同級生

第48話 同級生の想い出

長い春休みも終わりに近づいた頃、僕と雅俊は山葉さんの祈祷の仕事を手伝うために逗子の市街にほど近い海岸にいた。

丘の上の白亜の外観の建物は、一見すると小洒落たホテルのように見えるが、その建物はホスピスだった。

末期癌患者を対象に、痛みを押さえる緩和ケアを行う施設だ。

数日前に山葉さんに病人祈祷の手伝いを頼まれ、僕は友人の雅俊を誘ったのだった。

山葉さんはカフェの従業員だが、オーナーの細川さんとの間に暗黙の協定があり、依頼を受けた場合は陰陽師としての活動もしているのだ。

「着いたぞ。道が空いていたから早かったな」

山葉さんはホスピスの駐車場に細川オーナーに借りたBMWのM3を乗り入れた。ぼくが助手席、雅俊が後部座席に乗っている。

ぼくと雅俊も白衣と袴を着込み陰陽師の助手の出で立ちで、白衣と緋袴の巫女姿でBMWを運転する彼女はミスマッチだが格好が良かった。

車から降り立った僕たちはトランクから祭祀に使う道具が入ったプラスティックのケースを取り出す。

「この紙で作ったのは毎回新しく作り直すんですか」

プラスティックケースを抱えた雅俊が尋ねた。

「それは式神というものだ。祈祷によって種類が違うからその都度私が作っている」

山葉さんが答えた。

彼女のしゃべり方はボーイッシュだが、表情は優しい。

亡くなった彼女の祖母が手漉きで作った和紙を日本刀で切り出して作った式神は、複雑な造形で顔もついており、山の神とか水神等様々な神々を現しているのだ。

幸いなことに、山葉さんは日本刀を持ち歩くと銃刀法に定植することは認識しておりカフェ青葉から外に出て儀式お行う場合は事前に日本刀を使って作成する式神等を準備しているのだ。

ホスピスの玄関からロビーに入ると今回の依頼主の田代さんが待ち受けていた。

僕たちは、一階のロビーにある応接セットで今日の祈祷の打ち合わせをすることになった。

「お願いしたいのは、私の友達の宮崎佐知子の病気回復のための祈祷です」

田代さんは、静かな口調で言った。

「病状はどのような具合ですか」

山葉さんが尋ねると田代さんは少し驚いたようだ。陰陽師に病状を聞かれるとは思っていなかったのだろう。

ぼくも何回か同行したが、病気療養の祈祷を頼む家族や友人も本気で治癒を期待している人は希だった。

現代医学で打つ手が無くなって、様々なことに手を伸ばしたうちの一つがいざなぎ流の祈祷なのだろう。

おそらく田代さんも同様な状態で、陰陽師は定型的に祈祷を行うだけの存在と思っていたのかもしれない。

だが、山葉さんは病状を聞いて、それに対応して祈祷を変えるつもりだった。

彼女も自分の祈祷が万能だとは思っていないはずだが、やるからには万全を尽くすのが彼女の性格だった。

「佐知子はステージⅣの乳ガンです。手術はしたのですが肺や肝臓に転移しています。肺から骨転移も起こしているので痛みも出ています」

田代さんは平静な口調で告げた。

「それでは、今は緩和ケアしかしていないのですね」

山葉さんが重ねて尋ねると、田代さんは首を振った。

「彼女の家族が懸命になって治療をしてくれる医者を捜して、最近まで保険外治療で放射線療法を受けていました。でも、腹水が溜まってきたので、そのお医者さんからも少なくとも腹水が溜まらなくなるまでは治療を中断すると言われて、ここに転院したのです」

ぼくは、周囲の空気が重苦しくなったような気がした。雅俊も同様らしく、ロビーの窓から見える海を黙って見ている。

「重篤なのですね。本来なら押し加持祈りといって三日間かかる祈祷を行いますが、一時間というお話ですから、出来る範囲の祈祷をして、残りの必要な儀式は帰ってからしておきます」

