第295話 山葉の失踪

「山葉さんを探しに行く」

僕はガレージに置いてあるヘルメットを引っ掴むと、自分のバイクであるGSX400のエンジンをかけようとした。

「ウッチーさんバイクで探しに行くと言っても、山葉さんが出かけたのはかなり前のようですよ。探すあてはあるのですか」

慌てふためいて闇雲に動いていた僕の動きはぴたりと止まった。

「どこに行ったのか見当もつかない」

僕の返事を聞いて祥さんがため息をついたのがわかる。

僕は思考停止していた脳を急き立てて必死に彼女の行方を推理しようとした。

そもそも、恵理子さんの母親が山葉さんを乗っ取ったと言うのなら、彼女に所縁のある場所に行こうとするはずだ。

「とりあえず、美咲嬢のカウンセリングセンターに行って優菜ちゃんを訪ねていないか確かめてみよう」

僕が再びエンジンをかけようとすると、祥さんが再び僕を制止する。

「ウッチーさん、まだ早朝なのだからせめて電話してから行きましょうよ。私はその間に着替えてくるから一緒に連れて行ってください」

ぼくは無言でうなずいて、美咲嬢の事務所に電話をかけ始める。

数回のコールで応答したのは黒崎氏だった。

僕が山葉さんが消えた経緯をかいつまんで説明し、彼女が優菜ちゃんのところに行っていないかと尋ねると、黒崎氏は彼女が優菜ちゃんを連れだしたと話す。

「山葉さんの様子におかしなところはありませんでしたか」

僕の問いに、黒崎氏は困惑した雰囲気で答える。

「見た感じは普段通りでした。美由紀さんの件で恵理子さんに話しておきたいことが有るので、優菜ちゃんも一緒に連れていきたいとおっしゃるので言われるとおりに優菜ちゃんを起こして同行させたのですが」

「落ち着いた感じだったとしたら、危険は少ないかもしれませんが、それでも何が起こるかわからないので至急彼女を連れ戻したいのです。恵理子さんの居場所を教えてください」

僕が速口に要請すると、黒崎氏は一度美咲所長に相談したいと言う。仕方なく通話を切ろうとした時、スマホから美咲嬢の声が響いた。

「ウッチーさん話は聞きました。恵理子さんの霊の仕業なら私も一抹の責任がありますから一緒に行きます。とりあえずこちらに来てください」

僕は先方が状況を把握してくれたのでほっとして通話を切った。

気ばかり焦っていたが、周囲の人々は状況を理解して協力してくれる。

僕は次第に落ち着きを取り戻していた。

GSX400Sのエンジンをかけ、多少オイルが温まったころに祥さんが二階から降りてきたが、彼女は巫女姿に着替えていた。

「祥さんどうしてその恰好に着替えたんだ」

僕が尋ねると祥さんは憤然と僕に答える。

「どうしてって、山葉さんは流派こそ違うけれど私が修行に来た師匠ですからね。不幸にして死霊に取り憑かれたと言うのなら私以外にだれが祓うのですか」

御幣まで手にした彼女を見て、僕は山葉さんを見つけた後のことを何も考えていなかったことに気が付く。

「ありがとう。美咲さんも協力してくれるそうだから、とりあえず彼女のところまで行こう」

僕は山葉さんのヘルメットを手渡すと祥さんをタンデムに乗せてバイクで美咲嬢の研究所に向かった。

歩いて行けるほどの距離をバイクで走れば一瞬だ。僕たちが到着したときには美咲嬢の女性問題研究所のガレージのシャッターが開き、黒崎氏がミニバンの運転席から手招きしていた。

僕はGSX400Sを空きスペースに雑に止めると、ミニバンのスライドドアから乗り込み祥さんもその後から続く。

「私が余計なことをしたばかりに山葉さんを危険に晒していることをお詫びしますわ」

詫びの言葉を口にしながら助手席から僕たちを振り返った美咲嬢は、祥さんの装束に気が付いた。

「あら、あなたも巫女さんだったのでございますね。ちっとも気が付きませんでしたわ」

「祖父に山葉さんの仕事ぶりを見てくるように送り込まれたのです。彼女に何かが取り付いていたら私が必ず祓います」

軽い雰囲気の美咲嬢の言葉に祥さんは気負う様子もなく答える。

「それは頼もしいですわ。私たちには人と比べて少し欠けている部分があり、それが来世とかあの世と呼ばれるものに対するとらえ方なのです。問題の霊を捕捉したらあなたが送ってあげてくださるかしら」

