発掘3「赤い帽子の配管工」
歴史文化発掘官、それは地球に埋もれた過去の遺産を発掘し復元、解読する職業である。
通称スコッパーと呼ばれる彼らは、年代、地域、ジャンル毎に担当を分けて作業をしていた。
そして、スコッパー007であるウグイス・ローマンの担当といえば20世紀前後の日本の娯楽であり。
「ご主人様、そろそろ今日の仕事時間です。いつまでダラダラしてないで隣の作業室に移動してください、本日は先日出土した記録媒体の調査です」
「んー? はいはい、ちょっと待ってこれ見てからね」
「労働は喜びですわご主人様、他に優先すべき事が?」
「いや、そろそろシラヌイさんの追加パッチでも交換しようかと思ってね」
「はぁ、無駄遣いはお止めなさい。シラヌイより発掘用のマニュピレーターを新しくした方が良いのでは? ほら、技術部で最新型が先月に発表されていたでしょう」
「いやいや、アレはまだ使えるって。それより見てよこのページ、最新式のスキンだって!
ソファーでくつろぐウグイスは、彼女に見えるようにホロ・ウインドウを表示。
洗濯物を畳む作業を終えたシラヌイが近づくと、彼が表示していた情報部の商品ページが宣伝を始めた。
『ぱんぱかぱーん! はぁいお待ちかね、コロニー・アリアケの愛すべき同胞諸君! 今回我々が開発したのは、新型のアンドロイド用スキン!! まぁ新型といってもこないだスコッパー達が発掘してきた32世紀のスキンモデルを――――』
「このシラヌイの人工皮膚に不満がおありですかご主人様? もっと肌を艶やかに? 白も黒もなんなら青だって?」
「不満なんてないさ、でもシラヌイさんは私の現地調査も手伝ってくれるだろう? せっかくのスベスベお肌が荒れてる時があるじゃないか」
「荒れているといっても、十分あれば再生完了するでしょうに。お気持ちは嬉しいですが、ご自分の環境を整えるのが先だと思いますわ」
「つれないなぁシラヌイさんは、何時でも奥さんに美しくいて欲しい夫の気持ちが分からない?」
「答えはネガティブですわ、シラヌイはウグイス・ローマンの奥方ではありません」
「なるほど、じゃあ私が勝手に貢ごう」
「不毛な事はお止めください、――さあ、仕事の時間ですわ」
注文ボタンを押そうとした彼の指を、シラヌイはやんわりと両手包み込んで阻止。
一瞬、無言の攻防が行われるも。
そこは表情を自由に出来るアンドロイドに軍配が上がり、ウグイスは彼女の手をタップして降参の意を伝える。
「では、参りましょうかご主人様」
「今日も働きますかねぇ……」
彼女は彼に白衣を着せ、彼は苦笑しながら歩き出した。
とはいえ、作業室は隣。
楽しい通勤時間には少々短すぎるというものである。
「そうだ、政庁の隣に空きオフィスがあるって聞いたんだ。作業室引っ越さない?」
「ご主人様?」
「はいはい、働きますよ」
「それでこそ人間ですわ、貢献ポイントもより多く与えられるでしょう」
「AI様、万歳ってね」
西暦3456年現在、旧来の貨幣制度は消失していた。
物資はAIにより公平に厳密に公正に分け与えられ、許可無しに個人間の取引は出来ず。
一部の余剰物資、嗜好品などが各自に与えられる貢献ポイントで購入できるのだ。
この制度は最初からあった訳ではない。
アンドロイドに依存しすぎて無気力状態に陥る人間が多く出た為、人類復興事業と共に導入されたという経緯がある。
なお、起床する毎に1貢献ポイントが与えられ。
1貢献ポイントは、炭酸ジュース一杯に相当する。
「さて、今日のお宝ちゃんはどんな具合かねぇ。こないだみたいに、悪質なフェイクで1ポイントにもならないと良いんだけど」
「40キロバイトでしたか、期待しない方が良さそうですね」
今回ウグイスの下に送られて来たのは、地図再編官――マッパー達が発見した物だ。
彼らがキョート地域を探索中、偶然発見した金庫の中にあった円盤型メディアの情報、その一部である。
「円盤メディアの最盛期が私の担当する時代だからって、ちょっと管轄違うんじゃないかなぁ」
「仕方ありませんわ、他の部門を探しても20世紀付近を担当しているのはご主人様だけ、渡されたお鉢は受け取らなければ」
「お鉢が回されるって言い方あるけど、お鉢ってなんだろうねぇ」
「それも何時か判明しますわ」
「気長に待つか、……しかし、これ何のデータなんだ?」
ウィルスチェックは問題なし、どうやら外部と通信する様なプログラムでは無いらしい。
ならばと動かそうとしてみるも、エラーが出るだけだ。
「もしかして、これ単体じゃあ動かないのか?」
「手詰まりですか?」
「いやアプローチを変えよう、ファイル名から何か分からないかな」
「文字化けしてますね……S……Ma……B……、何でしょうか」
「ファイル名からは分からない、なら――」
ウグイスは日本の地形ホログラムを呼び出した、そしてキョート区域を拡大する。
「ご主人様?」
「シラヌイ、こないだ発掘した雑誌データ。えーと……ルゥールBとかいうやつ呼び出して!」
「るるぶ、ですね。これをどうするのです?」
「確か、キョート特集があった筈だ。その中にある当時の地形データと金庫のあった場所を重ねるんだっ!!」
「成程、その頃はまだ第三次世界大戦は始まってませんものね。地形は変わっていないと言う事ですか」
「ああ、これなら有力な手がかりが得られる筈だ!」
シラヌイは雑誌データから当時の地形、建物などの情報を再現する。
元となるデータが様々な理由によって完全ではないが、当時の地形は復元された。
「金庫の位置を表示、……やはり建物の中にあるな。この建物の名前は?」
「申し訳ありません、Nから始まるとしか。しかし、この建物。過去のデータと一致する物があるようです」
「それを呼び出してっ」
「こちらです、――ゲーム雑誌の様ですね」
「ゲーム、キョート、Nから始まる…………そうか!! そういう事かっ!!」
「ご主人様?」
「凄いよシラヌイ!! 大発見だ!! これは曾お爺様が言ってた世界最古のテレビゲームだよっ!! なんでもファミコンなる装置で遊ぶ古典的ゲーム!!」
「おめでとうございますご主人様、此度の発見は人類への大きな貢献とみなされるでしょう」
「そんなの良いから、技術部行くよ!! ファミコンを再現して貰うんだ!! さ、早く早く!」
「少々お待ちを、面会のアポイメントを入れて――」
「あっちの技術部の主任AIワークくんに連絡だけしておけば良いさ! 来客なんてめったにないだろ彼処、行こうよシラヌイ!」
子供の様に手を引っ張る主人に、メイドは嘆息して。
「では行きましょうか」
「今日中にエミュレーター作ってくれるかなぁ、どんなゲームなんだろう」
「慌てると転げますよ、――聞こえておりませんね」
走り出すウグイスの後ろ姿を見て、シラヌイは困ったように微笑んで後を追った。
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