主と物

 やれやれ、どうしたものか。


 迷子、それもあの行動が全く読めない3人をどのようにして見つければ良いのか。


 とりあえず、片っ端から電話をかけるしかないか。


 最初に基樹に電話をかけてみる。


 理由は、なんとなく。


 いや、別に最上と話すのがいやだというわけではなく、男の方なら連絡しやすいっていうだけだし。


 うん、断固として、最上を意識してのことじゃない。


 絶対に違う。


 己に言い聞かせ、何度鳴っても出ない電話を切り、すぐに久実にかける。


 最後を最上にする理由は……ない、はずだ。


 久実の場合は、かけるとすぐに電話に出てくれた。


『もしもし、円華っち。どったの?』


 聞こえてきたのは、何とも呑気な声だった。


「おい、俺は今、おまえがどうしてそんなに能天気なのかに疑問でしかねぇんですけど。現在地はどこだ?」


『え?何々、その……まるで、うちが迷子みたいな扱われ方』


「違うのか?」


『違うでしょ。だって、うちは今、たこ焼き屋さんのたこ焼き大食い大会を見ていて、いつの間にか基樹っちと恵美っちが居なくなって、1人で居るだけなんだから』


 平然と言っているが、こいつは自分の状況に全く気づいていないみたいだ。


「…………元の道は覚えているんだろうな?おまえのことだから、その大食い大会に夢中になって、ついさっきのことも忘れているんじゃないか?」


 電話越しに、少しの間沈黙が流れる。


 聞こえてくるのは、久実の周りにいる人たちの話し声や屋台の野太いセールスの声、ジューッとたこ焼きを焼く音と、ひっくり返すときに聞こえる針の金属音。


 たこ焼き食べてぇっと思わせるようなBGMは、40秒後に久実の大声にかき消された。


『忘れてる!!どうしよう、円華っち!?うち、完全に迷子だよぉお!!』


 やっと、久実は自分の状況がわかったようだ。


 こいつ、才能は凄いのにアホだからな。


 カメラアイの力をうまく使えば、道に迷うなんてことは無いだろうに。


 幸い、居場所はわかっているのですぐに向かう。


「俺が迎えにいくから、おまえはたこ焼き食って待ってろ。良いな?」


『な、何箱くらい食べれば良いでしょうかぁ……?』


 どうでも良い質問が飛び込んできた。


 こういう時、適材適所てきざいてきしょの質問から外れた問いが来ると、俺は怒りが込み上げてきた。


「そんなもん、自分で決めろよ!!食べたいだけ食べれば良いだろぉが!!」


『ら、ラジャ~~!!』


 若干の涙声を聞けば、すぐに電話を切る。


「ったく、本当にあいつは……」


 1人ずつ見つけなければいけないのが、歯がゆく思う。


 さて、ここで問題が生じる。


 残り1人、最上への連絡を取るべきかどうかだ。


 決して、最上のことを嫌っているわけではない。


 大切な奴だと思ってる。


 しかし……。


「ダメだ、電話をかける勇気がない」


 昨日、人格を取り戻してから変だぞ、俺。


 最上に対して何を意識してるんだよ。


 深い溜め息をつき、ポケットの中にスマホをしまう。


 これを俗世間ぞくせけんではヘタレと言うのだろうか。


 まぁ、しかし、最上のことだから、本当に困ったら電話をしてくるはすだ。


 とりあえず、先に久実を迎えに行ってから考えるか。


 しかし、歩いている最中にその男を見つけてしまった瞬間、思考が停止してしまい、足が止まった。


「えっ……?」


 その男は人混みから離れた所に立っており、周りから異質な雰囲気を発している。


 見た目は初老に近く、緑の着物を着ている黒髪の男だった。


 すべての人間を見下しているような目を、人混みに向けている。


「何で……どうして、あんたがここに居るんだ……?」