以外なことに美咲嬢は山葉さんの行方を掴んだ後の浄霊を祥さんに託し、祥さんはゆっくりとうなずいた。

黒崎氏はミニバンを恵理子さんの自宅へと走らせているのだが、僕は先ほど電話した際に感じた疑問をぶつけた。

「黒崎さん、美由紀さんというのは恵理子さんの母親のことですよね。山葉さんは自分からその名前を口にしたのですか」 

「ええ、そうですけどそれが何か?」

黒崎氏は意外そうにチラッと僕を振り返ったが、運転中なのですぐに視線を前に戻す。

「僕たちは恵理子さんの母親の名前を知らされていなかったのですよ。彼女がその名前を口にしたと言うことは、美由紀さんの霊が体を支配しているのかもしれない」 

「それはまずいですね」

黒崎氏はいつになく車を飛ばしている。助手席にいる美咲嬢はスマホを操作しながら僕に告げた。

「恵理子さんと連絡を取ってみます。可能なら山葉さんを引き留めておくように頼んでみますわ」

通話を始めようとする美咲嬢を遮るように黒崎氏が告げる。

「もうすぐ恵理子さんの自宅に付きますよ」

黒崎氏は住宅地の細い路地にミニバンを乗り入れていた。

「あそこで道路を塞いでいるのは山葉さんの車みたいですよ」

祥さんが指摘する通り狭い路地の真ん中に置かれているのはまごうことない山葉さんのWRX-STIだった。

黒崎氏は、状況を把握すると速い速度でバックして、多少道路が広い部分にミニバンを停車させる。

僕たちはぞろぞろと、恵理子さんの実家まで歩いたが、黒崎氏は玄関前の道路に鎮座したWRX-STIを見て足を止めた。

「僕がここに残ってトラブルになりそうだったら対応します」

「わかった。頼むぞクロ」

美咲嬢は短く答えると、恵理子さんの実家の玄関ベルを押す。

応対に出たのは初老の男性だった。どうやら恵理子さんの父親らしい。

「今、お宅の紹介で祈祷を行ったと言う女性が優菜を連れてきたのですが、話すことが要領を得ないうえにに優菜まで妙なことを言い始めたのでどうにも困っていたところでして」

「大変ご迷惑をおかけしております。私どもが対応しますわ」

初老の男性は僕たちをリビングルームに招き入れた。

そこでは、山葉さんが茫然自失と言った雰囲気で佇んでおり、その前には涙で顔を濡らした恵理子さんが立っている。

そして山葉さんの横に優菜ちゃんが 淡々とした表情で立っていた。

恵理子さんは美咲嬢の姿を認めると口を開いた。

「七瀬先生、優菜がこの人に私の母の霊が取り憑いていると言うのですが本当ですか」

「本当のことですわ。元々はあなたを守るように寄り添っていたのですが、私が中途半端な除霊を行ったために彼女に憑いてしまったのです」

美咲嬢が手短に説明している間に僕は山葉さんに近寄る。

「山葉さん、大丈夫ですか」

僕は声をかけながら、彼女の腕に手を触れようとしたが、弾かれたように後ろに放り出されていた。

祥さんはフローリングに転がった僕を見て、表情を険しくして前に進み出たが美咲嬢は片手をあげて祥さんを止めると静かな口調で呼び掛けた。

「美由紀さん、私の声が聞こえますか」

「ええ、聞こえますよ

美咲嬢の呼び掛けに応えたのは、山葉さんではなく、優菜ちゃんだった。

山葉さんに取り憑いた美由紀さんの思考を優菜ちゃんが読み取って通訳するという、ややこしい状況となっているようだった。


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