第208話 エージェントとパンケーキ

自動車で旅をすると往々にしてファミリーレストランを使うことが多くなる。

駐車場が確保できるしカーナビを使えば探しやすいうえ、提供されるサービスに「はずれ」がないので時間がないときは便利だ。

しかし旅行先の雰囲気や地元の特産品は味わい損ねるので、出来れば地元の美味しいお店を探したい。

凄腕退魔師の瑛人さんのエージェント的な役割を果たしている小林さんはその辺に気を使ったらしく、待ち合わせの場所は地元の有名店らしいものすごくお客さんが多いカフェだった。

「遠路おいでいただきありがとうございました。私も知らない間に瑛人さんが自分で連絡を取っていたので驚いていたのですよ」

僕たちが案内されたのはオープンテラスの4人掛けのテーブルだった。テーブルには予約席の札が置いてあったのでどうやら小林さんが予約したらしい。

そのカフェには広い庭園があり沢山の花が咲き乱れている。

庭園の先には蔵王連山も見える気持ちの良いロケーションだ。

「あなた達なら相談に乗ってくれそうな気がしたので」

瑛人さんはボソボソと喋り、その言葉は途中で途切れた。

小林さんは、彼の顔を見て気がかりそうな表情を浮かべたが、気を取り直したように山葉さんにメニューを勧める。

「このお店は自家製パンケーキが名物なのですよ。お二人はカフェで働かれていると聞いていますから、田舎風に見えるかもしれませんが地元では人気があります」

山葉さんはメニューをめくりながら目を輝かせていた。

「田舎風だなんてとんでもない。このパンケーキの器がものすごくかわいくて勉強になります。私はイチゴのトッピングを頼むので、ウッチーはこっちのベリーのソースにしなさい。ウッチーのお腹に余裕があるならココナッツも追加したいな」

メニューに並ぶのはスキレットで提供される分厚いパンケーキで様々なソースがトッピングされていておいしそうだ。

キレットとは一人用程度の小さなフライパン型容器のことで、柄の部分を花柄の布で覆い、器からはみ出そうなパンケーキとトッピングを盛りつけたところは童話の挿絵に出てきそうな絵柄で、山葉さんは素で喜んでいる。

彼女はいろいろな種類を食べたいので僕とシェアするつもりなのだ。

山葉さんはオーダーを取りに来たお店の人にパンケーキのことをひとしきり尋ねているが、僕は瑛人さんの様子が気になっていた。

彼はもともと引きこもり系の人なので寡黙なのはわかるが、表情がよろしくないし、相談してきた内容が彼にどう関わりがあるのかが謎だった。

オーダーをし終わったところで、山葉さんは瑛人さんに向き直った。

「さて今回のランドセルの小学生の件だが、面倒くさいから私たちに任せたという訳ではないだろう。何故あの子を浄霊するのに躊躇しているか教えてもらおうか」

瑛人さんはさっきからテーブルに置かれたコップのコースターをじっと見つめていたが、顔を上げないまま言った。

「あの子は自分が死んだことを自覚していない。そんな状態でいきなり引導を渡すのはどうかと思って悩んでいるのです」

引導を渡すとは仏教の僧侶が死者が迷うことなく悟りが開けるよう、つまり死んだことを死者に理解させる法語や経文を唱える行為の事だ。

「そうか、死霊が見えるものにとって、それは避けては通れない問題の一つだ。あなたは自分の強い力に頼って、浄霊される霊のことなど気にもかけないタイプかと思っていたが、そのことで悩んでいるのを知って安心したよ」

山葉さんは割ときついことを言いながら、庭園に咲く花々を見てさわやかな笑顔を浮かべている。

瑛人さんは顔を上げると、おそらく今日会って以来初めて山葉さんの顔に視線を投げた。

「ひどい言われようですね。僕はあちらの世界の者たちが私たちの世界の秩序を乱すことが無いように心を砕いているのですよ」

「もちろん、分かっているよ。あなたの場合は生真面目なあまり少し強引なやり方を選ぶ傾向があると思ったのだが、随分成長されたものだね」

山葉さんが柔らかな笑顔を瑛人さんの方に向けると、彼はどぎまぎした様子で再び顔を伏せた。

瑛人さんは、大人の女性が苦手なのだ。

「今朝、山西さんにお会いして問題の小学生を目撃した場所に案内してもらったのです。僕たちが道端のボトルに気を取られている間に姿を現して、気が付いて後を追おうとしたら逃げ去ってしまったのです」

