#47 密会その2

・・・・・・・・・

 眠い眠いとボヤきつつもシフトをこなす京汰を尻目に、僕の足は教室から離れていく。

 廊下を歩けば、ダンス部の女子の固まりが前からやってくる。衣装姿で、メイクも濃くして颯爽と歩く彼女達は、オーラがすんごいことになってる。いわゆる陽キャの集まりがさらに存在感を増しているわけだから、生徒が思わず道を開けている。もはや保護者まで道を開けている。いや権力。大奥みたいじゃん!


 京汰と登校しているうちに、この広い学校の造りは大体把握できた。僕の場合は壁をすり抜けることもできるから、移動の仕方は多岐にわたる。

 意識的なのか、はたまた無意識なのか、僕は昨日の体育館に着いていた。

 入り口から様子を伺う。

 ……皆川先輩の横顔が見えた。やはり人間離れしたスタイルと美貌は、この人混みの中でも一際目立つ。ご両親の顔が見たいわ。スカウトとか来ないのかな。来ても蹴ってるのかな。

 今日の彼は昨日とは違って、試合を前にかなり集中しているようだ。こちらにくるりと背を向けて、ドリブルの練習を始めた。

 彼もきっと、華音が気になっている。皆川先輩まで虜にする彼女……すごすぎる。


 思ったより長く、ボーッと眺めていたみたいだ。

 華音が遠くから、僕がいる辺りを見つめていた。

 隠形していても、居場所は何となく分かるらしい。さすがの才能だ。


 僕がそっと隠形を解いてみると、華音の表情だけが変わった。やっぱり彼女以外に僕が視える人はいないらしい。

 華音は体育倉庫の方を小さく指差し、そこへ歩いていく。何だろうと思いながら、僕は従い、ついていく。


 倉庫の奥へ入ると、華音は小声で話しかけてきた。


「ゆうまくん。今日私、試合ないよ? だから膝も荷物も問題ないから大丈夫だよ! ありがとね」

『うん、知ってる。ただ会いたくて来た』

「えっ……」


 あれ、僕何言ってるんだろう。


『あ、や、そのまぁ、元気なら、良かった、うん』

「うん、元気だよ」


 彼女は少し戸惑いを見せながらも、優しく笑ってくれる。僕は勢いに任せて尋ねた。


『今日の告白タイム、見に行く?』


 きっと彼女はただの観衆ではなく、そのイベントの主役になるけれど。


「えーどうかな、友達が行くなら行くかもね。どうして?」

『あ、えっと、華音ちゃんはきっと人気で、多分そこでたくさん告白されて、僕なんかよりもっと素敵な人に……』


 途端に早口になる僕を、彼女は遮る。


「そんなたくさん告白とかされないって! 男子達にとって、私のことは多分色々いじりやすいだけだよ!」

『……華音ちゃんは、自分の魅力に気付いてなさすぎだよ』

「え?」

『可愛いし、優しいし、明るいし、話してて楽しいし、だから辛そうな時は助けてあげたくなる』


 一度話すと、堰を切ったように想いを伝えてしまいそうになる。

 けどその瞬間、脳裏に京汰の顔が浮かんだ。

 ……ダメだ。これ以上は、ダメだ。

 僕の姿など視えるまい、と思って始めた彼女のサポート。

 でも視えてしまった以上、これは立派な抜け駆けだ。応援すると約束したはずなのに。


「ゆうまくん……?」

『と、とりあえず、告白タイム行ってみなよ。きっと良い人と付き合えると思うよ』


 それが皆川先輩なのか、京汰なのかは分からない。

 でも僕には、こうすることしかできない。


 下唇を軽く噛み、俯いていると、腕を軽く掴まれた。僕はびっくりして彼女を見つめる。


「ありがとう。ゆうまくんの優しい所、私好きだよ。だから、これからも仲良くしてね?」


 彼女はゆっくり腕を離すと、じゃあね! と言って、コートへと駆けていった。



 そういう意味じゃないのは分かってる。

 でも、“好き”という言葉は、いつまでも僕の中で響いた。そして仄かな温かさを伴って、僕の体を優しく包み込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る