないです。……それではよろしくお願いします。マイマスター・ナギサ君」
そう言ってソウハは右の手をナギサに向かって差し出す。握手ということだろうか。ナギサはそれを握って「ああ、よろしくね」と返した。
仮想空間の中とはいえ、手のひらに感じる感触やぬくもりは現実世界の人間とそう変わらない。最近の技術って凄いなぁ……と、感心しつつ、ナギサは
(女子の手触ったのって小学校の時の運動会のダンス以来かも……)
と、自分がどれだけ長い間異性と触れ合ってないのかを痛感していた。
「さて、ではナギサ君。改めてANOのダウンロード及び、私とのご契約ありがとうございます。まずはこれを受け取ってください」
ソウハはスッと右の掌を差し出す。そこに光が集まり、スマートフォンのような端末が形成された。
右手を少し前へと動かしてそれを受け取るよう示唆する。
ナギサがそれを受け取ると、端末の画面に『Hello! N@gi!』と表示された。
本当にスマートフォンのようだ。
「これは?」
「これはアクロスデバイス。マスターの個人情報からゲームの基礎知識、更にANOに欠かせない情報が詰まった端末です。私達ドウルを使役する者――ドウルマスターの証ですね。インターネットも使えますので現実世界でいうタブレットのような使い方も出来ます」
「へー、ゲーム内でもインターネットが使えるのか。……ところでさっきは“マイマスター”って言ってたのに、なんでいきなり名前で呼んできたの?”ナギサ君” って。」
「最初の“ご契約ありがとうございます。マイマスター”は最初に言わなければいけない決まりなんです」
決まりなんてあるんだ……、とナギサが苦笑する。
「それに貴方の記憶を分析したところ、“ナギサ君”と名前で呼ぶのが一番好まれると感じたので。もしお気に召さなかったら違う呼び方にしますが?」
「いや、さっきのでいい。大丈夫だよ」
それにしても“ナギサ君”か。プレイヤーネームが“ナギサ”なのだから当然なのだけど、女性に下の名前で呼ばれたのって母親以外に経験あったか……?
ふと、脳裏に誰かの言葉が響いた。
――ナギサくん!………………!!
「――――ッ」
溌溂とした少女の声。
自分の名を呼ぶ、声。
ナギサはその声の主を思い出そうとしたが、上手く思い出せなかった。
多分、大事なことなのに。記憶にモヤがかかっているようでハッキリと思い出せない。
「ナギサ君?」
ナギサの様子がおかしいと感じたのかソウハが少し心配そうに声を掛ける。ナギサはその言葉にハッと我に返り、「なんでもないよ」と返す。
「……そうだ、君は僕の記憶を読み取ったんだよな?記憶を読み取るって……つまりどういうこと?」
「そのままの意味です。なんなら証明してみせましょうか?私が先ほどまでの貴方の記憶を所持しているということを」
そう言ってからソウハはつらつらとナギサから読み取ったらしい記憶を元に、彼の個人情報を言い始めた。
「本名、鳴海凪紗。18歳。誕生日は7月27日。血液型はAB型。母が1年前に再婚。旧姓は白雪。別居中ですが3歳年上の義姉がおり、現在は母親とその再婚相手である父親との3人暮らし。
現在は私立桜川大学に在学中。好きな食べ物は母の作るポークカレー。初恋の相手は――」
「わ、分かった分かった。もういい。もういいから」
このままでは更に恥ずかしい情報まで喋られてしまいそうだ。それを聞くのはキツい。そもそもなんでそこまで知っているんだ……。
このゲームがちょっと怖くなってきた。本当にドウルの作成以外には使用してないんだよな、この情報?
