10話 魔術師の想定外



 洞窟の中を右へ左へ進むこと、数分。

 私たちの目の前に広がるのは、村1つ軽く入りそうな広い石床と、数十メートルはありそうな高天井たかてんじょうの巨大ホール。そして――



「ユリウスさん」

「ん?」

「ドラゴンがいます」

「そうだな」



 私たちより遥かに大きく、けれどホールにはゆとりをもって納まる大きさの、ドラゴンが1体。更に――



「ユリウスさん」

「ん?」

「小さいドラゴンが3体もいます」

「そうだな」



 私たちの頭ほどの大きさの、小さいドラゴンが3体もいた。たぶん、大きいドラゴンの子供なのだと思う。そう、子供……。


(聞いてないな。子供がいるなんて聞いてないな)


 予想の斜め上をいく光景に、そっと目を反らした。現実逃避である。


 ――事前情報を思い出すところによると、今から約数十年ほど前。

 リーン村から繋がるこの洞窟の奥に、【ボタニルドラゴン】と呼ばれる大型の竜が封印されたという。


 ボタニルドラゴンとは、長寿の植物に宿るとされる緑の精霊の加護を受けた竜であり、別名は【森護もりまもり】。

 加護持ちということで知能もあり、戦闘力も高いけど、温厚な性格で自分から攻撃を仕掛けることはほぼないとされている竜種だ。


 でも、加護持ちの竜という希少性が悪を寄せ付けることから、余計な争いごとを生ませないために、こうした封印に至っている。

 とある文献によれば、ボタニルドラゴン自ら封印を望んだとあるけど、それに関する確証は、残念ながらどこにもないとのことだ。


(――私、ボタニルドラゴンを見るのは初めてだ……)


 綺麗な薄緑色の体にところどころ絡まる蔦。体を覆えるほど大きな翼には小さな花が咲いていて。温厚そうなタレ目にキラキラと輝くアメジストの瞳――。


(………うん。封印して大正解)


 ぱっと見ただけでも、体中にレアな素材がそこかしこ。ボタニルドラゴン1体で、一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入ること間違いなしである。

 善悪含めて、このドラゴンを探す冒険者が多い理由を、今理解した。この存在が冒険者に露見した場合、とんでもない火種になりそうだ。


(ボタニルドラゴンが悪い訳でもないのに、封印するのは可哀想に思えるかもしれないけど)


 ボタニルドラゴンの安全を優先させるのなら、これ以上の正解はないと思う。

 それに、封印と呼ぶには優しいこの魔法は、ボタニルドラゴンには一切負担がかからないもので。外からの攻撃に対する強度もかなり高そうだ。そのことからも、『丁重に扱おう』という姿勢が見て取れる。

 きっと、この封印を施した魔術師はとびきり優秀で、心根の優しい人なのだろう。


 ――とはいえ、小さいドラゴン達の件を水に流せる訳もなく。

 ボタニルドラゴンと激しく類似した見た目の小さいドラゴン達を前に、心境としては頭を抱えたくなる。


(仕事が絡んでいなければ、『可愛い!』って感激するところだけどッ! いつ、どうやって、産んだ!?)


 この世界には、数多のドラゴンが存在している。

 人里にこそ滅多に降りてこないものの、彼らの縄張り近くになると、それはもうえげつない。ボタニルドラゴンのように大人しい種もいれば、当然、好戦的な種だって存在する。


 ちなみに、王城にはそんなドラゴンたちを日夜研究している師団があるのだけど……。


(ドラゴン相手に戦える団員がいないから、研究がなかなか進んでないって話だし)


 一応、破格の報酬額で冒険者ギルドに依頼は出しているらしいけど、1年に1回受けてもらえるかも怪しいとのこと。まぁ、下手をすると即死レベルの案件なので、当然といえば当然だ。

 そのため、研究自体も進んでおらず、ドラゴンの繁殖に関する情報はほんの一握り。つまりは、ほぼ謎。

 だから当然、私たちの目の前にいるボタニルドラゴンの繁殖方法もわからないわけだけど――。


 残念ながら今の私には、そんなことよりも激しく気になることがある。


(もともと1体のためにかけられた封印に4体って………許容量オーバーでは?)


