第10話 何もない部屋

 それが終わると、伯父様はわたくしに目を向けます。


「オフィリア。君もこれを読み、納得したのであれば、ここに署名を」

「はい」


 執事を通して書類を渡されます。下には両親と兄、ミランダと伯父様の署名がしてありました。

 それに首を傾げつつ内容を読みます。


・オフィリアの元家族とその使用人は、今後一切、オフィリアに関わらないこと

・オフィリアは、元家族とその使用人に関わらないこと

・関わったり言いがかりをつけるなどの違反行為をした場合、罰金が科せられる

・罰金は、一回の違反行為につき、銀貨一枚とする

・例外として、学園行事の関係で仕方なく接触が発生する場合、その限りではない。ただし、故意に関わろうとする場合は、違反行為とみなす


 という内容のものでした。読んだ限り特に問題ないと感じましたし、貴族の家ですから銀貨一枚など安いものです。

 まあ、それが嵩むととんでもないことになりますが。

 しっかりと熟読し、納得しましたので、わたくしも署名いたします。

 学園にいる以上兄とミランダがどうでるかわかりませんが、わたくしから関わることなどありませんし、クラスも建物も、寮ですらも違うのです。学園や学年全体でやる催し物などがない限り、学園で会うこともないでしょう。

 注意すべきは専門の授業ですが、兄が取っている専門授業は把握していますし、わたくしが受ける専門授業をミランダが受けるとは思えません。

 そもそも、専門授業が受けられる能力がミランダにあるかどうかですね。そこは一ヶ月間の謹慎中に勉強すればいいだけのことなのですが……、ミランダのことですから、やらないという確信があります。

 それはともかく、署名が終わると、待っていてくださった執事に書類を渡します。すると、もう一枚、執事から書類を渡されました。そこには伯父様と父の署名があります。


「ああ、それと。オフィリア。それも読んでから署名を」

「はい」


 先ほどと同じように熟読いたします。

 内容としては、ジョンパルト伯爵家からカレスティア公爵家へ籍を移す。つまり、カレスティア公爵家の養子として入ることの承諾書でした。

 もちろん署名いたしました。


「書類は私が出しておこう。あとは私に任せて、必要なものを取ってきなさい」

「わかりました」

「それと。オフィリアの部屋にあるもので、私が持って帰るものはあるかい?」

「ございませんわ。全て、ジョンパルト伯爵令嬢に取り上げられましたもの。あるのは端切れが入っている木箱くらしですし、それは学園に持っていきますから」

「そうか。では、そのようにしよう」

「ありがとうございます」


 伯父様に礼をして下がり、応接室を出ました。元家族に挨拶は必要ありませんね。向こうも特に何も言いませんでしたし。

 まさか、伯父様の養子になるとは考えてもいませんでした。それがとても嬉しく感じ、小さく息をはきます。

 そのままわたくしの部屋へと向かいます。


「エドムンド殿下、マウリシオ様、アロンソ様。こちらがわたくしの部屋になります。持って行きたいのは、この箱ですわ」


 わたくしの部屋に案内しますと、三人が絶句なさいました。それほどにわたくしの部屋には、何もないのです。

 あっても机と椅子、ベッド。そして何も入っていないクローゼットくらいでしょうか。


「……なんというか」

「何もないのですね」

「ああ。驚くほどに」

「そうですわね。全て伯爵令嬢がいきましたわ」


 強欲すぎますでしょう? と冗談めかして言うと、三人はクスリと笑ってくださいます。

 ドレスや靴、鞄に装飾品。そしてぬいぐるみなど、両親が買ってくださったものは全てミランダの我儘により、彼女が奪っていきました。

 まあ、愛着が湧く前どころか手にした瞬間に奪っていきましたので、思い入れもありません。

 それに、ミランダの悪癖や両親たちの言動がありましたので、祖父母が譲ると言ってくださったものは、伯父様が保管してくださっています。ですので、ミランダに取り上げられることはありませんでした。

 それだけが救いでしょうか。中にはカレスティア公爵家所縁ゆかりのものもございましたし。


「ああ、箱だったね。これを持っていけばいいのかい?」

「はい。布がほとんどですので、重たいのですけれど……大丈夫でしょうか」

「それなら、僕が持って行ったほうがいいね」

「ありがとうございます、マウリシオ様」

「どういたしまして」


 マウリシオ様は既に空間魔法が使えるそうです。ですので、その空間にしまうことで、重たいものであろうと難なく持ち運べるのだとか。

 この家にはその手の本はなかったのですが、わたくしにも覚えられるでしょうか。これから授業で習うのが楽しみです。

 これで心残りはありません。十五年過ごしてきた部屋であはりますが、嫌な思い出しかないのです。

 まさか、学園に入学したことで、わたくしの人生が変わるとは思いませんでした。問題を起こしたミランダ……いえ、ジョンパルト家の伯爵令嬢と伯爵令息に感謝ですわ。

 養女とはいえ、これからは公爵家の娘になるのです。伯父様と伯母様に、そして兄と姉になるいとこに恥をかかせないよう、精進しようと思います。

 そんな決意を胸に、決別するように元わたくしの部屋の扉を閉めました。

 そのまま玄関のエントランスへと移動しますと、伯父様がいらっしゃいました。


「伯父様……」

「今日からはだよ、オフィリア」

「……っ! はいっ、お父様!」

「いい子だ。今週末は、馬車を差し向ける。一度公爵家へ来なさい。それまでに部屋を用意しておこう」

「はい。ありがとうございます」

「待っているよ」


 わたくしの頭を撫でた伯父様――いえ、お父様は、いつもわたくしに対して浮かべる、優し気な笑みを見せてくださいました。もちろんわたくしも嬉しくて、笑みを浮かべます。

 その後、お父様はエドムンド殿下とオビエス様とお話なさったあと、オビエス様を伴って馬車まで移動なさいます。お父様の家は王宮に近いですから、そのままオビエス様を送っていかれるのでしょう。


「オビエス様。本日はありがとうございました」

「いいえ。よかったですね、オフィリア嬢」

「はい。後日お手紙を書きますが、王太子殿下にもお礼をお伝えくださいませ」

「かしこまりました」


 もう一度お礼を伝えるとオビエス様は微笑まれ、そのままカレスティア公爵家の馬車に乗り込みます。すると、すぐに馬車は走り出しました。

 そのままお父様を見送ると、エドムンド殿下に促されたわたくしたちも馬車に乗り込みます。すぐに走り出した馬車に、詰めていた息を吐きました。

 物言いたげにこちらを見ていた執事長やメイド長を含めた、他の使用人たちのことは無視をしました。いくら魔法で操られていたとしても、仕える家の令嬢を冷遇したのです。

 許されることではありませんし、許すつもりもありません。


「お疲れ様」

「ありがとうございます。皆様がわたくしの背を押してくださったから、忌まわしい記憶しかない伯爵家に来ることができましたわ」


 本当に感謝しかありません。ずっと気になっていた木箱も回収できましたし。

 寮に帰りましたら、寮母様にお願いして、部屋に運んでいただこうと思います。さすがに殿方を女性しかいない寮内に入れるわけにはいきませんし。

 早く空間魔法を習い、収納できるようになりたいです。


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