「ところで君は僕のことをそれなりに……いや、だいぶ知ってるみたいだけど、僕は君のこと全然知らないんだよね。出会ったばかりだし当然だけど……。
何か無いの?趣味とか、好きな物とか」
ふむ……とソウハは親指と人差し指で顎を軽くつまんで考える仕草をとる。
とりあえず喋り方や佇まいからして落ち着いた性格ではあるようだ。感情は大きく顔には出さないため少々クールな印象も受ける。見た目にマッチした性格だろう。
「私はドウルとして生まれたばかりですからね。特に趣味などはありません。なので……」
次にこう告げた。
「ナギサ君が教えてください。楽しいことや面白いこと、辛いこと悲しいこと。とにかく何でもいいです。私はそれを元に学んでいきます。私は貴方のパートナーなんですから」
そして続ける。
「そして問います。貴方はこの世界で何がしたいですか?ドウルはマスターのパートナーであると同時にマスターの願望を叶える存在でもありますから、貴方の望みを聞いておくと動きやすいのです」
「何がしたいか、ねぇ……」
考えてなかった。
思えば“月額料金安いし最近ビビッとくるゲームも無いから暇潰しに何か遊ぶか。せっかく友人に誘われたんだし”となんとなくの感覚で始めたゲームだ。
目標や目的、願望などは特に無い。思えばこれまでの人生でもそうだった。
学校で「将来の夢について考えましょう」なんで宿題が出された時は何も思いつかず、かといって宿題だから出さないといけないので適当に“医者”と書いて出した。
当然医者になりたいわけではない。それはなんとなく担任教師も見抜いていたようで「ま、本気なら頑張って」とだけしか言わなかった。
目標や目的が無いから何をするにもモチベーションが保てない。軽い気持ちで手を出した趣味は早々に辞めるし、これといって得意なことなど何も無かった。
そして平々凡々な人生を送っていた。気の合う友人と流行のホビーやゲームで遊ぶ小中学生を過ごし、高校まで適当に過ごした。
高校は家から少し離れた私立高校へと電車で通うことになり、今までなんとなく付き合っていた友人達とも疎遠になったが、なんだかんだで志木宗馬という気の合う……合ってるっけ?…………まあとにかく、新しく出来た友人とそれなりに楽しく過ごした。
そして、なんとなくの流れで地元の私立大学に入学。
果たして今までの人生、それで本当に良かったのかと言われると悩んでしまうところであるが、間違っていたとは思わない。
とにかく、自分の人生に派手なイベントは必要ないのだ。何かの大会で優勝だとか、一番を目指すだとかもってのほかだ。
それにどうせ、自分のような平凡な人間は一番になんてなれない。
ただ願望があるとすれば……。
「なんか……誰かと一緒に面白おかしく過ごせればそれでいいかなって」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
一人は嫌だ。だから毎日自分の傍に親しい人が誰か一人はいてほしい。母親……はそういう対象とはなんだか違う。とにかくボッチは嫌だ。
親しい人間といえば友人のシューマがいるが、そもそもの趣味や趣向も彼とは相容れない部分が多いので彼も自分と常に一緒はしんどいだろう。
だから、常に自分の隣にいる誰かと……このゲームならばドウルと。ただ毎日を平凡に、面白おかしく過ごせればそれで良い。
そんなナギサの呟きを聞いたソウハはクスリと笑った。
「面白おかしく……ふふっ」
「あ、今の声に出てた感じ……?」
ふふ、ふふふ……という上品な笑い声が白い空間に響き渡る。なんだなんだ、そんなにおかしいこと言ったか?とナギサは狼狽える。
数秒笑った後、ソウハは言った。
「ええ、その願い叶えましょう」
ふぅ、と一息吐いてからナギサも小さく笑った。
「とにかく、明確な目標や目的なんて僕には必要無いし、これから考えればいいんだ。まずはこの世界を楽しんでいこう」
「はい、一緒に楽しみましょう」
涼しい顔をして右手を握り、軽く前へと突き出すソウハ。グータッチのつもりだろうか。ナギサもそれに応じるように拳を軽くコツン、と当てた。
これが鳴海凪紗と、その相棒ソウハの初邂逅だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます