第485話 キツネの兄妹
美咲嬢たちに礼を言って僕と山葉さんは七瀬カウンセリングセンターを後にした。
日盛りの中道路のアスファルトの上に立つとあまりの気温の高さに僕は歩いてきたことを後悔したが、山葉さんは機嫌よく歩みを進める。
「いろいろな意味で水谷隼人君に合うのが楽しみだね。未来さんが発揮した能力を鑑みると、隼人君も相当な異能力持ちだと思われる」
霧島未来さんと、水谷隼人さんは僕たちが奥多摩の山中で遭遇した狐の妖であり、クラリンが神隠しに遭ったことに端を発した事件は僕たちが二人を人間界に潜入させる手引きをする結末となったのだった。
「ちょっと田舎っぽい感じのふてぶてしい男の子でしたけど、成長したらどんな感じか想像もつきませんね」
僕が当時を思い浮かべていると、山葉さんも同様だったらしく懐かしそうに僕に言う。
「あの頃はクラリンや雅俊君がいて賑やかだったのを思い出したよ。今度水谷君が私たちの店に来るのならばクラリンと雅俊君に連絡して、再会イベントにするのも面白いかもしれない」
山葉さんは思いつきをそのまま口にした雰囲気だが、僕はクラリンを呼ぶのはそれなりに意義深いのではないかと思う。
クラリンはその時点で死霊と化していた二人の母親によって通常とは時間の流れが異なる空間に閉じ込められ、僕たちにとって一昼夜にあたる時間を二隣の妖の子供と過ごしたのだが、彼女と妖二人にとってはその時間は一年間に相当したらしい。
クラリンは妖の子供たちが人間界に潜入するための教育係として捕らわれていたのだ。
僕が美咲嬢にダイレクトメールを送って山葉さんの意向を伝えると、彼女は問題ないと回答してきた。
「美咲さんは了承してくれました。次はクラリンと雅俊に連絡してみます」
僕は陽炎が浮くような道路の上を歩きながらクラリンと雅俊にダイレクトメールを送って奥多摩で遭遇した妖の子供二人と再会しないかと持ち掛けたが、二人とも即座に参加すると回答した。
「二人の反応はどうだった?」
山葉さんが気がかりな表情で答えるので僕は笑顔を浮かべて二人の返事を伝える。
「クラリンも雅俊もあの二人に会いたいそうです。日程的には仕事の都合があるので、土曜日か日曜日の方が良いみたいですね」
山葉さんは嬉しそうに言った。
「ふむ、コロナウイルス感染症の影響でクラリンたちと会う事すらままならない日々が続いていたから、今回のイベントにかこつけてちょっとしたパーティーが出来るくらいの食事を準備しておこう」
山葉さんは嬉しそうにつぶやいた。
水谷君との面会を行う日、山葉さんは店を臨時休業にする気合の入れようで、アシダカグモの妖の黒幕を捜すための聞き取り調査というより、僕たちの同窓会のような雰囲気となった。
美咲嬢は黒崎氏とツーコさんを伴って現れるし、カフェ青葉のスタッフも細川前オーナーをはじめ沼さんや木綿さんがクラリンたちに会いたいと集結したため、賑やかな雰囲気だ。
そこにクラリンと雅俊が連れ立って現れる。
「ウッチーご無沙汰でした。山葉さんも元気そうでなによりです」
クラリンは挨拶の途中で、山葉さんの足元でカフェエプロンを掴んで見上げている莉咲に気づいた。
「うわあ!もうこんなに大きくなったんですか。一人でちゃんと立てるんやなあ。こんにちは莉佐ちゃん」
クラリンがしゃがみ込んで莉咲に話しかけるが、莉咲は名前を呼ばれて笑顔を浮かべるものの、お母さんの後ろに回り込んで隠れようとする。
「今日は知らない人が大勢いすぎて恥ずかしいみたいだね。莉佐ちゃんご挨拶が住んだら二階でバアバと一緒に居ようか」
山葉さんは姿勢を低くすると莉咲の手を引いてバックヤードに連れて行く。
その間に、雅俊は温厚な笑顔を浮かべて僕に言った。
「ウッチーが一児のパパになるなんてすごいな。それに大学院でも博士課程に進んで末は栗田准教授の後釜に収まる予定やろ」
「いや、他にもすごい人は沢山いるからそこまで行けるかわからないよ。でも、博士課程を終えても、研究室に残れたらいいなとは思っている。雅俊こそ商社マンとして活躍しているのだろう」
「今やコロナウイルス感染症で何が起きるかわからないから大変だよ。それでも、うちの会社の場合、合成樹脂部門が頑張ったからそこそこ利益は上がっているよ」
僕はグローバルな企業は壊滅的な打撃を受けているのでは無いかと心配していたが、総合商社は利益を出していると聞き驚かされる。
「私は公務員やから、コロナ関係の給付金みたいな前例のない事務が目白押しで大変は大変なんだけど、飲食業界の人が苦しんでいるのを見るとなんだか申し訳ない気分になるくらいや」
クラリンはそれとなく僕たちを心配している雰囲気なので僕は慌てて説明した。
「ここの場合は去年の春の最初の緊急事態宣言の時は、テイクアウトメニューの販売しかできなかったりして大変だったけど、最近は客足も戻ってきつつあるからどうにかやっていけるよ」
僕が同級生の二人と互いの近況を話しているうちに山葉さんも戻り、そろそろ事前に連絡した時間になりつつあった。
そして、カフェの入り口のドアベルが鳴ると見覚えのある少女が姿を現した。
「コンちゃん!」
クラリンが叫ぶと店内に入ってきた霧島未来さんは大きく目を見開きそしてクラリンに駆け寄った。
「お母さん!」
クラリンと未来さんの二人はしっかりと抱き合っている。
事情が分からない細川さんは怪訝な表情で僕に尋ねた。
「クラリンがお母さんってどういうことなの?」
「それはですね。しばらくの間クラリンが母親代わりとして彼女ともう一人の男の子の面倒を見ていた時期があるのですよ」
細川さんはわかったようなわからないような表情だがそれでも口をつぐみ、クラリンは不思議そうに未来さんに尋ねる。
「私はどうしコンちゃんやゴンのことを忘れていたんやろう。奥多摩の山を下りて別れた後も二人が落ち着いたら絶対会いに行くつもりやったのに」
未来さんが口ごもっていると、美咲嬢が代わりに説明する。
「申し訳ありませんわ。実はクラリンさんをはじめとする方々が頻繁に彼女たちと接触すると情報漏洩の危険があると判断して黒崎があなた方の記憶を軽くマスクしていたのです。つまり記憶を消したわけではないけれど、きっかけがないと思い出せない状態ですわね」
クラリンは唖然とした表情で美咲嬢に言った。
「ひどい、私たちが情報を漏らしたりするわけがないのに」
「すいません。当時はあなた方との付き合いも浅かったので信用しきれなかったのです」
黒崎氏が申し訳なさそうに告げ、あっさり謝られてしまったのでクラリンもそれ以上追及するわけにもいかずその話はそこまでとなった。
やがて、入り口のドアベルが再び鳴り、今度は未来さんと同年代の少年が姿を現す。
「あれってゴンちゃんなのかな?」
クラリンがつぶやくと、未来さんも自信なさげに答える。
「多分兄者だと思います、何分私も長い間会っていないので」
未来さんが答える間に少年は店内に入ってくる。
僕たちの前に現れたのは、意外と線が細く内気そうな雰囲気の少年だった。
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