 俺は目的を忘れ、自然と足をその初老の男の方に向かわせる。


 そこに俺自身の意志など関係なかった。


 心から血流に、ホルモンのように負の感情が身体中に渡っていくのを感じる。


 男は俺の存在に気づけば、その鋭い目を向けてきたが冷徹れいてつな表情は変わらない。


「久しぶりだな、椿円華よ」


 今の名前をその男から呼ばれれば、両手で拳を握って歯を噛み締める。


「まさか、あんたがここに居るとは思わなかったぜ。桜田家の現当主、桜田玄獎さくらだ げんじょう……!!」


 俺は必死に怒りを押し殺し、同じく名前を呼ぶ。


 そう、この男は……俺にとってはポーカーズの次に地獄を見せたいと思う男。


 桜田玄奘。桜田家の当主にして、俺の元父親だ。


 椿家に身を置いて桜田家とは無縁の人間とまでは言わないが、関わりが軽薄となり、桜田玄獎は俺のことを、数年に1度の集まりの時には『椿円華』と呼ぶようになった。


 最初にそう呼ばれたときは怒りが込み上げてきた。


 いや、今でも若干の怒りは感じてるか。


 あの暁の夜から、俺とこの人は父と息子ではなくただの遠い親戚になったことに、救われた思いもあれば、人間とはこういうものかっと言う絶望も味わった。


 俺はこの桜田玄獎に対して、桜田円華だった頃から抱いていた思いがある。


 目を見れば、あの何も感じていないような瞳が映る。


 まるで何にも興味がないような、何にも思い入れがないような瞳。


 その瞳に映る俺もまた、どうでも良い存在なんだろう。


 全ては家のためとか、そういう古臭くてうんざりするようなものを大切にし、そのためならどんなものでも捨てる男なんだ。


 俺は玄獎と対面するように立てば、怒りを心の深層に沈めて深呼吸をする。


 この男のことを、俺は許してはいない。


 許す許さないの前に、こういう男が存在することに嫌悪感を覚える。


 この男の俺に対する気持ちも同じだろうけどな。


「どうして、あんたが分家の中でも遠ざけているはずの椿家の領地に入ってきたんだ?おかしいだろ。あんたは下を見ないはずなのに。いや、下のものに興味がない……か?」


 怒りが少し漏れて皮肉を込めて言うが、玄獎の無表情は変わらない。


 子どもの戯言だとでも思っているのか。


「何、私はただの付き添いだ。当主としての任がこの土地にあったので、それを片付けることが当初の目的だ。しかし、祭りと言うものに参加したのは、社交辞令以外では初めてのことでな。勝手がわからない」


「あっそーかよ。……待て、あんたが付き添い?もしかして、BCも来てるってことか!?」


 BCとは昨日、ジャックの一件が終了したことを軽く伝えるだけで終わった。


 だが、あの女の子のことだ。俺への嫌がらせと祭りの日に来てる可能性だってある。


 自分で想像してみては、背筋が凍る。


 しかし、玄獎は首を静かに横に振る。


 そして、タイミングが良いのか悪いのか、俺と玄獎に誰かが近づいてきた。


「当主、お待たせしました。お好み焼きと焼きそばを買ってきましたよ……って、あれ?君は…」


 そいつを見た瞬間、見覚えがある顔だと思った。


 薄い緑色の髪で、長い前髪をコンコルドで挟んでいる、俺と同い年くらいの少年。


「おまえは……確か、学園に居た…」


「あ~、やっぱり、椿くんか。見覚えがあると思ったんだよ。こんなところで再会できるなんて、偶然って凄いなぁ」


 ニコニコと無邪気そうな笑顔を向けてくる少年に、俺は「そ、そうだな」と言って苦笑いすることしかできなかった。


 この男が玄獎と一緒に居るってことは、こいつも桜田家と関係があったのか。


 ―――と言うか、こんな奴が居たか?


 いや、俺が一族の集まりの時に、極力人と関わらないようにしているから気づかなかっただけなのか?


