想いが通じる5分前
ぬまちゃん
第1話 ワタシの朝読
「皆さん本をリュックから取り出して机の上に置きましたね? はい! それでは今から5分間は本を読むことに集中しましょう。私語は厳禁ですからね……」
そう言って先生は教壇の隅の方に置いてある自分用のイスにストンと腰掛けてアラームをセットする。
今から5分間、クラスメートは各々好きな小説を読み始める。シン、と静まり返った空気が教室の隅からスミまで広がっていくのに大して時間はかからない。
――しかし私は机の上に広げたラノベ小説を一行も読んでいない。だって朝読しているクラスメートの心を読むのだから――
ああ、隣の席の京子ちゃん、恋愛小説でライバル登場してちょっと困惑してる。通学途中で偶然に出会った王様学園の髪の長い美男子高校生に一目惚れして毎日ストーカーしてたら、彼の許嫁と思われる縦ロール巻き女子が現れちゃたみたい。さてさて、どうなるのかしら?
斜め前の美代ちゃん、今日もラノベのファンタジー世界にどっぷり。確か女性剣士と一緒に冒険の旅を続ける魔道士。実は女性剣士に密かに思いを寄せているのだけど、剣士様は真面目に魔王を倒すことに一生懸命で自分の事を全然かまってくれない。フラストレーションが溜まってる魔導士はこの先どうする?
一度でも読書してるクラスメートの心を読む楽しみを知ったら、もう二度と読書なんか出来ない。そう例えていうなら、月9と金曜ロードショーをチャンポンに見てる感じ。
でもこの能力って普段は鬱陶しい力。だって、例え耳を塞いでも自分のまわりにいる人間から一斉に心の声が飛び込んでくるの。誰だってまわりの友達から一斉にバラバラの話をされたらうるさいと思うでしょう? だからワタシは普段その能力に強制的にフタをしてしまう。
だけど、朝読の時はみんな静かに自分の世界に浸っているから、フタを開けてもうるさくないことに気が付いてしまった。それどころか、クラスメートの読書中の妄想世界をのぞき見出来るというメリットに気が付いて、私の能力って意外に使えるかも? と思えるようになって来た。
◇ ◇ ◇
この能力に目覚めた日を私は一生忘れない。だって突然襲ってきた頭の痛さとお腹の痛さをお母さんに訴えたら、お母さんの口はほんの一ミリも動いていないのに「まあ! おめでとう、真子」という心から嬉しそうな声が頭の中に直接飛び込んできたのだもの。
それ以来、外に出ると色々な人の心の声が一斉に頭に入って来るようになって……聞こえるはずのない、聞きたくもない、楽しい話や辛い話、ありとあらゆる心の声が、無防備なワタシの中にそれこそ「飛び込んで来る」ようになった。
学校に行くために自宅から表通りに出た瞬間、表通りを歩いている人達の心の声が「わーん」という唸りと共にワタシの頭に飛び込んで来るの。だからワタシは思わず耳を押さえてしゃがみ込んでしまっていた。
学校の教室の中はワタシにとって地獄のような場所。休み時間は、クラスメート達の口に出すおしゃべりと心の中の本音の声が聞こえて来るのが嫌で、毎時間トイレにこもってた。
さらに私語厳禁なはずの授業中でも、授業の内容に関する愚痴やぼやきの心の声が教室中を飛びまわっていた。
だから、授業中でも耐えられない時は先生に無理を言って保健室で横になるようにしてた。教室の喧騒より保険の先生のボヤキ声を聞く方がまだましだから。
そうやって頭に飛び込んで来る心の声に苛まれてノイローゼになるかと思っていた矢先に、心の声を遮断する方法に気が付いた――
――それは『何かに集中』することだった。おもしろい漫画や小説を夢中で読んでいる時は周りの騒音が聞こえなくなる、気が付けばそれは簡単なことだった。
大好きなJ-ポップや友達との会話といった特定の『リアルな音』に集中している時だけ、ワタシの頭に飛び込んで来る心の声を『リアルな音』で隠せる。
そうやって苦労して心の声が聞こえる能力にフタをするコツを覚えてからは、ワタシはやっと安心して外出できるようになった……
今まで憂鬱だった学校に行っても、クラスメートの実際の声を集中して聞くことで、普段なら飛び込んでくる他人の心の声を隠すことも出来るし、友達からも聞き上手と褒めてもらえるし、結構メリットも多いじゃんと思っていた。
◇ ◇ ◇
そうやって落ち着いてから……偶然にも、ワタシは朝読の時間にクラスメートの心の声を聞いてしまった……クラスメート達は自分達が読んでいる作品の中をまるで自分が主人公のように楽しんでいた。
それ以来、ワタシは朝読の時間が楽しみ。クラスで一番運動神経の良いスポーツマン男子が、朝読の時だけモフモフが大好きなおしとやかで可愛い異世界の女性となって、仲間の女性達とまったり魔王退治の旅に出ているなんて……ワタシだけの秘密。
それに、普段の行動とは違うクラスメート達のギャップを楽しむだけじゃなくて、読んでいる人達の心の声を聞くことで本当に面白い小説を発見するのにも役立つ。だって、100%本音の感想を聞くことが出来るわけだから、「面白い」と思っている人が多い小説なら絶対にハズレじゃないと思えるし。
◇ ◇ ◇
そんなことで、朝読の時間を楽しみにしていたある日――ワタシは、ある違和感を感じた。
「あれ? 教室の一番後ろ、窓際の席に座って読書している彼の心の声が聞こえない……」
ワタシは集中して彼の心の声を聞こうとした。でも不思議なことに彼の心の声は聞こえてこない。たしか彼は先週転向してきたクラスメートだったような……
ちょっと陰のある感じだけど、スラリと伸びた上背とハンサムとは言い難いが人当たりのよさそうな顔立ちがほんのりした雰囲気を醸し出していて、転校初日の挨拶の時からなんとなく気になっている男子だった。
ワタシの能力なら、対象になるクラスメートのことを集中して考えれば心の奥底の言葉までも聞きだせるはずなのに、彼の心だけは聞こえない……え? これは、もしかしたら……好きな異性には能力が使えなくなるという……ライトノベルによく出て来るお決まりのアレ? もしかしなくても、ワタシは彼に恋しちゃってるの?
ワタシの心臓の鼓動は意識していないのに突然ドクドクと脈打ちはじめた。体中の血液達が、働く細胞達が一斉にアドレナリンを必要としているよう。心なしか頬も赤らんでいるのが自分でも分かる。なぜか汗も出始めて、ワタシは慌ててスカートのポケットからハンカチを取り出して額の汗をそっとぬぐう――
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