わたしの友達

伽藍井 水惠

第1話

 こんな話があった。

 そう言ってぽつぽつと語り始めたのは、数年ぶりに再会した友人だった。ひとたび外を歩けば、ものの数分で骨の奥まで柔らかな炎でゆっくりと炙られていく夏日のことだった。

 かつて同じ中学校に通っていた友人は、たおやかな声で、こんな話があったよ、と、もう一度言った。


 大学のレポート執筆に行き詰まった私が、何の気なしに「怖い噂とか、都市伝説とか、そういうのがどういう風に伝播していくか、っていうのを調べてるんだけどなにか知らない」と問うたのが始まりであった。

 数年ぶりに再会した友人に問うような内容では無かったが、何せ締め切りは月末で、今はちょうど月半ばであるから、もうなりふり構ってなどいられない。

 彼女は長い髪を揺らし、ふと逡巡した後に、するすると語り始めた。


 あたし達が通っていた通学路、あったじゃない。覚えている? 中学校に向かう、通学路。そう、一本だけ斜めに曲がった十字路で、学校にも住宅街にも通じない、郊外に向かう道だけが、やけにひねくれていた。

 あそこに、都市伝説、というか、怪談みたいな話はあったわ。


 どんな、と聞いた私の声は、どこか遠くからやってくるような、よそよそしさを孕んでいた。私の声色に気づいてか、友人は、ふわりと微笑んで、


 かみさまが、住んでいるんだって、


 と言った。


 どこも見ていない、うつろな目だった。


 曰く、こうである。

 多くの子供達が日々学び舎に通っていた通学路は、十字型をしていた。

 北に伸びる道は学校へ。

 東に続く道は住宅街へ。

 南につながる道は街へ。

 西に敷かれた道は山へ。

 要所を結ぶ交差点であったため、通学路であるにもかかわらず交通量は多かった。

 この西に続く道だけが、奇妙な角度で接続されており、故に交通事故が多発していた。

 その言葉のまがまがしさに感化されたか、あるいは面白がったのか、子供達の間で噂話が流れ始めた。

 あの十字路には、ヒトを引きずり込むかみさまがいる。

 かみさまはひとりぼっちだから、遊び相手を欲しがっている。

 朝、学校に行くときは、ヒトが多すぎてかみさまは遊び相手を選べない。

 危ないのは薄暗い時間だ。かみさまに引きずり込まれてしまう。

 かみさまは、目が合った人間を友達だと思い込んで、西の道に引きずっていく。

 通りがかった人間の真後ろに立って、振り向いてくれるのを待っている。

 だから、帰り道、十字路が見えなくなるまで、絶対に振り向いてはいけない。

 振り向いたら、かみさまが飽きるまで、西の道から帰れない。


「そういう話。覚えていない?」

「うん、いや、2年生の時かな、ものすごく流行ったよね」

「一人で帰りたくない、って泣く子が出るくらいには、ね」

「やめてそれ私の事でしょ」

「覚えているよ、一緒に帰ったの、私だもん」

 くすくすうふふ、と友人は笑って、懐かしいねえなどと言ってくる。今でこそ怪談やら都市伝説やらをテーマに研究をしているが、昔の私はそれは酷い怖がりで、日が落ちたら決して家の外には出ない徹底ぶりだった。

「いつからあんなに怖がりになったのか、自分でもよくわからないよ。小学校の頃は肝試しとか大好きで、母さんによく叱られてたのに」

「夜中の墓地にこっそり行ったり?」

「もうやめてってば・・・・・・本当どうして知っているの」

「私のお母さん、みぃちゃんのお母さんと仲良しなの」

 私が知っているのは、この話くらいよ、と友人は笑う。

 この怪談がすさまじい勢いで流行したのは私も知っているから、他の同級生達に当たれば何かしらのレポートは書けるだろう。

 そうあたりを付けた私は、友人に礼を言う。

「ありがと、助かったよ。こんな怪談があったの、今の今まで忘れてた」

「そう、良かった」

 友人はにこにこと微笑んで、それじゃあ私はこの辺で、と言って、去って行った。

 後には、手を付けたのか、付けていないのかわからない、水滴まみれのアイスコーヒーのグラスだけが残っていた。

 

 

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