第8話 制服と教科書の事情

 そんな様子を見た殿下と側近候補のお二人、オビエス様と伯父様が嘆息なさいます。そしてどうして魔力登録をするようになったのか、オビエス様と伯父様が話してくださいます。



 昔は、制服や教科書に魔力登録はされていませんでした。ところが、今から二十五年ほど前、事件があったそうなのです。


 婚約者のいる侯爵家の男性に近づいた男爵令嬢がいました。最初は男性も令嬢の馴れ馴れしい態度に困惑し遠ざけましたが、徐々にその距離が縮まり、いつの間にか恋仲になっていたのです。

 それを見た婚約者である侯爵令嬢は、当然の権利として男性と女性に何度も苦言を呈したのですが、どちらも聞き入れてもらえませんでした。仕方なしに自分と相手の両親に相談した結果、婚約を白紙に戻すことが決まったのです。

 それはそれでよかったのですが、白紙にするために奔走していた間、婚約者の女性を嵌めるために、男爵令嬢が男性に嘘をつきました。


 いわく、制服を破られた。

 いわく、教科書を破られた。


 女性が奔走している間二人に近づくことはなく、学園にいても常に女性の周りには彼女の友人たちがいました。それを知ってか知らずか、男爵令嬢は女性がいない日に制服と教科書を破られたと、男性に嘘をついたのです。

 もちろん男性は、その嘘を調べることなどせず、鵜呑みにします。

 そして両家の当主同士で話し合いをした結果、解消ではなく白紙にすると決めます。ただし、男性が女性に対して破棄か解消を告げるようなことをしなければ、です。

 もし破棄か解消を告げた場合は、男性有責の婚約破棄のうえ、慰謝料が発生するなどの取り決めをしたのです。

 話し合いが終わると、女性の父親はすぐに娘へと手紙をしたため、決まったことを伝えました。もちろん女性は学園の寮でその手紙を読み、侍女と一緒に喜んだのです。

 当然のことながら、男性の父親も息子に手紙をしたためましたが、最近は男爵令嬢と婚約者のことで父親に叱責され、苛立っていました。そんな状態でしたから男性はいつもの叱責だろうと考えて手紙を読むことをせず、ゴミに出してしまったのです。

 きっとこれが、運命の分かれ道だったのでしょう。

 二人が手紙をもらった二日後、中庭で事件が起きました。女性と友人たちが教師と一緒に談笑していたところ男爵令嬢の肩を抱いた男性が現れ、婚約者の女性に対し婚約破棄を告げたのです。

 調べもせずに男爵令嬢の嘘を鵜呑みにした男性が女性を断罪しましたが、常に一緒にいた友人たちと生徒や教師が指摘し、全て男爵令嬢がついた嘘だと論破されたそうです。

 もちろん男性のほうも咎められました。


 婚約者がいながら浮気したこと。

 苦言を呈されていたのに、聞きもせず無視したこと。

 調べもせず断罪し、婚約破棄を告げたこと。


 それらと手紙の内容を踏まえ、男性の有責で二人は婚約破棄となりました。もちろん、当主同士の取り決めがありますから、男性と男爵令嬢に慰謝料を請求したそうです。

 当然ですわね。もともと事業発展のための政略でしたのに、それがダメになったそうなのですから。

 ちなみに、二人は婚姻することはできなかったそうです。男爵令嬢は実家から勘当されたうえに戒律の厳しい修道院へ。男爵家自体も高額な慰謝料を払えず、爵位を返上したものの、結局は一家離散したそうです。

 男性は蟄居ちっきょさせて再教育を施したものの矯正できず、貴族籍を抜かれ平民となりました。

 けれど、男性は平民になっても男爵令嬢がいる修道院に迎えに行く、と話していたという情報を得たために実家の下働きとして封じたそうですが、何度も脱走しようとしたため、三か月後にはそうです。

