シング 神さまの指先

西川笑里

プロローグ

 その年のニューヨークは、いつもの年よりも早く寒い冬を迎えようとしていた。毎年、そんな季節は寒いせいだろう、自然と外を出歩く人影も少なくなる。特にニューヨーク北部の外れにあるアミティというこの地区は、表通りは濃い化粧の着飾った女たちが街角で「仕事」をするために立っていて夜でもそこそこに人通りもあるが、そこから一歩裏通りに入ると、ただでさえ治安が悪く物騒な場所のため、寒さが増すにつれて、まるでそこらは人が住んでいないかのように物音もなく、ひっそりと静まり返るのだった。


 そんな夜更け、突然その静けさを破るように《ガシャン——》というガラスが割れるような音がアミティの裏通りに響いた。それから電球の切れかけた薄暗い街灯がひとつ照らすだけの暗い路地に、廃ビルの裏の隙間から小さな人影が飛び出してきた。その人影は一瞬だけ立ち止まり、辺りを二、三度素早く見回すと、敢えて明かりのない方向を選んだように——より暗い場所の方へ——駆けていった。


 少し間を置いて、今度はその廃ビルの中から男たちと見られる複数の人影が飛び出してきた。

「くそっ、逃げられた」

「あんな格好で遠くには逃げられねえはずだ。そこらに潜んでるんじゃねえか」

「手分けして探すぞ。俺はあっちを探すから、お前らは分かれて向こうを探せ」

「わかった」

 静かな裏通りには男たちのそんな声が反響し、その声に反応するかのように、いくつかの建物の部屋の明かりが灯ってカーテンの隙間から人の顔がのぞいたが、またすぐにカーテンは閉じられ暗くなった。どこで何があろうが、自分は関わらないという強い意思表示がそこにあった。

 まだ十一月の下旬だというのに、ハラハラと小さな白い雪が舞う、底冷えのする夜の出来事だった。

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