僕が今朝の顛末を話すと、瑛人さんがハッとしたように顔を上げた。

「もうあの子を見たのですか。私が見た時も同じようにさりげなく私たちの近くに来てこちらを見ていたのです。私が経文を唱えようとすると逃げ出して、追いかけても振り切られてしまいました」

彼が語る体験は僕の場合と共通点があるように思われた。追いかけても追いつけないことや、いつの間にか近くにいたという事などだ。僕は思ったままを口にする。

「僕が思うには、事故などに遭遇して死んだ人は地縛霊といってその場所から離れられないケースが多いと思うのですが、あの子の場合はまるで生きている子供のように自分の意志で動き回っているように思えるのでそこが不可解なのです」

瑛人さんはカフェのガーデニングに咲き乱れる花々の方を見ながら、その実その目には何も映していない雰囲気で答える。

「私の考えでは言い伝えに聞いたことがある神隠しに会った子供のような気がします。どこか他の世界に落ち込んで、この世の基準では死んでしまっているのにその世界で生き続けている霊魂が時折この世に戻っているように見える。私が浄霊を躊躇したのはそれが理由なのです」

「ほう、そんな考え方もあるのだな。私たちも手伝うのでぜひあの子の居場所を突き止めなければいけないね」

山葉さんは最初に届けられたイチゴがトッピングされたパンケーキに取り掛かりながら言う。

彼女は要領よく、僕とパンケーキをシェアするための取り分け用のお皿ももらっており、半分強の分量をそのお皿に取り分けてから僕によこして、自分はもぐもぐと食べ始めている。

「うん、このパンケーキのふっくらした食感と言い、フレッシュクリームと生のイチゴ、そして自家製のイチゴソースの組み合わせは最高だ。小林さんありがとう」

「いいえ、美味しいものを作っているのはお店のスタッフですよ」

小林さんは自分が褒められたようにうれしそうな顔をして答えた。その間にお店のスタッフの手で、僕たちの前にもパンケーキが並べられる。

僕は山葉さんがしたように、自分の前に来たラズベリーソースとフレッシュクリームが乗ったパンケーキを山葉さんのために取り分けながら一口食べてみた。

やわらかいパンケーキの食感と、甘すぎないラズベリーソースの甘酸っぱい味が口に広がる。

「本当だ美味しい」

僕がつぶやくと、山葉さんは周囲のガーデニングをうっとりと眺めながら言った

「うちでもこんなスイーツを提供したいな。そして、いつかは銀座のあたりに500坪くらいの土地を手に入れて庭園付きのカフェを開店したいものだ」

「銀座で牛を飼って酪農するのと同じぐらい無理ですよ」

山葉さんは時々非常識な天然ボケをかましてくれるので、最近は僕の突っ込みも板についてきたようだ。

「言下に否定しなくてもいいではないか。夢は大きく持たないとスケールの小さな人間になってしまうよ」

そんなことを言いながらも彼女はさらに持ってこられたココナッツソースのパンケーキを機嫌よく突ついている。

僕は瑛人さんが自分のパンケーキに手も付けず、あきれ気味に僕たちを見ているのに気がつき、慌てて言った。

「山西さんが小学生をよく目撃した、国道沿いに家が3軒並んでいるあたりに一緒に行ってみませんか。もう一度あの小学生に会うことができるかもしれない」

「私もそう思っていました。お時間の方は大丈夫ですか」

瑛人さんが安堵したような表情で僕に問う。

「もちろんですよ。私たちはそのために来たのですから」

山葉さんはココナッツソースのパンケーキを取り分けたお皿を僕によこしながら言った。

取り分けてある分量はかなり多めだ、大きなパンケーキを都合2人前近く食べる羽目になった僕はちょっと胸焼けしそうな気がしていた。

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