第26話 OVER THE SEA
「今の歌詞は何?」
日本語がわからない圭が「遥かなる大地」を英語で歌っていたのには圭司も驚いたが、意味はほとんど繋がってなかった
「適当よ。だって日本語の歌詞の意味はわかんないんだもん」
圭はあっさりと言う。今の「遥かなる大地」は即興で歌ったらしい。確かにオリジナルの日本語詞のままでは単語の途中をぶった斬るような圭のアレンジバージョンだったが、そういうところが逆に格好良く感じたりもする。むしろ、その方が正解だったのではないかと圭司は考えていた。
そこで、圭司は英語で歌詞を組み直してみることにした。10年もアメリカに住むと英語の歌詞も書けるようになったが、圭が歌ったリズムを完璧に覚えているわけではないため、言葉を何度も入れ替えたり、日本語と意味が変わらないようにしながら別の表現を入れたりして、なんとか英語バージョンの「遥かなる大地」が出来上がった。
「圭、この歌詞でもう一度歌ってもらえるかい?」
「OK」
タイトルは「OVER THE SEA」とした「遥かなる大地」を圭が歌い出した。圭のバージョンはソウルフルで、圭が歌い方が大好きだというレイ・チャールズを思わせるような心に染み入るような歌に仕上がっている。それはまるで若い頃に作った曲が時間をおいてワインのように熟成したかのようだ。
「最高だ、圭。この曲はもう君が生まれ変わらせたものだ。作曲者を名乗ってもいいよ」
圭司は原曲とは全く違った味わいの曲に仕上げた圭のセンスに惜しみない拍手を送った。
「でもこれは圭司の曲でしょ。私はまだこんな曲は作れない」
圭は少し照れたように言う。
「じゃあ、歌詞は俺が書いたから、Kei & Keijiの初めての共同作品だ。それでどうだい?」
圭司がそういうと、圭はとてもうれしそうで、それから店前コンサートをやる時には「OVER THE SEA」は彼女の定番ソングになった。
⌘
それからは圭はキーボードをステラから教えてもらっている。ギターのコードと鍵盤の和音とのつながりを少しづつ身につけているようで、半年もするとオリジナルの短い曲も作り始めたようだ。まだ圭司もちゃんとは聴かせてもらえてないが、作詞も始めたようで熱心にノートに何か書いているので、そのうちに何か披露されるだろうと思っている。
圭司と圭が2人で暮らし始めて半年が過ぎた。何回も面接があったりもしたが、ステラが2人に深く関わってくれたのがやはり大きく、最終的に役所から里親として認められた。
ストロベリーハウスには、その間も月に一度、テッドの店でパンを仕入れては3人で子供たちの様子を伺うように訪問していた。そして、里親として認可が下りた日に、その足でアミティ地区の役所に駆け込んだ。最初は怪訝そうにしていた担当者も、未だに圭の背中に残る傷をみて顔色が変わった。
ジョシー夫妻がハウスから追放され、訴追されたと聞いたのは、それから2週間ほどしてからのことだった。あとで聞いた話だが、ジョシー夫妻はもともとあのハウスを経営していたわけではなかった。圭がハウスに預けられた11年前は別の人物がハウスを経営していたが、人が良過ぎてハウスの経営が厳しくなったところを、あのあたりの不動産を手広く持っていたジョシー夫妻がハウスの土地の債権を盾に強引に経営を引き継ぐ形だったらしい。
何よりそれを1番喜んだのはもちろん圭で、彼女の中には自分が圭司に引き取られたあとも、ずっと残されたハウスの仲間たちのことをいつも心配していると言っていた。圭司とステラは穏やかに眠る圭の寝顔を見ながら、やっとこれで彼女の心のつかえを取ってあげられたことに胸をなでおろし、2人で細やかに祝杯をあげたのだった。
全てが落ち着いた後、正式に里親と認められた圭司は圭に関わるもうひとつの問題に踏み込む決意をした。それは、圭がなぜストロベリーハウスに預けられたのか、両親はどうしているのか、それをはっきりとさせようとすることだ。
圭は別に知らなくてもいいと圭司に言うのだが、圭司としては、これから2人で暮らしていくにしても、少なくとも圭がどこからきたのかは知っておきたかったのだ。
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