第56話 蝋燭


「兄さん!!!」


 洞窟内に、学さんの声が反響して響き渡る。


 青年は手を伸ばして助けを求めた。

 しかし、間に合わなかった。


 伸ばした右手だけがなんとか岩壁から出ている状態だったが、間に合わなかった。

 岩壁は表面に人の形のようなシミだけを残して、何事もなかったようにただの硬い岩壁に戻る。

 駆け寄った学さんは、兄の手を取ることができず、呆然と立ち尽くす。


 それから程なくして、祭壇の上にあった蝋燭ろうそくの一つにボッと火が灯った。


「だれも触ってないのに、どうして……——?」


 よく見ると、たくさんの蝋燭の内、数本だがまだ火の灯っていないものがある…………


(まさか————)


「この蝋燭……洞窟に吸い込まれた人の数か?」


 そう思った瞬間、背筋がゾッとしたのと同時に、怒りがこみ上げてくる。


 ざっと数えただけでも100本はありそうな数だ…………

 それに、洞窟内の岩壁には人の形に見えるようなシミのような模様がいくつも見える。



「おそらく、何かの儀式ではないか? アタシが昔ここに住んでいた頃にいた者から聞いたことがあるぞ? 99本の蝋燭が灯った時、人は人ならざる力を得ると————」


 茜は、八百比丘尼として放浪していた頃に、この洞窟に隠れ住んでいたそうだ。

 この洞窟はもう一千年以上まえからずっと、封印の地であったらしい。



「しかし、この洞窟はこの幹……神木しんぼくが根をはり守ってきてる神聖な場所だったはず……どうなってるんだ?」


「神木? あの木がそうなのか?」


「そうだ……あれはこの山の神木が全ての汚れを浄化すると言われてきていたが————」



 確かに、この木はとても太く、歴史あるものだと感じる。

 だけど、俺の目にはかなり弱っているような————むしろ、力なく枯れてしまっているように見える。


「木の根を……————切られたか?」


 茜がそう口にした。

 その時、背後から足音が聞こえてくる。




「おや、気づかれてしまったか…………」


 振り返ると、そこには初老の男性。


「まったく……余計なことをしたな、学。結婚式から逃げただけではなく、こんな呪受者まで連れてくるとは————」

「父さん……————」


 学さんの父、幸四郎さんが着物の若い女の人と一緒に立っていた。


「まぁ、いい。残り何本だ? 玉置たまき


「あと2本……でも、大丈夫ですわ、幸四郎様。呪受者であれば————」


 玉置と呼ばれた、その妙に色の白い女は、緋色の瞳で俺を見ると、ニヤリと笑う。



「一人で、10本……いえ、20本分の火が灯るでしょう」



 その気味の悪い笑顔。

 そして、その声は————



「玉藻…………?」









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