山葉さんは静かに説明した。僕たちにも来る途中、今日は帰りにみてぐらを埋めに行くと話していたのを思い出した。

「よろしくお願いします」

田代さんは神妙に答えた。

僕たちを迎えに来る前に話をしていたらしく、佐知子さんは病室で待っているという。

僕たちは早速祈祷を開始することになり、田代さんは席を立って僕たちを案内した。

病室は一人部屋で、オーシャンビューの居心地のよさそうな部屋だ。

「あら、今日は巫女さんを呼んでくれたのね。可愛らしくていいわ」

佐知子さんが僕たちを目にして感想を漏らすと、田代さんが答えた。

「神社の巫女さんを借りてきたのと違って、いざなぎ流の陰陽師なの。きっと霊験あらたかよ」

「フフッ。きっとそうね」

会話の端々から二人が仲がいいのが伺われた。

祈祷は部屋の中でしめやかに行われた。

山葉さんは病人祈祷の中核の部分である「五体の王子の行い」をすると言っていた。

「五体の王子の行い」とは神霊の持つパワーで病気の根源となる者達を攻撃する祈祷だという。

山葉さんは弊を持って舞うように祈祷した。

病室には祭文を読む山葉さんの声と、弊が風を切る音だけが響いた。

儀式を終えると、部屋に安置していたみてぐらをくくり、天神の五つの印を打った。

今回は、梱包したみてぐらを九体の方角に送るのだという。要するに、帰りに適切な方角に埋めていくということだ。

祈祷が終わると、僕たちはしずしずと片付けをした。

「祈祷の主だったところは終わりました。お大事に」

営業用スマイルで微笑む山葉さんに佐知子さんが会釈して、僕たちは部屋を後にした。

ロビーまで降りたときに、田代さんが追いついてきて僕たちに声をかけた。

「すいません。少し話を聞いてもらえませんか」

「ええ、いいですよ」

山葉さんが答えた。

ぼく達は話を聞くために再びロビーのソファーに座った。

田代さんは少し間をおいてから話を切り出した。

「私と佐知子は高校の同級生だったんです」

何となくそんな雰囲気を感じていたので、僕たちはうなずく。

「高校生のころ、私たちは仲が良かったのですが、高校三年生の一時期、二人とも一人の男子に思いを寄せたことがあるのです。浅野真一君というクラスメートでした」

田代さんは少し顔を赤らめた。僕たちは話の合いの手を入れにくくて黙ったまま続きを待った。

「彼は部活とかはしていませんでしたが。背が高くて成績も良く、格好いい人でした。私も佐知子も何かにつけて彼に近寄って話しかけたりしていたのです」

結構積極的だったんだな。ぼくは話の行方が見えないままぼんやりと考えた。

「でもお互いに牽制し合ってそこから先に進めなかったのです。ある日、私たちは二人で話し合って浅野君にメールを送ることにしました。彼につきあって欲しいという趣旨を書いた上で、日時を指定して呼び出す内容でした」

「どっちが?」

ぼくと雅俊が同時に聞いた。

「それが、高校生のすることなので、フリーのメアドを作って差出人がわからないようにした上で、彼を呼び出したのです」

「それでは彼も返事のしようがないでしょう」

今度は山葉さんが突っ込みを入れた。

「メールの文面を読めば私たち二人のどちらかだと特定できる内容にしました」

ぼくは、浅野さんがさらに困るのではないかと思ったが黙っていた。

「抜け駆けをしたくないから、彼にどちらか選ばそうとしたのですね」

山葉さんが問いかけると田代さんはうなずいた。

「そうです。私か佐知子のどちらかに宛てた返事をしてくれたら、返事をもらった方が彼に会いに行こうと話したのです」

男子だったらロシアンルーレットで決闘するよなものだろうか。

「それでどちらに返事が来たのですか」

話の途中から熱心に聞き耳を立てていた雅俊が待ちきれなくなって聞いた

「思ったようにはいきませんでした。彼もうかつに誰に宛てたかわかるような返事はしないで、指定された場所に行きますとだけ返事をしてきたの」

山葉さんも身を乗り出すようにして聞いている。

「約束の場所に佐知子と二人で行って物陰から覗いてみたら。彼は本当に来ていました」

「結局どうしたんですか」

山葉さんが尋ねると、田代さんはフフフッと笑ってから答えた。

「佐知子と相談して二人で彼の前に出て行きました。最初は狐につままれたような顔をしていた彼も、テーマパークに遊びに行こうって言ったら喜んで一緒に出かけてくれました。あの時は楽しかったわ」

結末がソフトランディングだったので僕たちの緊張の糸が一気にゆるんだ気がした。

「最近、佐知子がその時の話をよくするんです。楽しかったけれど、あのときの浅野君はどちらに会うつもりで来ていたのかって」

田代さんの表情は回想していたときの楽しそうな表情から一転してつらそうな表情になった。

「私はあの頃、浅野君は佐知子が好きなのではないかと思っていました。私がいたばかりに彼と浅野君の中が進展するのを邪魔してしまったのではないかと思って」

どうやら、僕たちに相談したいのはその辺りのことらしい。

「それで、私たちにどうして欲しいとおっしゃるのですか」

山葉さんが僕たちの思いを代表するように言った。

「陰陽師さんの力でその時の彼の本当の気持ちを確かめて欲しいのです」

思い詰めたように懇願する田代さんに、山葉さんはさらっと言った。

「浅野さんは今でも元気にされているのでしょう。本人に直接聞いた方が早いですよ」

ベストアンサーだと僕は思った。雅俊を見ると彼もうなずいている。

「私からはとてもそんなこと聞けません」

彼女は俯いた。

山葉さんは田代さんからゆっくりと視線を僕たちの方に移した。

「それは陰陽道よりも私立探偵的な仕事ですね。ここにいる二人は大学生で割と時間に融通が利きます。探偵として雇ってみてはいかがですか」

いきなり話を振られて戸惑った僕が雅俊を見たら彼は既に立候補の手を挙げていた。

「僕がやります。」

雅俊は謎解きとか探偵ものが大好きなのだ。

「お願いします」

田代さんは雅俊に深々と頭を下げた後、彼と報酬の相談を始めた。

逗子からの帰り道。僕たちは某山中に病人祈祷をしたときのみてぐらを埋めた。

山葉さんは埋める場所の四方にお米を撒いてこの土地を買ったことになるのだと言う。

「不法投棄で捕まらないうちに早く帰りましょう。」

ぼくが、世間の常識に沿って促すと彼女も立ち去ることに同意した。

車の中で山葉さんは僕たちに言った。

「田代さんからの依頼は、早めに着手してくれ」

「次の週末からではいけませんか」

雅俊が尋ねると彼女は頭を振った。

「ステージⅣの癌患者はいつ何が起きてもおかしくない。彼女にはもう時間がないのだ。現にお迎えが来ていただろ」

ぼくは、ホスピスの病室の片隅に妙に薄暗い影があったのを思い出して背筋が冷たくなった。

僕たちの顔を見比べた雅俊も事態を飲み込んだようだった。

「帰ったらすぐに浅野さんの消息を探します」

雅俊の言葉に山葉さんがうなずいた

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