第16話 終末の光景 1

薫は、高原のホテルで由香が一人に成ってしまうことを心配して、メイドの芳山の同行を頼んだ関係で、ワゴンタイプのタクシーとなり、数回の休憩を入れながら、4時間ほどで現地に着いた。高原は初秋の雰囲気につつまれ心配していた、天気の方もここ数日は安定するとの天気予報で、由紀は安心していた。

芳山は、嘗てそのホテルで勤務した事も有るとの事で、周辺の事情には詳しい様子で、観光名所と言われるところを案内してくれた。

「何だか、都内の繫華街に居るみたいだな。」と混雑している、つり橋の状況を見ながら薫が感想を言うと

「まだこれでも、空いているほうですよ。」と芳山が説明してくれた。

「さすがに、まじかに迫ってくる山並みは迫力があるわね。イギリスでは見られない光景だわ。」と言いながら、

「明日は、あの山に登るのよ。」と指さした所は、西穂高ののこぎり状の岩肌が露出した岸壁だった。

「無理、無理、素人が登れる所じゃないよ。」と薫が言うと

「大丈夫、一寸ズルするから、あの山の反対側からロープウェイで頂上のすぐ下まで行けるから。明日は頂上付近の山小屋泊まりで星を見る予定なの。」

一行は、一通りの名所を巡ってから、ホテルにもどり、明日の準備を始めた。

山頂には行けない由香のために、現地からライブ配信する為の機材を設置し、撮影用の高性能の一眼レフカメラを準備した。

「薫君、これお願いにね。」と渡されたごつい、ジュラルミンケースを見て

「ふーむ、ロープウェイが有って良かったよ。」とため息交じりに言うと、芳山が

「ロープウェイの駅から500メートル程登りますよ。」と言って、そのコースを僕らに見せてくれた。

「標高差500メートルって結構キツイね。コースもそれなりに長いな。高校時代に、白馬に登ったけど、大雪渓から頂上の小屋までがきつかったな。小屋が直ぐそこに見えているのに、なかなか着かなくって。」

「はは、確かに、私も白馬は登りました。明日のコースはそこまで厳しくは無いですよ。」

「芳山さんは、経験者?」

「はい、この辺の山は大体登りました。学生時代はワンゲル部でしたから。」

「えええ、じゃぁ、僕と変わって・・・」と薫が言いかけた時由紀が

「ダメよ、それじゃー芳山さんに来て貰った意味が無いでしょう。由香姉の面倒をだれが見るのよ。」と言われてしまい、薫は覚悟を決めた。

 夕食後、由紀の今回のミッションについての説明が有った。

「メネシスを見つけたいの。見つからないと思うけど、まあー半分は、遊びだけどね。」

「メネシスって幻の天体の?」

「そうよ、私がイギリスで遺跡調査をしてた時、ストーンヘンジの近くの遺跡だったのだけど、2600年毎に現れる謎の天体を示した壁画が有ったの。つまり、遺跡は今から4000年位前のものと思われる物で、丁度、今の北極星が地軸の真上に来ている時期、つまり今ね、その時期になると蛇の冠に宝石と呼ばれる暗い星が現れるとの内容なの。」

「ふーん」と言って、薫は携帯の天文アプリを見ながら、蛇座とその先に有る冠座を確認した。

「冠座は暗い星が多いから、目印が良く分からないな。本格的な追尾装置がある天体望遠鏡でもあれば分かるんだけどな。」と薫が言うと

「まーあ、そこまでしなくても、良いのよ。どうせ暗くて見えないだろうから。期待してるのは、由香姉の超能力なのよ。それを捉えられた時に何か見えないかなってね。」と由紀の言葉に、薫は、由香があの世と繋がっていれば、未知なる天体の情報も流れ込んでくるかもしれない。と思案を巡らせてから

