第8話 結界の外

 霧だ。


 深い霧が、視界を狭めて、俺は一体どこを歩いているのかさえ、わからない。

 結界の外に放り出されて、一体どのくらい経っただろう?


 電気の使えないあの隠しの里では、俺のスマホの電源なんってとっくの昔に切れてしまっているし、時計もない。


 よくわからない文字が書かれた黄色い札を3枚持たされただけで、服装も、一般的に想像する陰陽師や神主が着ているような狩衣かりぎぬではなく、ただの三本線のジャージだった。


 太陽はまだ登っているから、今が昼間だってことが分かるぐらいで、時折聞こえてくるカラスの鳴き声。

 名前はわからないけど、フォーフォーと鳴いてる鳥の声もする。


 ただの風で揺れただけの木々の音も恐ろしいし、俺はこの先一体どうしたらいいんだろうかと不安になった。

 自分が不意に踏んだ小枝の音にすら、心臓が飛び出るほど驚いたりもした。



「なんだって言うんだ……どうなってるんだこの山は……!!」


 どれだけ歩いても、なんだか同じ場所に戻って来ている気がして、俺は試しに持たされていた札の一枚を幹の間に挟んでみた。


 そうして、また前を向いて歩きしばらくすると、さっき挟んだ札が……ある。


「やっぱり戻ってる…………」


 結界の中に戻るには、その方法を知らなければ無理なのだ。

 まだ、それを教わっていない。


 深いため息をついて、俺はもう何もかもどうでもよくなっていく。


(このまま、ここで死ぬのかな————)


 どうせ、呪受者の俺が死ねば、呪いも一緒になくなるのではないか……

 そしたら、もう、この里の人たちだって、妖怪に追われることはなくなるんじゃないか……

 俺はまだ14歳で、子供もいないし、この呪を引きつぐ子供だって生まれることはない……




「だったら、一層の事、死んでしまおう」


「そう、そうしよ…………う?」


 今の声は、俺の声じゃない。

 死んでしまおうなんて、言ってない。



「誰……?誰かいるのか?」



 左右前後見渡しても、誰もいない。



(幻聴か?)


「どうせ死ぬのであれば、その身体、私にくれないか?」



 上だ。


 木の上に、何かいる。


 霧が濃くてよく見えない…………



「おや、その目は…………もしや、呪受者か?」


 それは、一羽の大きなカラスだった。



「これは、良いものを見つけた————…… フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 烏はその薄気味悪い声で笑いながら、翼を広げると、俺の頭上を何度か旋回し、ピタリと止まる。





「よこせ、お前のその右目……よこせ、私によこせ!!」




 霧の隙間から、はっきりと見えた。


 それはあの時、落ちて来た顔と、同じ緋色の瞳をした烏だった——————




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