月桃館五〇三号室の男 番外編 労働は尊き哉
山極 由磨
1
皇紀八百三十五年終月二日
アキツ諸侯連邦帝国新領拓洋市
ツゥルモゥ・モフォ・テムノはこの月桃館で働く客室係の中では一番の古参兵だ。
ねじれた山羊角を灰色の髪の頭から生やした、顔もマルマルっ、体もマルマルっとした四十路半ばのおばちゃんで、性格も人生経験が長いせいかドッシリと落ち着き何事にも動じない肝っ玉を持ってる。
軍隊で言うなら先任軍曹って感じで、他の女の子からも頼られる存在だ。
で、そのツゥルモゥ母ちゃんが今何をしてるかって言うと、この前から新しく俺の相棒になったシスルって娘に勉強を教えてる最中だ。
今日の科目は初等学校六年生の算数。立方体の容積の出し方をお勉強中。
「各辺の長さが三
総軍司令部から頂戴した蓮の花の御紋の入った帳面を睨み、鉛筆の尻でカモシカ角の根元を掻きながら思案するシスル。
ハッと答えがわかったようで帳面に数式を書き付けると。
「三十六立方
「ご名答!」と言って、ツゥルモゥ母ちゃんは生徒の黒いクシャクシャ頭を優しく撫でると、隣の席で新聞(大人男用のヤツ)を眺めてる俺に向かい。
「ホンにシスルちゃんは敏い子ですよ。来た頃は足し算引き算も解らなかったのに、一月もしない内にもう初等六年の算数が出来るって。それに勉強する時の態度もマジメその物、ホントうちのバカ息子にこの子の角の甘皮を煎じて飲ませたいくらいですよ」
有難い頬目のお言葉にシルスは。
「新しい事を覚えるのは大好きだ。姉ぇも『
ここで慌ててコイツの口を塞ぐ。黒い瞳に吊り気味の大きな目が印象的な浅黒い肌のちょっとした美少女、がコイツの外見だが、中身はたった一人でややこしい訓練を受けた兵士一個分隊を手玉に取る戦闘民族。
せっかくの穏やかな午後のひと時をぶち壊されたくないのでチョット黙ってもらう事に。
色々察してかツゥルモゥ母ちゃんは話を続ける。
「もうじきお正月で忙しくなるから難しいだろうけど、年が明けたら中等科の勉強を始めたらいいかも?数学はまだ私が教えられるし、ファリクス語ならエルマちゃんが先生にぴったりと思うよ」
と、ウンハルラントからの亡命者の子孫であるもう一人の客室係の女の子の名前をだす。
ここで働きながらなんと拓洋大学に通う才女。何だが、なんか俺を毛嫌いしてるようで一々俺の行動に小言を言ってくる。
ま、おれは成熟した女の方がいいからね。二十歳そこそこなんてまだまだお子様さ。
ここまでの会話を聞いていたシスルは、何か考え込んでいる様子で帳面じっと睨んでいる。
どうしたのか聞こうとしたその時、不意に顔を上げてツゥルモゥ母ちゃんに言った。
「もうじき、忙しくなるのか?」
「そうだよ、お正月休みを使って拓洋に遊びに来る人や、祖領や諸侯領(帝国本土)から新領で働いている身内の所に来る他人なんかも居て宿はみんな大忙し。それがどうしたの?」
「
思いっきり顔に『?』が張り付いた二人。思わず俺は「なんだい、藪から棒に」
「皆が忙しいなら手伝う。手伝って賃金を貰い、
一月前、シスルが俺の命を姉の敵と思い込んで狙っていた時分、待ち伏せ攻撃を仕掛ける目的で月桃館の俺の部屋、つまり五〇三号室に忍び込むために割った窓の硝子と、叩き壊した扉の板の話だ。
しかし、そんなモン。とっくに総軍特務機関の支払いで治しちまってる。で、俺がそれを言うと。
「だったら軍隊に金を還す」
「金ならクズギからもらった金があるだろ?」
「あの金は姉ぇの墓を綺麗にするために使うと決めてる」
「軍からの給与を天引きしてもらったらどうだ?」
「それはもう使い道を決めてある。里の父ぅや母ぁ、妹や弟に色々送ってやるのも入用だ。余裕がない」
・・・・・・。案外、律儀でその上細かい奴だなぁ。
「確かに、お正月は人出が欲しい時期だから、毎年臨時雇いを雇うくらいだしあたしらは助かるけど、ユイレンさんに聞いてみようか?」
と、ツゥルモゥ母ちゃん。
「いやいや、それには及ばないさ、自分の部下の事だ俺が
そう言って俺は談話室を飛び出して一階の事務室に走った。え?肝心のシスルは?いや先ず上司が先に話をつけるのがスジだろ?(ホントはユイレンさんとお話がしたいだけなんだけどねぇ~)
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