 そう。封印が正常に起動しているか否かである。

 これは私の勝手な憶測になるけど、この封印はボタニルドラゴン1体を基準にかけられた魔法のはずだ。そうなると、まだ小さいとはいえ、プラス3体のドラゴンの魔力にこの封印は――普通、耐えられない。


(今はまだ大丈夫みたいだけど、もし封印が解けてボタニルドラゴンの存在が世に知れ渡ったら……)


 最悪、国が崩壊するかもしれない。

 冗談ではなく、本気で。



「………ユリウスさん。これはさすがに上司の指示を受ける必要があるので、一旦戻りましょう」

「……………」

「ユリウスさん?」



 トントンッ、と肩を叩いてみるも返事がない。

 そしてなぜか、ユリウスさんはボタニルドラゴンを見つめたまま動こうとしない。


(どうしたんだろう?)


 こんなユリウスさんは初めてだと思いながら、もう一度声を掛けようとしたその時。



「………そうか。わかった」



 と、聞こえた声。けれど、感情のこもっていない無機質な声色は、今まで自分に向けられたことのないもので。


(え……?)


 自分でも驚くほどの戸惑いに、開きかけた口からは声も出ず。徐々に速くなる心音をどこか遠くの音のように聴きながら、視線は無意識に泳ぎ出す。

 こんなことは初めてで、何をするのが正解なのかもわからずにいると――



「エルレイン」



 そう、呼ばれた声は。さっきとは違う、いつもの優しい音をしていて。

 思わず、「あれ?」と首を傾げてしまった。



「エルレイン?」

「え………あ、はいッ!」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですッ!」



 アハハーと適当に笑って誤魔化しながら、耳がおかしくなったのかと心配になる。

 ――ユリウスさんが口にする、次の発言を聞くまでは。



「えっと、それで何かありましたか?」

「あぁ。封印の件だが、本人が言うには、当分このままで問題ないそうだ」

「……………え?」



 私の耳は、ついにおかしくなってしまったのか。

 今の口ぶりだと、ユリウスさんがボタニルドラゴンと話したかのように聞こえるのだけど……。そんなわけ――



「ただ、あの3体の仔竜が成竜になった時、ここに留まるようであれば、封印の組み直しを依頼したいらしい」

「……………」

「それと、洞窟内や洞窟までの道の整備は、村長が信用できる人に限定してほしいそうだ」

「……………」

「ん……………あぁ、わかった」

「……………」

「それについては村長に直接伝える」

「あの、ユリウスさん……」

「ん?」

「私の勘違いでなければ、その………ドラゴンの言葉、わかるんですか……?」

「……………話してなかったか?」



(初耳ィィィ!!!)


 ………という絶叫は、寸でのところで飲み込めた。飲み込めた、けど……。


(これは、一体、どういう、こと、なの?)


 決して私の混乱が解けた訳ではない。


(ドラゴンの言葉って………誰にでもわかるものだっけ?)


 答えは――【否】である。

 わからない私が無知なわけではない。わかるユリウスさんが規格外なだけ。

 そう。私は一般人。


(こういう場合って………どういう反応をするのが正解なの?)


 『驚く?』『喜ぶ?』『褒める?』『羨む?』

 この中で、相手に嫌悪感を抱かせない良い反応はあるのだろうか。


(……………ア゛ーーー!! わからないーーー!!)


 そう。わかるはずがない。社交性が高いわけでもなく、好き嫌いも激しい私に、そんな繊細なことはわからない。


(お世辞だってあんまり上手に言えないのにーッ!!)


 と心の中で叫びながらも、きっと表情はおかしなことになっているのがわかる。

 なぜなら、その証拠に、小さいドラゴンたちが私を見ては、空中でくるくる回りながら面白そうにお腹を抱えて笑っているからだ。




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