第6話 ジョンパルト家はおかしい

 政略結婚が当たり前な階級において、徐々に愛を育んで仲睦まじくなる家もあれば、仮面夫婦であったり、子どもとの接点がほとんどない貴族家も中にはあります。けれど、虐待に近い虐げ方はいたしません。

 それなりに交流を持ちます。

 嫡男は家を継いでもらわなければならないこととよりよい妻を得るために、そして次男以降は分家として立つか婿に行くために勉学に励みます。

 娘の場合は、一人娘であれば家柄のよい婿を取るために、兄や弟がいれば他家へ嫁ぐためにも、教養が必要なのです。

 虐げ教養がない状態になってしまえば、妻や夫を得ることも……嫁や婿を取ることも、婿や嫁に出すこともできないのです――家の恥となりますから。

 まあ、溺愛して甘やかすこともありますが、育て方によってはミランダのように自己中心的で我儘、傲慢で高慢で強欲な子になります。その場合も婚約者ができず、嫁や婿にという方もいなくなり、同じく家が恥をかきます。

 貴族や王族は、自由奔放に育つ平民とは違うのです。領民や民の血税で生活している以上、義務と責任が発生いたします。

 領民のために領地を富ませ、生活を豊かにしていかなければならないのです。

 もちろん、経済を回すためにも散財をいたしますが、それも限度があります。

 ミランダのようにあれも欲しいこれも欲しいとねだり、必要以上にお金を使って家を傾けるのは違うのです。


 カレスティア公爵家の伯父様いわく、父は兄が生まれた当初は当主として兄を可愛がると同時に、躾と教育をきちんと施していたそうです。

 ところが、わたくしたち双子が生まれて数年後、両親が変わりました。正確には、わたくしたちが物心つき始めたころから、おかしくなったというのです。

 魅了や隷属の魔法を疑って調べたそうなのですが、特にそういうものも出ず。その割にはまるで魅了魔法のようだと、首を傾げたそうです。

 ただ、調べた方はそちら方面に造詣が深い方ではなかったそうなので、実際のところはよくわかっていません。

 そんな話をしましたところ、殿下も側近候補の二人も、難しい顔をなさいました。


「そうか……。どのみち、アルマスとジョンパルト伯爵令嬢の処罰を親に伝えよ、と学園長から伝言と手紙を預かっている。兄上からは、ルーベン殿を連れていけとも言われているんだ」


 わたくしたちが問題を解いている間に、学園長と教師の三人、そしてオビエス様と話し合ったそうです。その時に王太子殿下から伝言鳥が届き、それらを含めてオビエス様をお連れしたほうがいいと、王太子殿下がご判断なさったようです。


「そうなのですね」

「ああ。俺たちも一緒に行くから、オフィリア嬢も行こう」

「……はい。お気遣い、ありがとうございます」


 殿下は警備の関係で学園の寮に住まず、王宮から通っているそうです。ですので、帰りは馬車で送ってくださるし、もし制服の他にも荷物があるのならば、一緒に持って帰ればいいとまで仰ってくださったのです。

 それならば、重たくて持ってくることができなかった、布が入った木箱を持って行きたいとお願いをいたしました。


「それくらいなら構わない。さあ、ルーベン殿を伴って一緒に行こう」

「ありがとうございます」


 殿下たちとオビエス様が一緒なのは、とても心強いです。三人にお礼を言い、一緒に馬車停めまで歩きます。

 ちなみに、殿下の他にもタウンハウスから近いという理由で、寮に入らない方がいらっしゃいます。ジョンパルト家は馬車で十分、徒歩でも十五分ほどという近さですので、事情があるわたくし以外はタウンハウスからの通学となります。

 そんな話をしているうちに、馬車停めに着きました。ソリス様のエスコートで馬車の中へと入ります。

 殿下もカレラス様も、相思相愛の婚約者がいらっしゃると聞き及んでおりますから、彼女たちに誤解されたくないのでしょう。ですので、婚約者がいらっしゃらないソリス様が、エスコートしてくださいました。

 オビエス様は婚姻されているそうですし。

 この国はそういったことにかなり厳しいのです。婚約者とわたくしがご友人であれば違ったのでしょうけれど、夜会や茶会に出たことがないわたくしには、友人と呼べる方がおりません。

 しかも、デビュタントや茶会、夜会にすら出席していないわたくしでは、友人を作りようがないのです。

 だからこそ、学園で友人ができればいいと考えておりました。

 それはともかく。

 馬車内の席に着くとすぐにオビエス様がいらして、馬車が走り出します。さすが王家の馬車です……座席は座り心地がいいですし、馬車自体もほとんど揺れません。

 魔法で拡張してあるらしく、見た目にそぐわぬほど中は広々としておりますしね。さすがは王家の馬車です。この先一生乗ることはないと思いますので、帰りも堪能させていただきましょう。

 馬車の中でいろいろとお話をお聞きしたのですが、その中で同じクラスだからと殿下とソリス様、カレラス様のお名前を呼ぶことを許可してくださいました。もちろんわたくしもです。

 それからこの場だからと、オビエス様は三つめの魔法陣について話してくださったのですが……。


「あの魔法陣は、魅了や隷属など、状態異常にかかっている者を解放するものなのです」

「え……?」

「アダン殿下は、以前から〝ジョンパルト家はおかしい〟と指摘されていたのです。ですので、万が一に備えてあの魔法をかけたのですが……」


 一旦言葉を切って嘆息なさったオビエス様は、続きを話してくださいました。

 魅了自体は解けました。けれど、無意識なのか自らの意思なのかわかりませんが、ミランダが常に魅了、もしくは隷属魔法を発しているらしく、解けたそばから兄が魅了にかかっていたというのです。

 あれではミランダ本人から発する魔法を封じない限り、魔法は解けないだろうと仰いました。

 そしてわたくしがその魔法にかかっていないのは、双子の姉であることと、わたくしの魔力がミランダよりも遥かに高いこと。物心つくまでずっと一緒にいたがために、耐性ができたのではないか、とのことでした。

 あの室内にいた、兄以外の方たちがミランダの未知なる魔法にかからなかったのは、そういった魔法に耐性があるうえに魔道具を装着していること。そして、魔力がミランダよりも遥かに高かったからだそうです。

 本来であれば、魔力の低い者が高い者に魅了や隷属魔法をかけたとしても、かかることはありません。

 けれど、いくら魔力が高くとも毎日長い時間魔法を浴びていたこと、わたくし以外の使用人を含めた家人たちは、ミランダよりも若干という微妙な高さ故に、魔法にかかったのではないかと推測しているそうです。


「ただ、オフィリア嬢の話を聞く限り、十年前後もその状態です。なので、ジョンパルト伯爵令嬢の魔法を封じたとしても、ジョンパルト家にいる者たちは、元に戻るかどうかわかりません」

「……」

「それほどに危険な魔法なのです、魅了と隷属は。特に魅了のほうは、術者に都合のいいように動かされてしまいますし、場合によっては精神崩壊もあり得るのです。もしかかっている魔法が魅了と隷属の合作となると、目も当てられません」


 解除はできますが、その後が心配ですと、オビエス様は沈痛な面持ちで話してくださいます。

 そのお話を聞いて、わたくしは内心で溜息をつきました。


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