第423話 スカンディナビア帝国編 パート11


 「おい!トール王女様をすぐに解放しろ」



 留置場の扉が激しく開いて、血相を変えた表情で別の衛兵が入ってきた。



 「おい。お前・・・トール王女様を殴ったのか?」


 「それがどうした?こんな嘘つきの不審者を殴って何が悪いのだ!」



 まだ、衛兵は状況を飲み込めていない。



 「お前が殴ったのはスカンディナビア帝国の王女であるトール王女様だぞ!」


 「何を言っているのだ。王女様がこんなところで1人で来るわけがないだろう」


 「俺も従者であるロキという女性の話を最初は信じることができなかったが、トール王女様の身分証を持っていたので間違いないはずだ。身分証の写真とそこにいる女性とは同一人物で間違いない」


 「貴方様は・・・トールお王女様なのですか?」



 血の気が引いたかのように青白い顔になってトールさんに声をかける衛兵。



 「俺は城を抜け出たからもう王女ではない」


 「いえ、城を出たからといって王女様という身分がなくなるわけはないのです。私はなんて失礼な態度をとってしまったのでしょう。本当に申し訳ありません」



 衛兵は地面に頭を擦り付けながらトールさんに謝罪する。



 「別に気になどしていない。それよりも早くここから出してくれ」


 「もちろんです。すぐに釈放いたします」


 「待ってよ!私もここから出してよ」



 ポロンさんが必死に叫ぶ。



 「俺がそいつの身元引受人になってやるから、そいつも牢屋から出してもらえないか?」


 「王女様の命令とあればすぐに釈放いたします」



 こうしてトールさんとポロンさんは留置場から出ることができたのである。



 「トール、何をしているのよ!」



 留置場から出るとロキさんが腕を組んで顔を真っ赤にして怒っていた。



 「ロキすまない。気を失って何も覚えていないのだ。気がついたら留置場に居て俺もビックリしたぜ」


 「これから冒険者としてやっていくならちゃんと体調管理をしてくれないと困るわよ」


 「わかったぜ。これからは気をつけるぜ」


 「ところで、あなたの後ろにいるエルフは、あなたのお友達なのですか?」



 トールさんが後ろを振り返ると、背後霊のようにトールさんの後ろにポロンさんが居た。



 「こいつは空腹の俺にパンをくれた命の恩人のポロンだ。食い逃げで捕まっていたみたいだから、俺が身元引受人になってあげて、留置場から出してあげたのだ」


 「トール・・・身元引受人になったの?」


 「そうだ!パンをくれたお礼だ」


 「トール、身元引受人の義務は分かっているの?」


 「義務?なんのことだ?」


 「義務も知らないで身元引受人になったのね・・・その子はなぜ食い逃げをしたのかしら?」


 「ポロン、なぜ食い逃げをしたのだ?」



 トールさんがポロンさんに尋ねる。



 「お金がなくなっているのに気づかないで食堂でたくさん食べてしまったのよ」


 「それで、お金がないと気づいて逃げたのか?」


 「逃げてはないのよ。ただ、周りの客が騒ぎ出したので、たまたま居合わせた衛兵に捕まってしまったのよ」


 「これからはちゃんと財布の中身を確認してから食堂へ行くのだぞ」


 「もちろんよ」


 『グゥーー・グゥーーー』



 ポロンさんのお腹の虫が威勢良く鳴った。



 「怪しいなぁ。今にも食堂に駆け込みそうだな」



 トールさんがポロンさんの目をじっと見つめる。すると、ポロンさんはそっと視線を逸らすのである。



 「あなたに非常食をあげたから、もうお腹ぺこぺこで死にそうなのよ!」


 「そんな大切な物を俺にくれたのか・・・」



 トールさんは膝を落として崩れ落ちる。そして頭を抱えて涙を流す。



 「お前は俺の為に命より大切なパンをくれたのだな・・・俺はそんな命の恩人を疑ってしまうなんて、俺は・・・俺は・・・大馬鹿野郎だ!!!」


 「気にしなくてもいいのよ。私はあなたを救いたかったのよ」



 ポロンさんは膝をついて倒れ込んでいるトールさんをそっと抱きしめてあげた。



 「茶番はそのへんにしときましょう。冒険者登録をしてお金を稼いでから、食事をする予定でしたが、トールもポロンもお腹かが空いて、それどころじゃないみたいね。私が持っている少量のお金で食べれるだけの食事をすることにしましょう」


 「食事だと!」


 「食事ですって!」



 トールさんの涙はすぐに止まり、崩れ落ちた膝は息を取り戻したようにすぐに立ち上がり、ロキさんの方へ駆け出していった。ポロンさんもトールさんを抱き抱えていた手をすぐに払い退けて、目を爛々と輝かせてロキさんの元へ駆けていった。


 そして、2人はロキさんの手を握って、食堂へ引っ張って連れて行くのであった。



 「オヤジ!とりあえず肉料理を全て持ってこい!」


 「お店にあるパンとサラダを用意できるだけ持ってくるのよ!」


 「あと、ビールとブドウ酒をグラスがなくなり次第交互に持ってくるのだぜ」


 「私はブドウジュースをお願いするわ。特大のグラスでね」



 トールさんとポロンさんは、食堂に入るとロキさんの静止を振り切って、次々に注文を繰り出す。ロキさんは2人を止めることができずに顔がどんどん青ざめていく。



 「2人とも何を考えているの・・・私はそんなにお金を持っていないわよ!」



 ロキさんの悲痛な叫び声は食欲に飢えた2人の耳に届くことはなかった。




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