第八話 郷愁

 車内はノリノリだった。カセットテープから流れる「古き良き時代」のロックンロール。ステラと圭の女子二人は運転席が広かったら踊りだしそうな勢いだ。

「ねえ、最初の曲、もう一回聴いていい?」

 中古で買って十年近く乗っているこのピックアップトラックのカセットデッキにはオートリバース機能なんていうものがついてない。片面六十分のカセットテープはすぐに最後までたどり着いてしまう。

 ケイはどうやらスタンドバイミーが気に入ったらしい。ダウンストロークの軽快なギターで始まるその曲は圭司もお気に入りの一曲だ。

「このスタンドバイミーだけど、小さい頃にパパと聞いた曲とちょっと違うみたいだけど、これは誰が歌ってるの」

 ステラが聞いたスタンドバイミーなら、おそらくベン・E・キングで聴いたのだろう。

「これはジョン・レノンさ」

「ジョン・レノン?」

「ああ。元ビートルズのメンバーだ。ビートルズなら名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」

 そうステラに言いながら、圭司はカセットを巻き戻し、再び再生を始める。

「ビートルズなら聴いたことがあるよ。パパが好きだった」

「俺にとっては神さまみたいなもんさ」

 カセットからギターが流れ出す。圭司が擦り切れるほど聴いた曲。

 その時、ケイがカセットのジョンに合わせてスタンドバイミーを歌い出した。ちょうど一オクターブ変えた完璧なユニゾン。歌詞も完璧だった。圭司はステラは思わず目を合わせて、驚いた表情をしてみせるとステラも小さく「ヒュー」と口笛を吹いた。


「なんだよ。知ってたのかい、この曲」

 ケイが歌い終わり、圭司が手のひらを向けるとケイがパチンと手のひらを合わせる。

「ううん、初めてよ」

「初めて? 嘘だろ」

「私、一回聴いたら、たいがい覚えるの」

「すげえな。特技だな」

「だって、録音できるものとか持ってないから何回も聞くチャンスがないんだもん。だからどこかで聴いたら、一回でちゃんと覚えて歌えるようにしてるの」

 ケイは、それがさも当然という顔をして答えた。


 ステラがカセットテープを取り出し、ひっくり返してまた入れた。そして再生ボタンを押す。静かな郷愁を覚えるメロディが流れる。「テネシーワルツ」だった。

「この曲は聴いたことがあるよ。学校の音楽の授業で習った」

 そう言いながら、ケイはまた口ずさんでいる。ステラは最後まで黙って聴いていた。一曲終わるとステラが一旦音楽を止めて、

「ちょっとクセのある英語だけど、歌ってるのはアメリカ人じゃないの?」

と圭司に聞いてきた。

「ああ。これは日本人が歌ってる」

「すごく渋い声。しゃがれ声だけど心地いい」

「だろ? この人の音楽が好きで、だからいつの間にか俺もアメリカに憧れていたんだ」

「だからアメリカに来たの?」

 圭司は返事はせずに、小さく頷いた。

「他の曲もある?」

「さっきのテープの続きがな。だけど日本語だぜ」

 圭司がそういうと、ステラは黙って再生ボタンを押した。


 ノスタルジックな前奏から曲が始まる。

「ブルース?」

「うん。ブルースロック、といえばいいかな」

 それだけ言うと、またステラは黙って聴いている。ケイも邪魔をしないように静かにしていた。

「言葉はわからないけど、なんか郷愁を誘うような曲ね。声が素敵。どんな内容なの」

「そうだな。日本に流れ着いたアメリカのブルースのシンガーかな、故郷のテネシーへの想いを捨てきれないまま日本に骨を埋めた。それを関わりのあった少年だった男が思い出してる。そんな歌かな。俺の勝手な訳だけどな」

「タイトルは? 我が故郷、とか」

 圭司は少し言葉を飲み込んで、それから言った。

「Stella with Blue eyes(青い瞳のステラ)さ」

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