第495話 本棚に潜むもの

 僕は乱雑に積み上げられたように見える書籍の背表紙を眺めているうちに、積み上げられた書籍の山が実はジャンル別に仕分けされていることに気が付いた

「この辺には戦前の日本文学の書籍が多いですね。そういえば先日青梅市の一件で古書の販売先を探してもらいましたけど、斎藤さんに販売を依頼したのですか」

 僕が尋ねると、鳴山さんが嬉しそうに答える。

「そうなんですよ。克己もレアな書籍が手に入ったと喜んでいたのですが売り惜しみするので、買い手を探してもらうのが大変でしたね」

「あの一連の本の出所はあなた方だったのですか?あれは僕の懐に余裕があれば自分が秘蔵版として所有したくなる本が多くて、売りに出すのは断腸の想いでしたよ」

 斎藤さんが思いがけず饒舌に話すので僕は驚いたが、どうやら彼は古い書籍好きが高じて古書の取り扱いを始めただけのことはあり本のことになると、口数が増えてしまうらしい。

 僕の考えがわかったのか、鳴山さんは可笑しそうに目じりを下げて僕に話す。

「克己は本のことになると人が変わったみたいによくしゃべってくれるのです。やはり自分の興味のある対象は違うものなのですね」

 山葉さんは僕たちのやり取りを聞きながら自分も書籍の種類を確認していたようだ。

「ジャンル別に仕分けしているのは自分がネット通販する時に探しやすくするためですか?それとも、通販以外に販路があるとか?」

 山葉さんの質問に斎藤さんは再び水を得た魚のように話し始めた。

「ええ、通販用のサイトを立ち上げているので、注文が入った時に探しやすくするためもありますが、古くから営業している古書店に引き取ってもらうケースもあるのです。古書店によって得意の分野というかジャンルがありますから、そこに合わせて分類しているのです」

「なるほど、通販サイトで長期間掲載しても売れないものは少々価格が落ちても、店舗を持っている老舗古書店に引き取ってもらう訳なのですね」

 山葉さんは納得した様子だが、僕は古書の販売で相場が成り立つこと自体が不思議だ。

「買い取ってもらうのはブックオンみたいなチェーン店が多いのですか?」

「いえ、大手チェーン店は人気のある新刊の売れ筋書籍が中心なので、扱いが違ってきます。入荷した本が比較的最近出版されたものが大半を占める場合はお世話になっていますけどね」

 斎藤さんはものすごく面白い話題のように生き生きと話しているが、僕は微妙に本の話に飽きていた。

 山葉さんの健康問題が頭の隅に居座っていることもあり、今一つ依頼者である斎藤さんの話に集中できていないのかもしれなかった。

 斎藤さんはそんなことに気づく素振りも見せずに、僕たちを「荷造り室」に案内する。

 その部屋はかつては応接間として使われていたはずでローテーブルとソファのセットも置いてあるが、その脇には宅配業者の名前が入った段ボール箱や梱包用の資材が山積みされている。

「大手のネットショップので古本を買った場合に斎藤さんみたいに個人営業の方が梱包した本が届くこともあるのだね」

 斎藤さんは、活気のある表情で山葉さんに答える。

「そうなんです。通販サイトで人気作品を検索すると中古品の在庫数や下限の値段が表示されると思いますが、僕の在庫もあの中に含まれているのですよ」

 それは彼にとって自慢できる出来事にちがいないと思え、僕は適当に話を合わせる。

「でも、在庫管理して数量や本の状態を報告するのは大変ではありませんか?」

「それは大変といえば大変なのですけど、僕は古い本に囲まれているのが好きですからね。本業を終えた後ここで在庫を整理し、注文があった品物を発送するのは趣味と言っても差し支えないですね」

 彼の満足そうな顔を見ると、その道の達人にインタビューに来たような気分になり、適当に話を合わそうなどと思った自分が恥ずかしく思えた。

「ふむ、あなたの副業についてはおおむね理解できたが、問題の妖しい気配を感じるのはどこなのかな」

 山葉さんはしびれを切らせたように斎藤さんに催促し、彼も慌てた様子で山葉さんに別室を示した。

「そうでした。僕が怪しい気配を感じるのは最も気に入った書籍を置いてある書斎なのです。青梅市から送られてきた書籍にはそこに飾っておきたいものが数冊あったのですが、人気のある品物だったため、僕の販売用のサイトに上げたら即座に買いが入って売れてしまったのが残念でした」

 斎藤さんは再び本の話に脱線しつつあるがその部屋に入ると僕と山葉さん、そして鳴山さんは足を止めて周囲の気配に注意を集中する。

 僕と山葉さんは無論のこと鳴山さんも霊感を持っており、それぞれに何かを感じてその正体を探ろうとしたのだ、

 斎藤さんもさすがに僕たちの様子に気が付き、本の話を中断すると僕に尋ねた。

「あの、この部屋に何かおかしなところがあるのですか」

 鳴山さんは斎藤さんの顔を覗き込むと気の毒そうに言う。

「いや、この部屋でおかしな気配を感じると言うのは極めて正しいと思うぜ、何かいるなんてものではない雰囲気だ」

「私も同感だ。これだけ気配を感じているのにターゲットを目視出来ないのが不思議で仕方がない」

 山葉さんは霊視をする時の癖で眉間にしわを寄せて周囲を見渡しており、僕も同様に感じていたので部屋の中に何か霊的な事象が見えないかと目を凝らすが、気配は濃厚なのにそれらしき姿は見えなかった。

「克己、お前が一番気配を感じる場所を教えてくれ。俺にとってはこの部屋に存在するその手の気配は濃厚過ぎてどこが中心なのかすらわからない」

 僕たちも同様に感じていたので、鳴山さんの指摘は極めて的を得たものだった。

 斎藤さんは、僕たちの様子が霊的な気配を感じているものだと察して、怖そうな表情に変わりながらも、部屋の壁一面に据えてある本棚へと僕たちを案内した。

「僕がその気配を感じるのは、この本棚の前に来た時なのです。丁度この辺りに立った時が一番強く感じます」

 斎藤さんは自分の説明どおりに本棚の中央辺りに立っみせ、僕たちは斎藤さんを取り囲んで本棚を眺める形になった。

 その時、僕は本棚に並ぶ本の背表紙のと本棚の上の段とのわずかな隙間の向こうに何かが動くのを感じた。

「あ」

「うあ」

 ぼくと山葉さんが声をあげるのは同時で、僕は本棚の棚と背表紙の隙間に向こうからこちらを見ている二つの目があることに気が付いたのだった。

 そしてそれに気が付いたのは山葉さんも同様だったに違いなかった。

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