#23 大根は丁寧に扱ってね

・・・・・・・・・・・・・・・


「っっっしゃぁぁぁぁあ!!!!!!」
 



 不気味なほどの静寂に包まれた某F家のキッチンに、推定16歳の少年の雄叫びが突如響き渡った。そのけたたましい猛獣の如き鳴き声を聞き、思わず身をすくめ不覚にもビビってしまった同居人がいる。

 そう、それが僕、悠馬くんなわけである。


 
僕は学校での京汰の大失態、その上帰宅するや否や泣きつくという救いようのない態度にほとほと呆れていた。式神に愛想を尽かされる人間なんているんだな、って他人事のように思っていた。そんなわけで日々のお世話も疲れてきてしまい、というか試験終わったんだから最低限料理とか部屋の掃除くらいやってよ、という気分にもなり、僕は京汰の洗濯物だけは洗っていたけど、それ以外は放置した。慢性疲労ってやつかなって思ったりもした。もう口も出さなかった。


 だって親切心で色々言ってるのにさ、「消すぞ」とか「うるせぇこの野郎消すぞ」とか「お前の存在が煩わしい消すぞ」とか、存在否定ばっかりしてくるから。そりゃこっちも嫌になるわよ。

 怒っちゃう時くらいあります。だって、式神だもの。

 存在否定って立派なイジメよね。泣かずに耐えてる僕偉すぎる。勝さん褒めて。頭ぽんぽんしてほしい。切実に。
 



 でもまぁ、そんなセンチメンタルな気分でいた時に、先ほどの耳をつんざくくらいの雄叫びが聞こえてきたわけで。
 



『何よどーしたのよっ』


 
僕は久しぶりに、京汰に対して口を開いてしまったんだ。



 
僕が思わず京汰に反応すると、彼はこちらをくるりと振り返った。

 えーと、それ何持ってるの……あ、大根ね。そんな太い大根はまな板に置こうよ。こっち見られてもね、手に大根あるとそっちに集中しちゃうから。

 そう、気づいたね、置いて置いて。

 
とまあ、こんなくだりの後で。


「悠馬、俺気づいちゃったんよ、へへへ」
 



 何だこの気味悪い笑顔は。だから大根触るなってば。


「確かに平均点発表の時、俺とんでもないヘマしたよな。みんな引いてたよな。でもな、おバカキャラの俺がやってきたヘマなんて無数にあるわけよ、だから今回のだってその一部にしかならないと思うわけ。つまり、これからまたしれっと生きていけばいいじゃん的な? 俺のヘマなんてみんな頭おかしくなった、で済ませるはずだし。てな訳でメンブレ期間終了〜、俺は立ち直ったんだぞ悠馬! 偉いよな! 明日からまた明るく楽しく頑張るぜいっ」


 自分はあの学校屈指のバカだという自慢をここでぶっこまれても。それに頭おかしい、で皆に納得されるという状況こそおかしいと思わないのかな。あたおか(頭おかしい)がデフォルトって、冷静にどうなのよ。それと偉いのは京汰じゃなくて、この5日間もずっとお洗濯だけは欠かさずにやってた僕だと思うんだけどな。



『……今のは、何の宣言……?』


「だから、微妙な冷戦状態解除宣言! 悠馬、何も話しかけて来なかったし。まぁ俺も、勝手に泣いたり喚いたり責任転嫁したり、色々ごめんな」


 
……え。今僕に謝ったよね。あんだけ自己中で王様気質の藤井京汰が、自分の非を認めて謝罪したよね。

 待って待って、もしかしてもしかして京汰って実は超絶ツンデレの中身イケメン系男子?

 それとも——
 



「ちょ悠馬どこ見てんだよ、今窓から外見る意味あんのかよ」


 見る意味大アリだよ。今すぐにでも確認しなくちゃ。


『だって京汰が素直に謝ったんだよ、びっくりだよ。ひょっとするとこれはもう世紀末の可能性あるから、空から槍降ったり隕石落ちたりしないか気になって』
「あ?! 何が世紀末だよ?! やっぱ前言撤回っ! 冷戦は解除するけど二度と謝罪なんてしないからな、とにかく早く大根の皮剥けお前は、世話係だろ自分の役割忘れんなよこら」


 そう言って彼は、さっきまでベタベタと触っていた大根を僕に押し付ける。

 この人の頭上に隕石ジャストミートしないかしら、なんてとんでもなく不穏なことを考える。
 





 
……藤井京汰は、やっぱりただの自己中でムカつく王様気質の人間でした、はい。

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