第126話 盗聴器の使い方

警察署を出た僕たちは、阿部弁護士の車に乗り込んだが、阿部弁護士は車に乗らずにスマホで誰かと通話している。

通話を終えてドライバーズシートに乗り込んだ彼はエンジンをかけながら僕たちに告げた。

「次は、被疑者の友人の金崎由香さんのお宅に行きましょう。山葉さんを犯罪プロファイリングの専門家に仕立てて内村君と沼さんはその助手という設定で行きます」

被害者の所に押しかけていいものかと気になるが、アポイントメントを取っているので問題ないのだろう。

阿部弁護士が駐車場から出ようとした時、何か考え込んでいた山葉さんが唐突に言う。

「少し寄り道してもらっていいですか」

「いいですよ。どこへ行けばいいのですか」

阿部弁護士が鷹揚に答えると、山葉さんは阿部弁護士の車のカーナビをいじり始めた。

彼女は電話番号で入力したらしく、あっという間に目的地が設定されている。

「七瀬美咲のオフィスです。ある品物を貸してもらうつもりです」

「へえ、いったい何を借りるつもりですか」

阿部弁護士が尋ねたが、彼女はスマホの通話を始めていて片手で先生に謝る仕草をしていた。

「もしもし、ああ、黒崎さんか。別役ですけど、ちょっと貸していただきたいものがあるのですが。以前お七瀬さんからお話をいただいたやつを、ええそうそう、398メガヘルツから399メガヘルツ辺りが使えるやつがいいですね」

