第6話
昔は、そうやって雲をご覧になる方が、いっぱいいらっしゃいました。ですか
ら私どもの会社も、たくさんのお客様に御ひいきにしていただきまして、御注文
に追いつかなくなるほどでした。あの頃は同業者もずいぶんおりましたが、近頃
は下界からの注文がバッタリと途絶えてしまいまして、一つ減り二つ減り、とう
とう私どもだけになってしまったんでございます。
私どもは、当社の仕事に不手際があったのではと思っておりましたが、そうで
すか、もう空を見上げる方はいらっしゃらないんですねえ。」
雲作りはため息をつくと、私を見つめました。
「失礼ですが、お客様のお名前をお教えいただけませんか。」
私が名前を告げると、雲作りは、パラパラと大きな帳面をめくり始めました。
「ああ、やっぱりそうです。ほら、お客様のお名前もこんなにたくさんのってお
ります。お客様も、昔はお得意様、それも大変な上得意様だったんでございます
よ。」
雲作りにそう言われて、私は小さい頃のことを思い出しました。
そうです。私は、雲をながめるのが大好きな子供だったんです。学校からの帰
り道などに、土手に寝ころがって、飽きもせずに雲をながめたものでした。流れ
てくる雲を見ながら、色々な形を思い浮かべたり、まだ見たこともない遠い世界
を夢見たりして、時のたつのも忘れたものでした。
あの頃、現実の壁は、まだはるか遠くにありました。ですから、私は空を見上
げると、夢の翼をいっぱいに広げて、世界のはてまでも自由に飛び回ることがで
きたのです。それが歳とともに現実の壁が私を取り囲み、夢の翼を羽ばたけなく
なるにつれて、私はだんだんとうつ向いていったのです。
突然、私は気がつきました。
「ああ、何年空を見上げたことがなかったんだろう。」
何年も山を歩いていたのに、私は山や空を本当に見ていたのでしょうか。私の目
は、景色の表面をなぞっていたにすぎなかったのです。どれほど山を歩いてみて
も、雲は私の心を素通りしているだけだったのです。
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