―31― 精霊
「あ、寝ていたのか」
目を覚ました俺は体を起こしつつ、そう言う。
確かここは保健室だっけ。
受験の際、妹に負けたときもここで寝かされていたのを思い出す。
もう夜も遅い。
寮に戻ろうと思い俺は黙って保健室を出た。
〈
ふと、今日の決闘を回想していた。
妹のときもそうだったが、相手に近づかれると俺は弱い。
新しい魔術を開発して対策を練るべきか。
……いや、正直どうでもいいな。
俺は純粋に魔術の研究がしたいだけで、魔術戦に強くなりたいわけではない。
そんなことより研究のほうを進めたい。
図書室で借りた魔導書『精霊魔術に関する概要』を歩きながら開く。
タイトル通り、精霊に関することが長々と綴られていた。
精霊とは。
火、風、水、土の四大元素それぞれに住まう霊体のことである。
賢者パラケルススが発見した。
精霊に命令をくだすことで我々魔術師は様々な事象を起こすことができるわけだ。
ただ、元素に住まう精霊は微精霊と呼ばれるが、その微精霊は非常に小さく意思の疎通なんてもってのほか。
対して精霊魔術といえば、それら微精霊を成長させ上位精霊にまで昇華させることでその力を発揮する魔術だ。
と、精霊魔術に関する概要はこんなものだが、俺は別に精霊魔術を行使したくてこの魔導書を読んでいるわけではない。
てか、魔力がゼロの俺ではしたくてもできないだろう。
今、俺は磁力の研究をしている。
俺の愛読書である『科学の原理』にも磁力について解説されていた。
それによると、磁石が鉄を引き寄せるのは磁石から発せられるネジ状の微細粒子が渦動しているからと書かれていた。
そうなのか、と俺は納得しその理論を元に魔術を構築してみたところ、なにも起きなかった。
つまり、『科学の原理』に書かれていた理論は間違っていたことになる。
俺は原書シリーズが必ずしもあっているとは限らないことを学んではいたが、それは『科学の原理』もいえることだったとはな。
結局、磁力の研究はそこで行き詰まりになった。
そこで俺は一度原点に立返ることにした。
それでなぜ精霊なのかというと、精霊がいるとされる根拠が磁力にあるからだ。
磁石がひとりでに鉄に引き寄せられるように動くのは、磁石に魂があるからであり、そして磁石に限らずあらゆる物質にも霊魂が備わっているとされる。
そして物活論が唱えられ、最後には四つの精霊の存在が示唆される。
なんとも飛躍した考え方だと、今ならわかるが魔術師たちの間では常識となっている以上無視するわけにいかない。
そんなわけで寮に戻ってから『精霊魔術に関する概要』を読み続けた。
そして磁力に関する手がかりがつかめたらいいな、と思いはしたが、結局なにも得るものはなかった。
そもそも四大元素が間違っているならば、四大精霊も等しく間違っているということだよな。
けれども精霊魔術は実際に存在するわけで。
謎が深まるな。
例えば、精霊魔術は物質に眠っている精霊を呼び出すのではなく、精霊をゼロから創造する魔術なのだとしたら。
それならば、矛盾は解消されるか?
いや、ゼロから霊体を生むのは不可能というのが常識だ。
……いや、常識を疑うのが最近の俺のやり方だったな。
別に霊体に限らず魂を創れたとしてもおかしくはないはずだ。
と、そこまで思考を巡らせて、ふと一つの可能性が頭に浮かぶ。
そもそも魂の本質ってなんだ?
考えたところで結論は出ないか。
そう結論づけた俺は眠ることにした。
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