 ……まあ、王族を含めた高位貴族家にはよくあることです。


 横にそれました。


 つまり、その事件があったからこそ翌年には魔力登録が義務付けられ、冤罪をかけられないようにしたのだそうです。他人が破けない以上、自作自演をしても無駄だと教えるために。

 もちろん、他人が破こうとすると犯人が教師にわかるようになっているそうです。それもあり、実際にいじめに遭っていた人がいなくなりました。

 犯罪を犯せば教師にわかってしまい、そこから親に連絡がいくのですから、当然です。


 その話を聞いて、ようやくミランダも絶対に嘘をつけない、わたくしだけではなく、他の生徒にも冤罪をかけられないことを悟ったのでしょう。今や顔面は真っ白で、ガタガタと震えています。


「制服と教科書を破ったのかどうかや犯人は、学園で知ることができる。本当に自分で破いたのであれば学園から連絡がくるから、再度学園で制服と教科書を作り直してもらえるよう、手続きをせよ。当然、作り直した制服と教科書の金額が発生する」

「ただし、普段使いで破けてしまった場合と異なります。自作自演で故意に破いた場合は、入学金とともに支払った金額の倍になりますので、ご注意を」

「あ、あ、ああぁぁぁっ!」


 ミランダはとうとう泣き出しました。両親と兄が慰めようと動こうとしましたが、エドムンド殿下とオビエス様、そして伯父様に「甘やかすな」と叱責されました。

 今までは、この状態になったあとで散々わたくしのせいにされましたしね。

 今回はエドムンド殿下という王族と、家格が上の伯父様とオビエス様からの命令です。それに逆らえば、不敬罪に問われます。

 エドムンド殿下がいらっしゃいますから、下手をすると反逆罪に問われます。

 さすがにそれくらいはわかっているようで、両親も兄も、そして使用人たちもミランダを慰めることなく、放置しました。


 さて、ミランダは本当に制服と教科書を破いたのでしょうか。もし破いていたのであれば、相当なお金がかかることになります。

 我が家の家計がどうなっているのか存じませんが、それくらいは出せるでしょう。

 ちなみに、わたくしの分は自分で払いました。刺繍と手提げ袋のおかげですね。ただし、特待生になることが決まっていたので、通常の五分の一くらいです。

 それでもかなりの金額を支払いましたし、そのせいで貯金が減ってしまいましたが、未だに依頼を請けていますのですぐにまた貯金が増えるでしょう。

 そんなことを考えていると、エドムンド殿下が兄を呼びました。とても厳しいお顔をなさっておいでですが……何かあったのでしょうか。

 とはいえ、わたくしも他のみなさまも、静かに二人を見守ります。


「アルマス。そなたを側近候補から外す。今後、登城する必要はない」

「そ、そんな! なぜですか!」

「なぜ? 自分の言動がおかしいことに気づいていないのか?」

「え……?」


 エドムンド殿下の言及に、兄は呆けた顔をしました。

 わたくしは知らなかったのですが、エドムンド殿下と兄が知り合ったのは、五年ほど前にあった王城でのお茶会だったそうです。その時は特に問題となる言動はなく、一緒にした実務も問題なくこなせていたのだそうです。

 それが変わったのは、去年からでした。

 今まではエドムンド殿下や他の同じ側近候補だけではなく、周囲にも気を配ることができていたのに、それが徐々にできなくなりました。しかも、エドムンド殿下たちと執務をしている最中だというのに、質問に答えることもなければ意見を言うでもなく、ずっとミランダのことを話していたというのです。

 それでは殿下たちがおかしいと思うのも納得できます。

 そしてそれは、王太子殿下もおっしゃっていたように、父も似たようなことになっているのだそうです。まだ業務に支障をきたしていませんが、それも時間の問題だと判断されているそうで、どうするのか話し合いがなされているのだとか。

 その話を聞いて、父も兄も青ざめました。


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