通話相手の声は聞こえないがどうやら山葉さんは黒崎氏と話しているようだ。

「はい、これから伺います。手間を取らせて申し訳ない」

山葉さんは通話を終えると阿部弁護士に告げる。

「貸してくれるそうです。ナビの案内に従って目的地までお願いします」

「はいはい」

阿部弁護士はスムーズな運転で走行し、程なく見覚えのある洋館の前で止まった。

正面の門はバラをアーチにした凝った作りだが今は茎だけが見えている。鉄製の重厚な門扉の横には看板があるがそこには七瀬カウンセリングオフィスと書かれていた。

「事業所名が変わっていませんか。」

「そうだね、きっと彼女の気まぐれで名前変えたとかいう話じゃないかな、。」

僕と山葉さんが看板を見ながら他愛のない話をしていると、ゲートを開けて美咲嬢が現れる。

「黒崎から話は聞きましたわ。彼はデートの約束があったみたいで私に押し付けて出かけて行きましたの」

「ありがとう助かるよ」

山葉さんは美咲嬢が差し出す機械を受け取った。

「妙な組織に盗聴されている疑いでもおありかしら」

美咲嬢は心配そうな表情を浮かべる。以前、物騒な団体に襲撃まがいのことをされたのでそれ以来彼女は気にかけてくれていたのだ。

「いいえ。今回は阿部弁護士の依頼者のために使うだけだよ」

「そう、それならよろしいですわ」

美咲嬢が笑顔を浮かべた。

再び車に乗り込んだ山葉さんに阿部弁護士が尋ねた。

「何を借りて来たんですか」

「盗聴器が出す電波を受信する装置です。買いに行くと時間がかかるので物持ちがいい彼女に貸してもらったのです」

山葉さんは装置の電源を入れて、調整をし始めた。機械からはホワイトノイズに交じって時折り、人の声らしきものも聞こえる。

「金崎さんの部屋に盗聴器が仕掛けてあると思うのですか」

僕は後部座席から尋ねた。

「おそらくな」

山葉さんは短く答える。

「一体誰が盗聴器を仕掛けたのでしょうね」

沼さんが聞くと山葉さんは、自信ありげに微笑を浮かべる。

「それが判明したら、今回の件はほぼ解決したようなものだ」

「何だか頼もしいな、よろしく頼みますよ」

阿部弁護士は隣にいる山葉さんにちらりと視線を投げてから、本来の目的地である金崎さんのお宅を目指して車を走らせた。

金崎さんのマンションに着くと、彼女は僕たちを部屋の中に招き入れてくれた。

「お休みの日にすいませんね。今日はプロファイリングの専門家にも同行してもらいましたのでもう一度お話を聞かせてください」

「ええ、構いませんよ。私はしのぶが何故あんなことをしたのか知りたいと思っていますし」

被害者と被疑者側の弁護士という立場だが2人は友好的な雰囲気だ。

彼女は僕たちをリビングに通してくれた。室内は白を基調にしたシンプルなインテリアでまとめられていて、都会的なセンスだ。

しかし、一人住まいの部屋に4人も押し掛けると手狭な雰囲気だった。僕たちはローテーブルを囲み、ソファーが足りなかった僕と沼さんはクッションを借りてその上に座る。

「実は、しのぶの一件以来何だか薄気味が悪くなってこの部屋は使っていないのです。私自身も盗撮されているかもしれないと思うと、とても住む気がしませんから」

「それでは今はどちらにお住まいなのですか」

山葉さんが尋ねる。

「今は両親が住んでいる実家から仕事に通っています。新しい部屋が見つかったらここは引き払う予定です」

「なるほど、無理もありませんな。この部屋に盗撮用のカメラがないか調べてもらいましたか」

阿部弁護士が尋ねると彼女は周囲を見回した。

「管理会社に頼んでカメラがないかチェックしてもらったのですが、天井裏まで見てもそれらしいものはなかったそうです」

山葉さんは彼女の顔を見ながらおもむろに言った。

「よかったらバスルームを見せていただけませんか」

「ええ、かまいませんけど」

金崎さんは怪訝な表情を浮かべる。

ぼくは、プロファイリングの専門家が家の中を調べるのはおかしいと言われるのではないかと気が気ではない。

バスルームに入った山葉さんは周囲をくまなく調べたうえで、天井にある点検口を開けようとした。

「管理会社もここは調べているのですね」

「ええ、確か見ていたと思います」

入り口から覗く金崎さんが答える。

山葉さんはユニットバスのバスタブのへりに立ち上がりさらに片足を洗面台にかけて天井の点検港を開けようとするが、角度が悪くてよろけてしまった。

「危ない」

僕が慌てて支えると彼女は言った。

「ウッチーちょうどいいからそこにそのまま立っていてくれ」

彼女は片足を洗面台に残し、もう片方の足を僕の肩にかけて、肩から上を点検口の中に入れてのぞき込む。

「何かありましたか」

山葉さんは自分のスマホのライトを転倒させて中を照らしながら、ぼそっと答えた。

「確かに、カメラは設置されていないようだな」

確認を終えた彼女はバスルームを出ると、今度は廊下の天井に目をやった。

そこには電気配線の点検用の四角い点検口の枠があった。

「ウッチー今度は私を肩車して持ち上げてくれ」

「え、肩車するんですか」

「なんでそんな重そうな声を出すんだ」

「誰もそんなこと言っていませんよ」

彼女の無茶振りを僕は努めて平静にかわす。

結局、僕は山葉さんを肩車して天井近くまで持ち上げた。

「ふむ、ここに2センチメートル足らずの丸いキャップが付いているが、これはおそらく新築当初は無かったものだな」

「どういうことですか」

金崎さんは口を押えて気味悪そうな表情だ。

「おそらく、何者かがあとから穴をあけてそこに蓋をつけたのでしょうね。」

僕たちはバスルームの見聞を終えてリビングルームに戻った。山葉さんは今度は自分のバッグから借りて来たばかりの盗聴器の電波探知装置を取り出した。

電源を入れた彼女は本体を片手に持ち、本体にコードでつながった棒状のアンテナらしいパーツを周囲に向けてみせた。

「電波が出ている反応がある」

「本当ですか」

金崎さんの顔色は心なしか青ざめた。

山葉さんは探知機をあちこちに向けながら部屋の中を歩き始めた。そういえば、先ほど反応があると言った時に少しタイムラグがある音声が本体から聞こえたような気がする。

山葉さんが歩き回ると本棚の前やテレビの辺りでピーと言う高い音が本体から響いた。

「ハウリングしているみたいな音ですね」

「いや、本当にハウリングしているのだ。ハウリングとはスピーカーから出た音を入力元のマイクが拾ってしまった時に発生する。これは盗聴器の電波を拾って、本体から盗聴している音声を出すので、盗聴器本体に地下づくとがハウリングするのだ」

