27話 魔術師と特殊な魔道具



「はぁ……。魔法の研究がしたい……。新しい魔道具も造りたい……」



 やりたいことは山ほどある。

 けれど、目の前の書類仕事がそれを許してくれない。



「はぁぁぁ……」



 大きな溜め息をついて、机に突っ伏す。

 最近は、ユリウスさんの仕事が一段落して、朝食と夕食をまた一緒に食べられるようになった。しかも夕食のあと、仕事へ戻ることも減っていて、それが密かに嬉しかったり。

 ……でも、できることなら、突発的に仕掛けてくる色気攻撃をなくしてもらえると、尚良しである。復活まで時間がかかるので。あと、思い出すと何も手につかなくなるので。仕事が進まなくて困る。


 そして困ることと言えば、もう一つ。

 魔術師団での仕事内容である。

 結婚後初っ端でやらかしたあとから、遠方の任務を受けなくなったせいか。机の上には常時、書類の山、山、山。


 内容といえば――

 ・魔道具製作、修理に使う素材の在庫確認書

 ・不足素材の補充申請書

 ・魔道具の作動有無証明書

 ・魔道具の在庫確認書

 ・団員が作成した魔道具設計図の内容確認

 ・任務での魔道具使用許可書作成

 ・その他師団や騎士団からの魔道具貸出申請書

 ・魔術師団への要望書(主に魔道具の製作について)


 などといった、半永久的にループする鬼畜書類。机仕事が苦手な私にしてみれば、拷問以外の何ものでもなく。


 最近では家を出る前に「行きたくないっ」とゴネては、美味しそうな日替わりランチボックスを渡され、送り出される日々である。……極稀に、ユリウスさんも一緒にゴネて、笑顔の執事長に馬車へ突っ込まれる(物理)。執事長は顔に似合わずワイルド。


 こんなにも書類仕事に追われるなら、遠方の任務を続けていた方がよかったかも……と、思ったこともあった。けれど、それもほんの一瞬だけ。


 この間のアラームケロンの異常繁殖時。ユリウスさんになかなか会えず、私はしょげた。自分が意外にも寂しがり屋であることを知った。


 これから先、ユリウスさんにも遠方の任務は必ずあるだろう。長期任務だってあるはずだ。

 ここで私も遠方の任務を受け始めたら、絶対にすれ違いが起こる。一、二ヶ月会えないとかざらな気がする。



『それは絶対にやだっ!』



 自然とそう思って、途端にぶわあっと恥ずかしくなった。

 だって、師匠や養父母にもこんな風に思ったことはなかったから。


(…………もしかして……これが恋……?)


 火照る顔を冷ますように、近くの紙を手に取って扇ぐ。

 物心付いた頃から私の興味は魔法にしかなかった。人嫌い、というわけではないと思う。

 ただ、誰かを特別な意味で好きになったことはない。


 師匠やロウ君、養父母のことはもちろん好きだけど、それは“ライク”の好き。会いたいけど、会えなくても寂しくはない。一緒にいた頃を思い出しても、楽しい気持ちになるだけだ。


 じゃあ、ユリウスさんはどうなのか――。

 真剣に考えて…………またぶわあっと顔が熱くなった。


 家に帰ってこないと寂しくて会いに行きたくなる。一緒にいた時を思い出そうとすると、なんだか心臓がドキドキする。しかも、色気攻撃ばっかり思い出す。

 明らかに師匠たちとは違う感情だ。でも、これが“ラブ”かはわからない。


(……いや、でも、き……キス、されるのとか、嫌じゃない……)


 今のところ、ほっぺとおでこくらいだけど。たぶん私の、子供以下な恋愛レベルに合わせてくれている感じがする。

 あと、抱き締められるのも嫌じゃない。むしろ、あのすっぽり囲われる感じは割と好き。



「…………ら……らぶ、なのか……」

「何がラブだって?」

「ふぎゃあっ!?」



 完全な独り言に返事をされて、奇声と共にテンパりながらガバッと顔を上げる。

 するとそこには――



「え? うっわ、どしたのソレ……」



 目の下に濃いクマをつくった副団長グレンが立っていた。明日は槍でも降るか? というくらい珍しい。

 おかげで、独り言を聞かれたことへの羞恥心は消え去った。



「深く眠れねぇんだ……」 

「え、寝転がったら“即おやすみマン”のあのグレンが?」



 本人は「変な呼び方すんな」と不満げだけど、この言い方は絶対に間違いじゃない。

 不眠と対極にいる、それがグレンという男だからだ。最早、特技といっても過言ではない。



「どっか悪いの?」

「いや、そういうんじゃねぇ。たぶん、あれだ。【呪具の保管庫】の封印扉が壊れたせいで、何か良くねぇもんが漏れ出てんだろ」

「…………はっ?」



 平然としているグレンを凝視する。

 今、【呪具の保管庫】の“あの”封印扉が壊れたと言った?

