空T
夕焼けへと続いている帰り道の先で歩いている二人分の後姿を何とはなしに眺めていた。
すると隣で一生懸命におしゃべりしていた彼女が一歩ひょいと歩み出て、
「ところで先輩、この頃この辺りで変質者が出るらしいので自首したらどうですか」
振り返り、西日を背に彼女はそう微笑みかけてきた。
流れるように濡れ衣を着せられた俺がまたもや浮かべているのは、きっと苦虫を噛み潰したような表情だろう。
「どうしました? そんなハトが偏差射撃にしてやられたような表情をして……まさか図星?」
違ったね。さっきとも違う。あとなにその表情。今そんな顔をしているのか。その……なに、その表情。ハトが偏差……腕が良いんだな、撃った人。向かおうとしていた先を予測され、そこに撃ち込まれたときのハトの心境と言えば……まあ、めちゃくちゃ驚く。そんな表情なのか、俺。
「違うよ。俺じゃない」
いつだって丁寧口調の後輩はにこりと笑うと、
「知ってますよそんなこと。でもなんか危険そう」
なんか危険らしいから、彼女は俺から一歩距離をとる。漠然と不安がられた。これも違う。
「俺はそういうことをする人間じゃない」
「えー?」
なんかすごく怪訝そうだ。やはり、反応が違う。
「──それじゃあ、こんな仮定の話をしますね」
……ずっといっしょの景色なら、俺はきっと壊れられる。
空回りして進まない帰り道に一切の変化がないのなら、俺は自分自身を注視し続け、やがては正気を失うだろう。
「前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。そのA子ちゃんがある日、一人で帰っていました。その日の部活は何故だか休みになって、帰り道が同じチームメイトの友達は私を置いてさっさと先に帰っちゃって、けっきょく一人で帰る羽目になってしまいました。それでA子ちゃんは俯きがちに帰宅途中です、なぜだか分かります?」
「嫌なことがあったんだな」
なのに彼女は微妙に違う。
「はいっ」と彼女は頷く。
落ち込んでいるA子ちゃんとは対照的なうきうきとした返事だ。
「A子ちゃんは近頃、気分が落ち込んでいました。もうすぐテスト期間だし、気になる先輩は自分が不調だと思い込んでしまっているのかずっと塞ぎ込んでいるし、なんかみんな悲しい顔してるし、全校集会の校長先生の話長すぎだし、『えー』って何回言ってんだって話だし、数えてたらなんかウケてきちゃって抑えるの大変だったし、変質者出てるみたいだし、私が話しかけてもなんだかみんなの反応が薄い気がするし、無視されてるんでしょうか……まあそんな諸々の理由、でっす!!」
「そうなんだ」
単調な返答に、彼女の笑みが止まり、口を実に不満そうな結び方をし、「反応悪くありません?」抗議の声があがる。
「私けっこうな文字喋ったのに、『そうなんだ』って。五文字ですよ。もっとこう……『あじゃぱあああああっ』って感じの反応してくださいようっ」
狂人じゃないか。
「……落ち込んでます?」
「もう平気だよ」
「先輩、頑張ってると思うんだけどなー。先輩が一回スパイク外す間に私なら数百はポカできますね!」
「だろうね」
「KさんやLさんも、気にすんな気にすんなお前は考え過ぎなんだよがははって感じじゃないですか。それは、エースとしての重荷ももちろんあるんでしょうけど……」
慰めて、くれているのだろう。けれどもごめん。まったく響かないんだ。他人事だから。
彼女の言葉と反応は変わる。
その差異が俺を壊さずにいる。
その違いが俺の正体を保ち続けている。
「また話逸れちゃった。A子ちゃんは帰路を急いでいたわけですね。変質者の話もありますから、速足でした。するとぉ……後ろから誰かが走ってくるんです」
声を低くし、おどろおどろしく彼女は不敵に笑う。
「不審に思ったA子ちゃんが振り返るとぉ、なんとそこにはぁ……」
俺に目配せをすると、彼女はゆっくりと背後へと振り返り始める。今まさに、その後ろから走ってくる変質者がいるかのように。
俺は彼女につられて振り返り、そして──視線のすぐ先で。
鬼のような形相で走ってくる俺を見た。
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