第20話 ドリーワンワンスモア・ドロップアウツⅠ 加藤麻衣の冒険 ②

 トモはけっして悪い顔立ちをしているわけではなかった。

 ちゃんと美容室に行って、流行の髪型にしてもらって、色も入れてもらって、それからファッション雑誌を見るとか実際にお店に足を運んで、店先に飾られているお洒落な服を一式買い揃えて着たらきっとかっこよくなるのに。


 トモは外見を気遣うことを放棄しているように見えた。電車男とか見たことないのかな。

 その日は「ぐりんば」という変な名前の遊園地に言った。


 イエティーというドラクエのモンスターみたいな名前のスキー場もあるらしい。

 冬になったらスキーに行こうか、とトモは言った。


 他にも富士サファリパークや忠ちゃん牧場(何それ)、深良用水や五竜の滝などといった観光やレジャースポットがあるらしく、トモは麻衣のことをとても気に入ってくれたようで、ふたりでいろんなところに行こう、と懇願するような目をして言われてしまった。


 あぁこの人は本当に女の子と付き合ったことがないんだな、と思った。


 青春18切符があったから、麻衣は夏休みの間、たびたびトモに会いに行った。


 別にトモのことが好きというわけではなかったけれど、なんだかほっておけなかった。


 2人ともゲームが好きで、よくゲームセンターでUFOキャッチャーをやった。


 一度だけカラオケにも行った。

 歌を歌うのは好きらしく、麻衣が知らないようなアニメの歌を次々と入れていた。


 2人で花火大会に遊びに行ったこともあった。

 屋台で食べ物を買ったり、花火を携帯電話の動画に撮ったりして半日過ごした。


 2人でいる間、トモは携帯電話の着信などを気にする様子はなく、親しい友人はいないようだった。


 トモにはわたししかいないんだ。麻衣はそう思った。


 だけど、花火大会のあと、


「最近引っ越したんだ。これからうちに来ないか」


 自宅に誘われた。


 部屋はアパート1階の1LDK。電気はまだ通っておらず、真っ暗だった。

 壁紙は張り替えたばかりらしく、清潔な感じがした。

 玄関にはスリッパが2足並んでいた。

 向かって右側にトイレと風呂、その奥にキッチン。左側奥には居間、その手前に小さな寝室があった。

 居間は10畳以上あり、フローリング床でテレビと大きなクリーム色のL字型ソファが占拠していた。


「お金には困っていないのかな」と思う一方でこうも思った。

 こんな大きなソファに1人でいたら寂しいだろうな。


 寂しさからか、居間にはたくさんのフィギュアが飾られていた。


 寝室には青っぽい絨毯が敷かれ、しわひとつない黄緑色のカバーがかかったベッドがあった。自炊をしている様子はなく、冷蔵庫にはさっきコンビニで買ってきたばかりの食べ物やプリンなどしか入っていなかった。


「夜、おなかすいちゃうかなぁ」


 コンビニでのことだ。


 麻衣がミルクプリンをカゴに入れたので、トモもプリンが食べたくなってしまったらしい。だから冷蔵庫にプリンはふたつあった。


「わたし生クリームがだめなんだ。だからケーキとかは食べられないんだけどプリンは大好きなの」


 焼きプリンかホイップクリームプリンか、トモがなかなか決められないでいたから、


「トモ、ジャンケンしよ」


 と麻衣は言った。


 トモが勝ったら焼きプリン、わたしが勝ったらホイップクリームプリンを買おうと言った。


「ジャンケーン、ポイ」


 トモはグーを出した。


 麻衣はパーを出したその手で流れるようにホイップクリームプリンをカゴに入れた。


 優柔不断なトモは、まるで兄を見ているようだった。


 こどもの頃から兄は優柔不断で、麻衣は兄が何かを決められないでいるといつもジャンケンをして決めてあげていた。


 だけど麻衣が生クリームが嫌いなんだから焼きプリンを選んでほしかったな、と麻衣は思った。そうしたら一口もらえたのに。


「朝ごはんも買っておかなくちゃなぁ」


 トモは言った。麻衣はトモの家に泊まることになっていたらしかった。


「ピノコは朝ごはん食べる人?」


「食べる人」


「ぼく食べない人」


 麻衣は抹茶ミルクタルトとチョコレートワッフルをカゴに入れた。


「朝からそんなの食べるの?」


「わたしは甘いものに目がないの」


 続いて、抹茶ミルクをカゴに入れた。


「糖尿病になるよ?」


 トモは呆れたようにそう言った。



 トモは14歳の麻衣を本当に18歳以上だと思っているようだった。


 一度、コンビニで買ってきた缶入りのカクテルを部屋で飲んだことがあった。

 トモは何本か飲んでも変わらず、酒は強そうだった。

 麻衣は少し飲んだだけで酔っ払ってしまった。小さな小瓶の半分も飲まないうちに頬を赤くして、


「おひぃちゃん、わたひ中のあんずがたべひゃいの」


 ろれつがうまくまわらなくなりピノコのような口調になった。トモのことをお兄ちゃんと呼んでしまっていた。


 麻衣が飲んでいたのは杏露酒というあんずのお酒で、トモは割り箸であんずをすくって食べさせてくれた。


 麻衣はあんずをたべおわると、残りのお酒を飲み干して、楽しそうに笑いながらベッドに転がった。


 トモも発泡酒を飲み干して、その隣に寝転がった。


 麻衣はけたけたと笑いながらベッドから転がり落ちると、


「あっ懐中電灯だあ」


 非常用の懐中電灯に目をつけて、


「アマゾンのジャングルの奥地で未知の生物を発見した!」


 と、まるで藤岡弘探検隊のナレーションのような台詞を言ってベッド下に潜り込んだ。


 トモがあわててひきずりだすと今度はトモが眼鏡をしていることに興味を持ち、トモの顔から眼鏡をとろうと、全体重をかけてトモにのしかかった。


 トモはあわてて浴室に逃げ込んだ。


 麻衣は立って歩くことすらままならない様子で四足ですごい速度で追い掛けた。


 まったく覚えていないのだけれど、麻衣はどうやらお酒に弱い上に酒癖が少々悪いらしい。


 トモが居間に戻ると麻衣はもう眠ってしまっていたらしい。


 数メートル先にベッドがあるというのに、そこまでたどり着けなかったのか、麻衣は床で寝ていたそうだ。


 幸せそうに眠る麻衣を見て、トモも幸せな気持ちになってくれたのかもしれない。


 小さく握られた手に指をからませて、薄く開いた唇に一度だけキスをされたことを麻衣は知らない。


 トモも麻衣の隣で床で眠った。



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