「他に、何か情報は無かった?例えば、それが見える時は、地上で何か変な事が起こるとか?」

「関係があるか如何か分からないけど、ストーンヘンジの特定の巨石が光り出すとの伝説もあるわ。実際、数年前だけど現象が確認されたわ、丁度、ミステリーサークルが話題に登って居た頃かしら。一応調査されたけど、セントエルモノ火、つまり静電気の発光だろうって言う事に成った見たいだけどね。」

「それが関連していれば、何か、放射線とか宇宙線とかが地球めがけて飛んできている?そのメネシスからね。そんな仮説も成り立つかもしれないな。」

「ほー、それなら面白いわね。」

「その天体が現れそうな時期って何時頃?」

「それは分からないわ。細かい記録は無いのよ。」そんな打ち合わせが一段落した頃、昔の知人に会いに行っていた、芳山が戻ってきたので、お告げが降りてきた時の由香の対処方法をお願いした。ここのホテルの従業員は近くの寮に住み込みで勤務しているとの事で、そこを訪ねた芳山は、懐かしい同僚に会えたと喜んでいた。

 由紀と芳山が、自室に戻ったので、薫は由香の風呂の面倒をみてから、自分も入浴し、就寝した。朝方、何時もの様に薫に抱きついてきている、由香が、背中越しに

「この山は、何か霊的な雰囲気が漂っているようだな。」と言ったので

「大丈夫か?」と薫が聞くと

「邪悪なものでは無い。たとえて言うなら、此処全体が大きなアンテナ見たいなものだ。」そう言ってから、再び眠りに着いていた。

 翌朝、由香と芳山に見送られながら、薫と由紀は山の反対側のロープウェイへと向かった。2600メートルのロープウェイ駅までは、一時間程で着いたが、山小屋までは、結構な山道を歩く事になり、機材を背負わされている薫はバテ気味で、由紀に励まされながら、何とか山小屋に着いた。

名物のラーメンを食べた後、最低限の荷物を取り出し、観測に良さそうな場所を決めるため、幾つかのピークを、見て回ってから、結局、小屋のすぐ横の小高い頂に決め小屋に戻ると、夕方近くであった。

「夜は、完全に真っ暗になるから、道の特徴を覚えておいてね。」と由紀が言ったので、薫は、

「今回限りだけど。」と言いながら、発光テープを所処に貼っておいた。

夕食がおわり、山小屋のテラスで時間を見計らって、昼間決めておいた場所を目指して歩き始めたが、目が慣れてしまうと、星明りでそれなりに周囲が見えてきて、ふと見上げた夜空に輝く満天の星に、由紀と二人で感激していた。

「星って、こんなに沢山あるんだ。これじゃぁどれがどれだか分からないわね。」と言いながら、しばらく歩いて昼間、見つけておいた頂きに着くと、発光テープを手掛かりに機材を設置した。ホテルの由香に連絡を入れると、通信は良好との事で、何処まで映るか分からなかったが、映像を送り、返事を待っていると、

「これが、全部星か!ここからでも沢山見えているけど山の上だと全然違うんだな。」と由香の声が返ってきた。余りにも多い星の数に、携帯の天文アプリを頼りに、目立つ星座を特定してから、それを頼りに次の星座の位置を確認し、その先に進むと言う結構手間のかかる作業をして、何とか冠座を見つけ出した。

「昔の人は、こんなに有る星からよく星座を作り上げたものだなぁ。」と薫が感心しながら言うと、突然、由紀が            

「あ、流れ星!」と叫んだ。薫は、さっきから結構見えていたんだけどなと思いながらも、

「僕は、流星群を見たことがあるから、ああ、たまに火球と言って大気圏で爆発する流星もあるからね、慣れれば結構見えてくるから。」と言うと

「何だか楽しいわね。星空だけで、こんなに楽しめるとは思わなかったわ。」と由紀がウキウキした声ではしゃいでいた。薫は、冠座にカメラをセットして由香の状況を確認しながら、録画に入った。一時間程観察を続けたが、冠座は何の変化もなく、由紀だけが流星を見つけては、はしゃいでいた。そろそろ体も冷えて来たので、撤収をしようと由紀に声かけた時に、芳山から連絡が入った。