 “あの”どんな物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えうるという“あの”封印扉が。

 街一つ、一撃で灰にできるドラゴンブレスでさえ二、三撃は耐えられるという“あの”封印扉が。

 自己修復機能がついている超優秀な“あの”封印扉が。

 ――壊れた?



「……嘘でしょ?」

「ほんとほんと」

「いや、軽っ」



 欠伸と一緒に言うってどういうことだろう? ここはもっと深刻になるべきところだと思うんだけど。バカなんだろうか? ……なんか腹立ってきた。


 とか色々、思うところはある。けれど、こういう呑気な態度でも、きっと大変なんだろうなと思い直し、ここはグッと我慢――



「さくっと直してくんね?」

「できるかアホーーー!!」



 無理だった。全然無理だった。けれど、言いたいことを叫べて少しスッキリした。

 ちなみにグレンはといえば、私の暴言に怒ることもなく、「やっぱ無理か」とぼやいている。



「……知ってるとは思うけど。その封印扉も一応、魔道具ではあるよ? でも、あの手の物は造った本人にしか絶対にわからない複雑怪奇な造りだから、さすがに無理」



 私が普段造っているものや、店で売られているものは、それほど難しい構造ではない。魔道具師はもちろん、魔道具の構造を理解している器用な人であれば、修理くらいはできる。


 けれど、封印扉といった守護の役割をもった魔道具は、【白光はっこう魔道具】と呼ばれる特殊な物。

 そういった魔道具は、“この国の物ですよ”と証明する特別な印が押されていて。製作者以外が干渉、改造できないように、わざと複雑怪奇な構造をしている。


 ちなみに、私が造った結界魔道具も【白光魔道具】なので、当然、構造は複雑怪奇にしてある。



「製作者本人じゃないと絶対に直せないから、早く連絡取って、直しに来てもらった方がいいと思うよ」



 そもそも、私に直してくれと言うことが間違い。

 結界魔道具の修理ならともかく、封印扉は私が造ったものではない。どうしたって無理なのだ。


 ……ただ、少しだけ引っ掛かっていることがある。


(製作者にしか直せないこと、グレンもわかってるはずなんだけどなぁ)


 あえて私に、『直せるか』と聞いてきた理由はなんだろう?

 寝不足で頭が混乱しているわけではなさそうだけど。



「それができるなら苦労しねぇよ」



 そう言って溜め息をつくグレンを見て、首を傾げる。

 私を含め、特殊な魔道具を造れる魔道具師は、定期的に居場所を国に報告する義務がある。それは、今回のように修理が必要となった場合などに、すぐに連絡が取れるようにするためのもの。


 とはいえ、報告を怠ったところで特に罰せられることはなく。決められた期間に報告すると、希少な素材や大きな魔石が貰えたりするのだ。

 自分で素材採取をすることが苦手な魔道具師もいるので、きっと喜んでいることだろう。ちなみに、私はそこそこ自分で採取できるけど、素材はいくつあっても困らないのでありがたく受け取っている。

 そんなわけで、封印扉を製作した魔道具師の居場所は調べればわかるはずなのだ。


 けれど、すでに製作者が亡くなっている場合。

 別の魔道具師に頼んで新しく造り直してもらう必要がある。ただ、設計図から始まり、素材採取もしなければいけないので、かなり時間がかかる。最短でも半年から一年くらいか。

 さすがのグレンでもそこまで耐えられないだろう。呪具から放出されている魔力は毒みたいなものだから。



「グレン。製作者はもう亡くなって……?」

「いいや。生きてる」

「? それなら――」

「ただ、どこにいるか全然わからねぇんだよ」



 グレンが険しい顔をする。

 調べたのにわからないということはつまり、その魔道具師は国に居場所を報告していないということ。

 あんなにいい素材や魔石が貰えるのに、無視するなんてもったいない。相当な変わり者か、居場所を知られたくない理由でもあるのか。


(まぁ、理由なんかどうでもいっか。どうせ赤の他人だし――)



「製作者――お前の師匠なんだが、連絡取れねぇか?」

「…………なんて?」

「だから、お前の師匠が封印扉を造った魔道具師なんだよ」

「ま……マジか……」

「マジだ」



 赤の他人ではなく、むしろほぼ身内だったことに変な汗が流れる。

 そして、グレンのジト目から逃れるように、そっと目をそらした。




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