山葉さんはテレビやブルーレイレコーダーの電源を取っているコンセントの三ツ口タップにマイクに近づいた。ハウリング音が一層大きくなる。

そして山葉さんが三ツ口タップをコンセントから引き抜くとハウリング音は止んだ。

「このタイプの盗聴器はコンセントから電源を供給できるので半永久的に盗聴が可能になるそうです」

山葉さんはテレビとブルーレイの電源コードを引き抜くと、三ツ口タップを僕に投げてよこした。

その瞬間、どんよりとした思念が僕の頭に流れ込む。

オフィスで仕事をする金崎さんの横顔や、自室のバスルームで入浴中の彼女の姿が次々と浮かび、彼女を手に入れたいという欲求が湧き上がってくる。

「うわあ」

僕は三ツ口タップを放り出していた。

僕はタップに残っていた盗聴の犯人の思念を拾ってしまったのだ。

金崎さんが物問いたげな視線を僕に投げるが、僕は今の出来事を話す訳にもいかない。

その様子を見て取ったのか、山葉さんが立ち上がった。

「これで、盗聴される心配はありませんよ。念のためにみんなで部屋の外の通路も点検してみましょうか」

彼女に促されるままに居合わせた全員は部屋からマンションの通路に移動した。

マンションの通路は割と広めに設定されていて、外側はコンクリート製のフェンスとなっている。

沼さんはガスの点検用の扉を開けて中を改めているが、山葉さんはフェンス側に行くと皆を手招きした。

皆が近寄ってくると山葉さんは小声でしゃべり始める。

「実は室内にもう一つ盗聴器が残っていて今も盗聴電波を発信しています」

金崎さんがヒッと小さな声を上げた。

「本当かね。それではどうしたらいいのだろう」

阿部弁護士が困惑した表情で尋ねる。

「警察にも立ち会いを頼んで犯人をおびき出しましょう。盗聴器を発見することができたので金崎さんが安心して部屋に戻ってきて生活を始めるというシナリオです。彼女がいつも生活している通りの物音を立てたら犯人が出てくる可能性があります」

「やはり私も盗撮されていたのですか」

金崎さんが青い顔で尋ねると、山葉さんは気の毒そうな表情で言った。

「金崎さんは玄関わきのげた箱の上にかごを置いて、帰ってきたら部屋のカギをそこに入れていましたね。普段近所に出るときに施錠しない習慣があると外に出ている隙に玄関のカギの型を取られて合いかぎを作られる可能性があります」

「それでは、犯人が部屋の中に出入りしていたということなのかね」

阿部先生が意外そうな表情で聞く。

「そうです。それゆえカメラは発見されなかった」

山葉さんの口角が上がっていた。ちょっと不謹慎だが彼女は謎解きを楽しんでいるようだ。

「私そんな状況で普段通りに部屋で暮らすなんて無理です」

金崎さんは後ずさりしながら言う。無理もない話だ。

「私が身代わりになりましょう。あなたと私は背格好が似ています。マスクでごまかして帰宅すれば相手も疑わないはずです。あなたが普段帰ってからどんなことをするか教えてもらえますか」

「どんなことと言われても」

彼女は口ごもった。山葉さんの言う意味がよくわからないのだ。

「帰ったら最初にトイレに入るとか、まずテレビをつけるとか人によってパターンがあるのです。犯人はおそらくあなたの生活パターンを知悉しているので普段の金崎さんと同じパターンで行動する必要があります。そのうえでバスルームでお風呂に入り始めたら犯人が現れるはずです」

金崎さんはいやいやをするように首を振った。彼女は日頃から盗聴犯人に自室に侵入されていたことを認めたくないのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る