「倒れたと言う訳ではありませんが、意識を無くしておりますので、ベットに移動させました。瞑想状態の様です。」との連絡に、薫は、何か来たなと思い

「分かりました。様子を見ててください。」と返事して、撤収を開始した。

小屋に戻って、体を温めるため、少しずつウィスキーを飲んでから、大部屋を仕切ったそれぞれのブースで布団に包まったが、由紀が体が冷えたと言って薫にすり寄ってきていた。薫は、幾つか携帯カイロを由紀に貼ってから、自分も布団に包まった。芳山からは、由香は一時間程で意識を取り戻し、風呂に入ってから就寝したとの内容のメールが入っていた。長い夜の中、薫は、さっき見た「星の海」に居る様な感覚に捕らわれて、あの無数の星の中にそれぞれの思いが詰まっている、それがあの世なのかもしれない、その一つにしおりさんの思いがあるのか、そんな事を考えながら居ると、冠座の見えていなかった場所に何かあった様な気がした。戻ってからPCでよく確認してみようなどと考えている内に眠りについていた。着込んで寝てわいたが、朝方背中の冷気で目が覚めると、由紀は、薫に後ろから抱きかかえられるようにして寝ていた。使っているシャンプーも化粧品も同じなのか、由香と同じ匂いがしていて、たしかに、この状態では由紀も由香も区別がつかないな、とそっと由紀を抱き直した。そんな行為に気づいたのか

「ああ、ゴメン、背中が寒くて、薫に抱かれたら温かくなってきた。」と言った後小声で

「また今度、二人だけで寝ましょう。背中の寒くならない所で。」

「ふーん・・・・」由紀の真意が分からずに返事にはならない返事を返していると、朝日が差し込み始め、部屋の中も段々温かくなってくると、他のブースの客も起き始めている様だった。

 外気はもう冬の気温だったが、朝日の温かさに救われテラスに出て、早朝の山並みを見ながら、持参した山道具でお湯を沸かし、珈琲を入れた。

「一度やって見たかったんだ。」と薫が言いながら、ドリップにお湯を注ぐと、独特の安らぐ香と共に、目覚めを促す苦みが口の中に広がっていった。

「イギリスでは、ティー、紅茶だけど、モーニング珈琲もいいわね。」と由香が満足げに、湯気の立つカップから珈琲を飲んでいた。

 慌ただしく、朝食を済ますと、

「ここを真っすぐ降りれば、ホテルまでは、直ぐよ。」との一言で、1500メートルを下る事にした二人だったが、それは愚行だった。

「こんな急な斜面とは思わなかったわ。」と空身の由紀でさえ音を上げるる状況で、機材を背負った薫は、

「まだ、下りだから良いようなもの、次は絶対にロープウェイを使おう。」となかなか着かない、ホテルまでの過酷な道のりにうんざりしていた。

やっとの思いで、ホテルにたどり着くと、薫は、由香の所へ急いだ。芳山から

「血圧、脈とも正常です。念のために安静にして頂いております。」との報告を聞いてから、ベットで横になっている由香の所へいくと、由香は元気そうにニッコリと笑った。

「大丈夫か?」と薫が聞くと、後から入って来た由紀も見て

「大丈夫だ。でも、凄いものを見た。」とポツリと言った後に

「薫、陽子崩壊って知ってるか?」と聞いてきた。

「ああ、陽子崩壊がどうしたんだ。」

「その世界では、陽子崩壊が始まっているんだ。」

「ええ、そしたら宇宙が無くなってしまうぞ。」

「ああ、そうだ。そんな世界で生き残りを掛けて必死に解決策を考えている人たち、地球人の様な、そんな映像が流れ込んで来たんだ。」

薫達は、由香のとんでも話には慣れていたが、その具体的な状況と緊迫感を語る由香に、真実味を覚えながら聞き入っていた。

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