 考え込みそうになると、緑髪の男が手を前に出してきた。


「覚えてくれているなんて嬉しいよ。そう言えば、自己紹介がまだだったよね?俺、梅原改うめはら あらたって言うんだ。よろしく!」


「あ、ああ、こちらこそ……」


 一応、握手を交わすが、ニコニコと笑っている梅原を直視できない。


 この笑顔、まぶしすぎる。


 玄獎は梅原が買ってきた物を受けとれば、俺のことは1度も見ずにその場を去ろうとするように歩き出した。


「あの、当主!?どこにいかれるのですか!?」


「私はもう戻る」


「あ、じゃあ、俺もお供しますよ!!……じゃあね、椿くん。また、学園で」


「お、おう……」


 梅原と玄獎が歩いていくのをうしろ姿を見ると、不意に足が止まって俺の方に振り返る。


「椿円華よ」


「あ?何だよ?」


 この後に及んで、俺に何を言うつもりだ。


「私の許可もなく帰国したのは目を瞑ろう。しかし、才王学園に転入したことは認可しがたい。何故、あの学園を選んだ?」


「関係ねぇだろ。あんたが俺にどうこう言う資格があるのかよ?」


「関係ならある。椿家は桜田家の分家。分家は本家あってのもの。言わば、分家である椿家は私の所有物のようなものだ」


 所有物……ね。


 やはり、この男は人を人として見ていない。


 なら、こっちもそのスタンスに乗ってやるよ。


「物が勝手に所有者の意に反したら、面白くないのか?」


「物は所有者があってこそ、真価を発揮する。物は所詮、物でしかない。おまえたちは本家という所有者があってこそ、存在を維持されていることを忘れるな。何時でも切り捨てることは可能なのだ」


 脅しのつもりか。


 だけど、そんなのは俺には通用しない。


「切り捨てることは何時でもできるって?そんなことをすれば、あんたの地位はすぐに地に落ちる。あんたもわかっているから、切り捨てることができずにいる。親父たちが、いつでもあんたを落とせる武器を持っていることに。それは、権力でももみ消すことはできない」


「需要と供給だな」


「いや、誓約と制約だろ。どちらかが裏切った瞬間に、どっちも破滅するんだからな。精々、俺たちが居ない間に寝首をかかれないようにするんだな、当主様」


「物の分際で言うようになったではないか、赤雪姫よ」


 玄獎は軽く目を閉じ、口の端を上げる。


「おまえが才王学園に居る理由は知らん。しかし、あの学園が普通ではないことはもう身をもって体験しているはず。そして、私はおまえがあの場に居ることを認めていない。離脱するのなら、私の力を貸してやるが?」


 遠回しに辞めろと言っているのか。


「ふざけるな。俺は目的を完遂するまで、学園を辞めるつもりはない。例え、あんたが邪魔をしようともな」


 師匠とは違い、この男は俺の意志を汲み取ることはない。


 自身のため、家の利益を常に優先する。


 どんな手段を使おうとも。


「……ふっ、では、精々足掻くことだな。その目的とやらのために」


 玄奘はまた歩き出し、梅原はそれについていく。


 それに俺は待ったをかけた。


 俺のことを所有物と言ったこの男に、釘を刺しておかなければならないことがある。


「待て。……最後に、あんたの言葉を否定しておく」


「何だ?物と言ったことを不服と感じているのか?」


「そんなんじゃねぇよ。確かに俺は『物』だった。けど、所有者はあんたじゃない。俺を刃として振るって良いのは、あんたなんかじゃない」


 静かに言えば、玄獎は気に入らないという風にその名前を口にした。


「椿涼華……か」


「そうだ。俺の所有者は姉さんだった。でも、もう姉さんは居ない。俺の所有者は、もうこの世のどこにも居ないんだ」


 俺の反抗的な姿勢を、玄獎は目を閉じて受け止める。


「……椿家は愚息の教育方法を間違えたようだな。下の『物』が上の『者』に逆らえばどうなるか、教え直さなければいけないらしい」


「俺はもう、あんたの息子じゃない。縁を切ったのはあんた自身だ」


「そうだな。しかし、繋がりが残っていることを忘れてはならない。おまえが、自分自身が何者なのかに気づかない限り……な」


 そう言い残し、玄獎は俺に背を向けて歩いて行ってしまった。


 梅原はずっと黙って会話を聴いていたが、ずっと平静を装っていた。


 2人の背中を見て、もう言葉を交わす必要はないので当初の目的に戻る。


 俺は時計を確認し、今のやり取りだけで5分も費やしてしまったことに焦り、急いでたこ焼き屋に向かった。


 ……それにしても、さっき、何かが心の中で引っかかったような感覚があったんだよな。


 こんなこと、前もあったような……。


 花火が始まるまで、残り50分。 

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