33.結局止めたのは

べちん!


「ぶぇ!」


気の抜けたような衝突音と共にミミックの顔面に貼り付いたのは、笹のように先の太くなった触手だった。

崩れた壁の隙間をぬい、目一杯に伸ばして、壁の向こうへと辿り着いたらしい。

衝撃に気を取られ、ミミックの動きが止まる。


「テンタクルが収容違反を望んだわけじゃないでしょう」


両手を変形させているばかりに顔面に貼り付いた触手を剥がせずもがもがと頭を振るミミックへ、今度はテンタクルへと焦点を合わせて語りかける。


「私にミミックを連れ戻してほしいと頼んだのはテンタクルですよ。

収容違反したい魔族がそんなこと頼むもんですか」

『そうよ!』


援護射撃は崩れた壁の向こう側から放たれた。

瓦礫と化しつつある壁に吸収されて音は小さめだが、触手に触れているミミックにはダイレクトに伝わっていることだろう。


『外に出たいなんて、わたし一度も言ったことがないじゃない! 余計なことしないで!』

「外に出たいなんて素直な気持ちをテンタクルがストレートに口に出すはずないでしょ!」

「それは確かに」


顔をよじって口だけ自由になったミミックの反論に思わず頷いてしまった。

接した日数は少ないものの、わがまま触手姫のひねくれた性格はよく理解したつもりだ。


『邪魔するならあなたは黙ってなさい!』

「おぼあっ」


しかしそれが癇に触ったらしく、ぶおんと触手が大きく振られる。

飛ばされた粘液が顔面に直撃した。


普通の人間なら大惨事になっているところだが、マッピーは勇者の末裔だったので顔が汚れるだけで済んだ。


「……」


はりつめていた空気が緩んだのがわかった。ミミックは相変わらずひび割れと一体化したままだが、力を掛けていない。

触手ごしにテンタクルとなにか会話をしているようだった。

やり込められているらしく、時折びくりと身を震わせるところは実に弱い。


マッピーの前には、魔族がいる。

弱々しくてわがままで、腹の立つ相手。

自分にないものを持っている、羨ましい相手。

どうにも敵として倒す気になれず、マッピーは一つ提案をすることにした。

夜を駆け抜けたわずかな時間だったが、ちゃんと自分で考えた結論だった。

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