墓参り

 人は夢を見る生き物だ。


 夢と言うのは、頭の中から作り出された妄想とか想像、無意識に流れる深層心理の映像とも言われている。そして、人が見る夢も様々だ。


 夢占いとか、正夢とか、いろいろと。夢の暗示だとか言うものを信じるものも居る。


 そんなものを信じてはいないが、才王学園に入学してからと言うもの、姉さんの夢をよく見る。まるで、姉さんが俺に自分のことを忘れるなと言っているように頻繁ひんぱんに。


 まぁ、今日に限ってはどうして姉さんの夢を見るのかは予想がつくけどな。


 2年前の春に、休暇を終えてアメリカに戻る時、空港まで姉さんが見送りにきてくれた。


 そして、これが姉さんとの人生最後の時間。


 ゲートを通り抜けようとすると、姉さんは服の襟を引っ張り、後ろから俺を抱き締めてきた。


 そして、耳元にこうささやいてきたんだ。


『円華……誰にも譲れないほど大切なものを見つけたのなら、迷わず生きろ』


『えっ……』


『これは、オレからの言葉でもあり、ある人からの伝言でもある。……忘れるなよ?おまえが何者であったとしても、おまえは孤独じゃない。1度結んだ繋がりは、切り離すなよ』


 どういう意味かを問う前に、姉さんは背中を強く押し出し、笑顔で左手の親指を立てて『Good luck!』と言って見送ってくれた。


 それが、俺が見た姉さんの最後だった。


 今では、姉さんの言っていた意味がわかる。


 俺には、いろいろな繋がりができた。かけがえのない繋がりが。


 あいつらを、姉さんに会わせたかったな……。



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 早朝、1人家を出て、山を下れば、商店街を抜けた先にある神社に向かう。


 ランニングは今日は休みだ。


 朝日が顔を出し始め、日の光が早朝の少し肌寒い肌を温めてくれる。


 今日で7月が終わる。


 節目ふしめとしては、調度良いかもしれない。


 神社に着けば、ほうきで緑色の落ち葉をいている住職じゅうしょくに挨拶をし、手ぶらである墓石の前に立つ。


 そこには、『椿家之墓』と掘られている。


 そう、ここに姉さんの遺骨は埋葬まいそうされている。


「久しぶりだな、涼華姉さん……2年ぶりか」


 返事はもちろん、返ってこない。


 俺にもしも霊感体質があれば、そこに居るかもしれない姉さんと話ができていたかもしれねぇけど、現実はそう簡単にはいかない。


 まぁ、2年も会いに来なかった義弟が来たところで、今さら『何しに来たんだ、このバカ弟が』って怒られるだけか。


 姉さんが死んだことを受け入れるのは、引きこもっていた時にクリアした。だけど、墓参りは別だった。


 墓の前に来たところで、姉さんに会えるわけでもない。


 人は死んだらもう会えないんだ。


 話すこともできないんだ。


 ここに来たところで意味がないって思っていた。


 だから、これはけじめだ。


 お盆ではないが、元々ジャックを倒した後、ここに来ることは決めていた。


 今の決意を固めるために。


「ポーカーズの1人、この前倒したよ。残り4人だ。そして、姉さんを殺した奴を絶対に俺の手で倒すから。必ず、俺が奴らを止めて見せる。……もう、姉さんのためだけの復讐じゃないからな」


 墓石に話しかけるなんてこと、前の俺だったら考えられないな。だけど、言葉が次々とあふれてくる。


「高校に入ってさ、俺にも友達ができたんだ。まだ、どんな風に接したら良いのかは手探りだけど……大切な奴らだとは思ってる。俺が戦うのは、最初は復讐が理由だった。だけど、今は……あいつらを、最上たちを守りたいっていう想いも、同じぐらいに強い。そのためなら、俺は何だってできると思うんだ」


 薄く微笑みながら言えば、がらじゃないと思って自嘲じちょうする。


「あの世って所があるなら、そこで大好きな酒でも飲みながら見守っててくれよ。俺の復讐劇をさ。説教は地獄で聴いてやるから、それまでは見守っててくれ」


 姉さんへの挨拶を終えれば、深呼吸して墓から離れようとする。


 すると、朝日で影が伸びており、誰かの影が木陰から見えた。隠れてるのか?


 後ろから近づいてみると、髪の色と首に提げてるヘッドフォンからすぐにわかって半目になる。


「おい……こんな所でかくれんぼなんてしてたら、変なのがいてくるぞ?最上」


 名前を呼べば、ビクッと肩を震わせ、銀髪ヘッドフォン女こと、最上は恐る恐る後ろを振り向いた。


 その頬は、若干紅い。


「何してんだよ?つか、どうしてここに……」


「別に深い意味は……ない。早起きしたら、円華の声が聞こえてきたから、どこに行くのかなって思って……」


「おまえなぁ、軽くストーカーだぞ、それ」


「それは私に対して失礼。私には、円華を守るという仕事があるんだからね」


「あー、はいはい、そうだったなー」


 鼻で笑ってしまうと、そのままポケットに両手を突っ込んで歩き出す。


「ほら、帰るぞ?あいつら、俺たちが居ないとわかると大騒ぎするかもしれねぇし」


「そ、そう……だね」


 最上はぎこちなく返事をし、俺の隣を歩く。


 そして、唐突にこう聞いてきたんだ。


「ねぇ、円華……」


「ん?」


「円華の知らない涼華さんのこと、知りたい?」


「は?何だそりゃ」


 言っている意味がわからなかった。


 俺の知らない姉さん?何だよ、それ。


 いや、でも、無くはない話……だよな。


 緋色の幻影のことを知っていて、異能具である氷刀白華を作り出し、ポーカーズについて調べていた。


 一体、どうして姉さんはそんなことを……。


「俺の知らない姉さん……か。知りたいって言ったら、おまえは教えてくれるのかよ?」


「私からは無理。涼華さんと関わったことがないからね」


「じゃあ、どこの誰が教えてくれるって言うんだ?」


 検討も付かない相手の言葉を信じる気にはなれない。


「ヤナヤツ。罪島の管理者だよ」


「……嘘だろ?」


 想定していなかった名前に衝撃を受ければ、最上は俺の目を見て言ってくる。


「ヤナヤツと接触できる場所がある。あいつなら、涼華さんのことを知っていてもおかしくない」


 ヤナヤツ……俺の復讐のきっかけを与えた者。


 そいつとは、1度話してみたいと思っていた。


「だったら、知りたいに決まっているだろ。俺が姉さんの復讐をする上で、どうしてもわからないことのヒントになるかもしれないからな」


「それって……」


「姉さんが殺されるに至った経緯けいいだ。俺はまだ、どうして姉さんが奴らに殺されなきゃいけなかったのかを、その理由を知らないからな」


「だったら、安心して。私が今から言うところに行けば、知ることができると思うよ……多分」


「確証はねぇのな…。まぁ、いいか。残りの夏休みの予定もねぇし。それで?どこに行けば良いんだよ?」


 最上のことは信頼している。もう疑うことはない。だから、危険な場所ではないと信じてぇけど……。


 彼女は頬をかきながら、少し言うべきかどうか迷っているが、ボソッと呟いた。


「私の実家」


「・・・はぁ?」


 聴き間違いかと思って聞き返せば、最上はもう1度声量を上げて言った。


「私の実家、罪島だよ。20年前のデスゲームの舞台となった、人工島」


 英雄の娘の提案により、過去の殺し合いの舞台に誘われる。


 この時の俺は、気づきもしなかったんだ。


 始まりの場所にて、自分自身の力と向き合うことになると言うことを。

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